呪いの中身
魔力の強さで、ドレイクの右に出る者はこの魔界にはまずいないだろう。それは自他共に認める点だ。彼の父ももちろん強いが、純粋な魔力の高さという点ではもう父を抜いているだろう。
加えて、剣を持たせても敵う者は今のところ現れない。魔力・武力において、ドレイクはその才に恵まれている。
「ただ、駆け引きは下手ですね」
ヴェスカはオブラートに包む、とか、遠回しに言う、といったことは一切せず……ど直球に批評した。
「お前には、配慮とか忖度ってものがないのか」
「この世界で誰も喰わないものなんて、わざわざ持つ気はありません」
心遣いゼロの答えが返ってきた。いつものことなのだが、ドレイクはむすっとする。
「それぞれの種族の弱点は、昔から叩き込まれてきたでしょう。そこを突けば余計な力を使うことなく、楽に勝てます。状況によっては、少し引けばさらに楽に勝てるのですよ。それなのに、何かの一つ覚えみたいに攻撃一辺倒で」
「何かって、何だよっ」
「はっきり言ってもいいのですか? 配慮する気は全くありませんが、あまり言うと身の程を知らない、となりかねないので、やめたのですが」
「……」
どうして誰も、少しは身の程を知れ、とこいつに言わないんだろう……。
「真っ向勝負もいいですが、相手の数が多い場合はそれだと不利になります。己の身一つで戦うならともかく、何か、もしくは誰かを守る必要があった時は、それではやっていけませんよ」
ヴェスカの魔力も相当強いが、彼は魔力より知力を使うことに長けている。
その彼の言葉に、ドレイクは反発した。俺にも多少の駆け引きはできると言ったが、ヴェスカははっきり「その傾向は見受けられません」と言って認めない。
「では、カードで勝負しましょうか。私に勝って、ドレイクにも駆け引きができるというところを見せてください」
「わかった。見ていろ」
自信たっぷりのドレイクは、ヴェスカの提案に乗った。
そうして一戦、二戦と続き……勝てない。
気が付けば、ドレイクは十二連敗していた。
「相手が私であることを差し引いても、ひどいですね」
そう言われても、返す言葉がない。
見かねたのか、ヴェスカは次で終わろうと言った。
「これ以上続けても、連敗の数字が大きくなるだけでしょう」
「もう一回だ! 次は勝てるかも知れないだろっ」
ドレイクは、一回目の敗北からずっと口にしている言い訳を繰り返す。
「その主張は聞き飽きました」
ヴェスカは「何度デジャブを見せられたら終わるのだろう」と心の中でため息をつく。
「では、次に負けたら、罰ゲームをしましょうか」
確実にこれで終われるよう、ヴェスカが提案した。
「罰ゲーム? 何をするんだ」
「ドレイクが勝てばしなくて済みますから、聞く必要はないでしょう。負けられないと思えば、これまで以上に真剣になって、今度こそ勝てるかも知れませんよ」
何となくいやな予感はしたが、ドレイクとしてもここで引き下がる訳にはいかない。
今度こそ、と思いながら出したカードはあっさり返り討ちにされ、ドレイクの希望を無残に打ち砕いた。
「……罰ゲームって、何をさせるんだ」
カードが散らばるテーブルに突っ伏しながら、ドレイクは上目遣いにヴェスカを見た。
彼が何を言い出すか、ドレイクには全く想像できない。
「ドレイクは、自分の魔力に頼りすぎている部分があるのかも知れません。それが少しなくなった状態になれば、自分の動きでどう状況が変化するかを見られると思います」
「魔力をなくす?」
「ああ、剣も使えない状態の方がいいですね。全ての魔力をなくすと、さすがに危険なことが起きた時に困るので、その辺りは加減することにして」
ヴェスカはイスにかけられているドレイクの服から、紋章をかたどったブローチを外した。
金色の、ほぼ円形のブローチで、中央には小粒のルビーがはめられている。ルビーを中心にして、ドレイクの翼とよく似た形のレリーフがデザインされていた。
少々改まった場所へ出席する時、付けるものだ。公の場では、よく似たものでもっと大きなルビーがはめられたブローチを付ける。
「これにドレイクの魔力を封じて、この部屋の窓から放り投げます。どうがんばれば見付け出せるか、模索しながら捜してくださいね」
「放り投げって……敷地内のどこかに隠すとかじゃないのか」
「ドレイク相手にそんな生ぬるいことをしても、面白くありませんから。私でさえどこにあるのかわからない状態の方が、緊張感があっていいでしょう」
容赦なし。この辺りが「悪友」と呼ばれるゆえんかも知れない。
「いざとなれば、私があなたの気配を探ることもできますから。安心して捜しに行ってください」
ヴェスカはドレイクから魔力を抜き出し、彼を子犬の姿に変え、魔力を封じた紋章を本当に窓から放り投げた。
「期限は設けませんが、お父上が戻られる前に見付けた方がいいと思いますよ。紋章を罰ゲームに使った、などと知られたら、我々の頭に雷が落ちるのは確実ですからね」
かくして、ドレイクは湖を越えたシャハの森へ入り、自分の魔力を捜すことになる……。
☆☆☆
「何やってんのよ、あんた達。呪いだと思ってたのに、ただの遊びだった訳? 単なるちょっと高価なブローチかと思ってたら、紋章をかたどったものって。それが何であれ、大切な物なんでしょ。それを……」
あまりにばかばかしい事情に、マーメイルは頭を抱えた。
