回想9 白い手袋と新しいドレス
マリーは新しいドレスを作る時間が苦手だった。マリーの顔見せのための茶会用ドレスの時間も、当然のごとく逃げ出そうとしたが、使用人各位、王様、王妃様においてもマリーを逃がさぬために並々ならぬ気合を入れていた。
マリーダを人質にとったのだ。
ひとりで抜け出すのはマリーの気高い矜持が許さなかったのだろう。沸き立つ周囲に反して、マリーの表情は微塵も動かなかった。
マリーの白魚のような手は隠す必要があった。
その手のひらには白磁の手に似つかわしくない、剣だこがつくられていたからだ。
長きにわたるドレスデザインの作成に終止符が打たれ、日も暮れようとするころ、アクセサリー選定の時間となった。これが終わればマリーとマリーダは解放される。宝石商の婦人は目もくらむようなアクセサリーの数々をマリーと王妃様に紹介していく。マリーダは侍女のお仕着せ、顔の半分を覆うような眼鏡をして、マリーの斜め後ろに立っていた。目を輝かせる王妃様に比べ、マリーの目は光を宿さない。
部屋の誰もが、今日こそは無事に終わると思っていた。
宝石商の婦人はマリーを気遣い、赤く豪奢なルビーの首飾りを紹介しはじめた。
「姫様。こちらのルビーはアルバス山脈よりとれた上質な逸品になります。姫様の瞳の輝きには劣りましょうが、きっと姫様を一層輝かせてくれることでしょう」
そのルビーの輝きをみて、マリーは息をのんだ。今まで眉根ひとつ動かさなかったその反応に、宝石商の婦人の表情がほころんだ。たが、マリーはおもむろにドレスのポケットに手を突っ込んだ。マリーダは瞬時にマリーのしようとしてる事を察した。マリーダはマリーがこの部屋に押し込められる前に、王宮の庭に面する廊下の端でうずくまるのを見ていたのである。絶対「何か」がそのポケットに入っている。その手を止めようと動いたが、一足間に合わなかった。
「まあ!素敵ね!先ほど捕まえたコウゲイコガネ そっくりだわ!」
その言葉と共に白魚のような手に乗った、ルビーと同じ赤い輝きを持つコウゲイコガネが、宝石商の婦人の眼前にさらされた。
宝石商の婦人はすごい勢いで体をのけぞらせるとしっぽを踏まれた猫のような悲鳴を上げた。マリーの隣に座る王妃様も身を瞬時に引き、少女のような甲高い悲鳴を上げた。周囲にいた侍女たちの悲鳴が連鎖した。扉の外で警護をしていた近衛兵がなだれこんできた。
「いかがされましたか!?」
「ヒッ、むっ虫!」
近衛兵の問いに王妃様が今にも失神しそうになりながら答える。近衛兵はその言葉に動揺しながら、一人静かにすわる姫へと目線を向けた。色彩の薄い姫の手のひらにはキラキラと赤く輝く小さな虫が蠢いている。近衛兵の体もぎくりと固まった。その中でマリーダはマリーの手をそっと自分の手で覆い隠す。そしてマリーを諭した。
「姫様。かような小さな命は美しいですが、不慣れな方もいらっしゃいます。わたくしめが庭に放してきてもよろしいでしょうか」
「そうなの?こんなに愛らしいのに。けれど、庭に放すのはやめてちょうだい。 コウゲイコガネは色の異なるものを生きているうちに7匹集めると願いが叶うと言われているのよ。私の部屋に今、3匹いるわ。その子は4匹めなの。私の部屋には置いておいてちょうだい」
「かしこまりました。 おおせのままに」
話を聞いていた王妃は姫の部屋に色違いの虫が3匹もいることに相当耐えかねたようで、ソファに沈み込むように倒れていった。王妃様の侍女は叫ぶように駆け寄る。宝石商の婦人は化け物をみるかのような目でマリーのことを見やっていた。いずれ姫の世話を任されるであろう侍女らは、青白い顔で、ただ静かに息を整えていた。虫をかくまう姫である。ならば、他にも何が潜んでいても不思議ではなかった。マリーダは手のひらの上でこそこそと足を動かすコウゲイコガネを乗せたまま、彼女らに同情し、しずしずと退出の礼をするとその部屋を後にした。