もっと切迫した事情かと思っていたのに、言ってみれば悪ガキの悪ふざけではないか。ドレイクもヴェスカも、悪ガキという年齢からはとっくに卒業しているだろうに。
「道理でピースケが理由を話したがらないはずよ。罰ゲームなんて言われたら、協力しようなんて気は絶対に起きないもん」
協力うんぬんは、マーメイル側の気持ちだ。助けてもらったお礼のつもりだったから。
ドレイクが話さなかったのは、何かの拍子に正体がバレ、魔力が少なくなっていることに気付いてチャンスとばかりに攻撃されることを警戒したため。
あと、罰ゲームをさせられている、と知られるのが単に恥ずかしかった。
森の中では色々襲われはしたが、少なくとも相手はドレイクのことをわかって攻撃した訳ではない。ただの獲物、という認識でしかなかった。
一方で、魔力が下がっていても、ドレイクにとっては蜘蛛もトカゲもその他も雑魚だったのだ。
「同じ術でも、悪意があれば呪いと呼ばれる。俺の場合、そういう意味では呪いじゃないんだ。お前と会ったのは本当に偶然だったが、俺にとって都合がよかった。ヴェスカが投げた方向はしっかり見ていたつもりだが、思っていた辺りに紋章がなかったからな。ちょっと手詰まりになりかけていたから、お前の失せ物捜しの術は助かった」
マーメイルの協力を得るのも、駆け引きの一つ、になるのだろうか。
もっとも、その駆け引きが下手だから、協力者のマーメイルと言い合いを繰り返すことになったのだ。
もしマーメイルがドレイクの言い方に腹を立てたり、走るのはもういやだと言ってどこかへ行ってしまえば、また自力で紋章を捜さなければならなくなっていただろう。
ヴェスカなら、相手の弱みにつけ込むか、逆におだててうまく誘導するはず。
そういうことが、ドレイクにはできないのだ。その傾向は見受けられない、と言われても文句は言えない。
森の中の魔物に対しても、結局は攻撃オンリーだった。ヴェスカが途中経過の話を聞いたら、きっとがっかりするだろう。
「……まぁ、あたしの力が役に立てたならいいけど」
ドレイクが事情を話しているうちに、マーメイルの棲む村まで戻って来た。
たぶん、この翼ならもっと早く飛べただろうが、話をするためにわざとスピードを落としていたのだろう。
ヴェスカがせかしていたのに、ドレイクはちゃんと事情を話してくれた。そのことが、マーメイルは嬉しい。
自分で受け身くらい取れ、と言われていたので、家の前に着いたら放り出されるかもと思っていたが……ドレイクは紳士的にマーメイルを降ろしてくれた。
元に戻ると、こんなに変わるものなのか。子犬の姿だと、気持ちに余程余裕がなかったのかも知れない、とマーメイルはドレイクの態度が嬉しい反面、ちょっとあきれる。
家じゃなく、村の入口辺りにしておけばよかった……。
マーメイルは送ってもらった場所を、思いっ切り後悔した。
ドレイクはいい所のお坊ちゃん、と聞いている。そんな彼に、廃屋よりは少しましな程度のあばら屋を見られて恥ずかしい。今までそんなことを考えたりしなかったのに。
「鹿の角を持って行くように言ったのは、手伝ってもらった礼のつもりだったんだ。もう一つ、別のを放り込んでおくから」
「いいわよ、お礼なんて。あの角だけでも、十分に収穫だったんだから。それに、元々はあたしがお礼のつもりでしたことだし」
小生意気な子犬が元に戻れた。それだけでいい。
「じゃあな」
黒い翼をはためかせ、ドレイクが宙に浮かぶ。
「あ……うん」
マーメイルは何か言いたかったが、言葉が何も見付からない。
魔力を封じたブローチが見付かればおしまい、とわかっていたはずなのに。唐突に別れが来たような気がした。
それはドレイクも同じだったのか、しばらくマーメイルの顔を見ている。
だが、意を決したように翼を動かした。
風を掴んだ翼は、あっという間にドレイクの姿をどこかへ消してしまう。
行っちゃった……。
マーメイルはしばらく空を見上げていたが、やがて大きなため息をついた。あの黒い翼がここへ戻って来ることは、もうないのだ。
二度と会えないのかな……。
ドレイクは呪われた事情を話してはくれたが、最後までどこの悪魔かということまでは教えてくれなかった。
忘れていたのか、わざとなのか。
マーメイルがそれを知ったところで、魔力の低い一介の魔女が悪魔貴族の坊ちゃんと仲よくなれるはずもない。今回出会ったのは、特殊な状況だったからに過ぎないのだ。
もう何も現れない空を見るのはやめ、マーメイルは家に入った。
「……何、これ」
マーメイルが食事をする時に使う小さなテーブルの上に、黒い物が載っている。もちろん、自分で置いた物ではない。森へ出掛ける時に、こんな物はなかった。
長さは、マーメイルの腕くらい。太さは太ももくらいはある。どうやら、氷漬けにされているようだ。
簡素な家具しかない我が家。一部屋しかない家の中で、その黒い物は妙に存在感がある。
別れ際、ドレイクがもう一つ別の礼を、と言っていたのをマーメイルは思い出した。
だとしたら、これがそのことかも知れない。戻った魔力で簡単に転送できるようだ。うらやましいくらい、強くて便利な魔力である。
だとしても、これは一体何なのだろう。
マーメイルが近付くと、黒い物には鱗があるのが見え……それが森で見た巨大な黒トカゲの尾だとわかり、魔女の悲鳴が周囲にこだました。