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解けない呪いをかけたのは  作者: 碧衣 奈美


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いい匂い

 魔女達の開くお茶会は、いつも賑やかだ。

 他種族の噂話を、それぞれ持ち寄ったクラーケンの吸盤入りクッキーやヤモリの目玉入りスコーンなどと一緒にたっぷり味わう。

 悩みのタネは、話のネタが尽きないこと、だろうか。

「あ、そう言えば、この前悪魔の城の方から煙が出てたじゃない。その前に何度か雷も聞こえてたけど、きっとあそこからよね」

「そうじゃない? 最近静かだと思ってたけど、悪魔王の雷は健在ってことね」

 仲間達の話に、マーメイルはどきっとした。

 ドレイクが悪魔王はよく雷を落とす、と言っていたのを思い出したのだ。

 一週間経って、彼に関する記憶が少しは薄れるかと思ったが、まるで薄れない。こんなわずかなことで、森でドレイクと交わした会話を思い出してしまう。

「ねぇ、ドレイクって名前、貴族なんかでよく使われるでしょ。今、その名前ってどれくらいの数なのかしら」

「なぁに? あんたの両親、今度は息子にドレイクって付けるつもり?」

「え、違うわよ。ただちょっと」

 いきなりの話題転換をしてしまったので、どうごまかそうかと思ったが、仲間の魔女達はそんなに興味はなさそうだ。よくも悪くも、話はすぐに飛ぶから。

「そう言えば、あんたの父親ってドラゴン族だったっけ。それなら、別におかしくないわよね。ドレイクって、ドラゴンや悪魔って意味があるから」

「ドラゴン族や悪魔族でなくても、跡継ぎにするつもりの息子によくつけるらしいわよね。強い男になれって、親の希望も入ってるんじゃない?」

 やっぱり、そうだよね。父親が厳しそうだったから、あのドレイクもそんな感じで付けられたんだろうなぁ。

「そう言えば、悪魔王の息子もそうじゃなかったかしら」

 え? そうなの?

「あーあ、そうそう。で、それにあやかって同じ名前を付ける奴と、恐れ多いって付けない奴に分かれるのよね。私達から見りゃ、どうでもいいことだけど」

「ほんと。名前なんて、子どものことをちゃんと思っていれば、それでいいんじゃないの?」

「あまり突飛な名前は、付けられた方も迷惑だけどね」

「そうそう。こういうのは、普通がいいのよ」

「何かの事情で跡継ぎになれなかった長男の『ドレイク』は気の毒よねぇ。そういう場合、跡継ぎになった次男とか三男に名前を献上するのかしら」

「わー、面倒」

「名前にわずらわされない種族で、よかったわねぇ」

 仲間達が笑い、マーメイルもその場では同じように笑っていた。

 だが、心臓はばくばくしている。

 悪魔王の息子がドレイクって、もしかしたらあのドレイクが皇太子かも知れないってこと? 悪魔って言ってたし、坊ちゃんだってことを否定しなかったし。だけど、悪魔貴族なんて他にもたくさんいるわよね。ドレイクって名前も。そんな偶然、ありえないもん。皇太子が罰ゲームで森の中をうろつくはず、ないよねぇ。

 家に戻ってから、マーメイルはドレイクと過ごした記憶の中で、彼が皇太子である、という要素を懸命に探そうとしてみた。

 しかし、これという決定的なものがない代わりに、違うとはっきり否定できる要素も出て来ない。ドレイクとの会話と彼の態度が、こうして考えようとすると全てがあいまいなのだ。

 偉そうな物言いも、それが皇太子であろうとなかろうと、身分が高ければそうなるだろう。貴族という地位を笠に着た坊ちゃんが、ああいう言動をするのはあり……と思える。

 だけど、もし……もし、あのドレイクが皇太子だったりしたら……あたし、もンのすごく失礼な態度とか物言いとかしちゃったあ。

 これまでとは別の意味で、マーメイルはどきどきしてきた。

 術を行うためだけど、毛も抜いたし。どうしよう。そのうち城から衛兵が来て、捕らえられたりしたら。でも、ドレイクの魔力捜しに貢献してるんだから、それでちゃらにならない? それとも、やっぱり不敬罪とか何とかになっちゃう?

 そんなことを考えるうち、マーメイルはふと思い出す。

 ヴェスカは湖を越えたシャハの森に、ドレイクの魔力を封印したブローチを投げた、と聞いた。その「窓」はどこにあるのだろう。

 マーメイルは、頭に森と湖がある地図を思い浮かべる。

 湖をはさんでシャハの森の向かい側にあるのは、切り立った崖だったはず。そこにはとっても大きな建物があり……。

 それって、悪魔王の城じゃなかったっ? それじゃ、本当にドレイクは……。

 悪魔王は雷を落とす。悪魔の城で、最近雷が落ちた。落とされたのがドレイクだとしたら。

 そう思い至った途端、一気に血の気が引いた。

 うそでしょおっ。

 そんなマーメイルを、いきなり誰かが後ろから抱きすくめた。あまりに突然で、悲鳴も出ない。息が止まるかと思った。

「やっぱりお前は、いい匂いがする」

 聞き覚えのあるその声は、間違いようもない。マーメイルがもう一度会いたい、と思った悪魔のものだ。

 思い出すと苦しくなってしまうので考えないようにしても、なかなか消えてくれない悪魔。本当に悪魔って(たち)が悪い、と思いながら、その質が悪い悪魔に会いたかった。

「ピ、ピースケ!」

 つい口にしてから、自分の迂闊(うかつ)さに寒気がした。こんな失礼極まりない名前を付けて呼ぶなんて、悪魔王に聞かれたら斬首ものだ。一族郎党、抹殺されてしまうかも知れない。

「まだその名前か。ドレイクだと言ったろ。まぁ、いいけど」

 その言葉を信じていいのだろうか。気にしていない、と。

 とにかく「ピースケ」はもう封印しなければ、自分と家族の命が縮む。そう言えば、別れ際もピースケと言ってしまっていたような。

「あの……ドレイクって……もしかして皇太子、なの?」

「ああ。ばれたか」

 ドレイクは、あっさりすぎる程あっさり認めた。

「ば、ばれたか、じゃないでしょっ。本当にそうなのっ? じゃあ、悪魔王に会ったことがあるって話してたのも……当然よね」

 自分の父親なのだから、会っていても当然。あの時は、まさかそうだとは想像もしなかった。結びつく要素がなかったから。

「じゃ、ヴェスカが戻って来たって言ってたお父さんは、悪魔王のことだったの?」

「そう。参ったぜ。もう少し留守にしてるはずが、早く戻って来やがるんだから」

 言葉だけ聞いてると、どら息子のようだ。

 と言うことは、悪魔王の城で雷が鳴ったうんぬんの話は、やはりドレイクが叱られたということだろうか。

 文字通り、父親に雷を落とされて。理由は一つしか思い当たらない。

「やっぱり、紋章を罰ゲームに使ったのがばれたの?」

「まぁな。ヴェスカはあれを使うことで、俺がさらに真剣に捜そうとすると見込んだ。スピードアップも兼ねられると思ったんだろ。でも、そううまく事が運ばなかったからな。ブローチそのものの価値は高くないが、紋章をおもちゃにするなってさ」

 皇太子が危険な状態にされ、森へ放り出されるのはいいのだろうか。跡継ぎに何かあれば、紋章よりそちらの方が大変だと思うのだが。悪魔王は息子に何かあるかも、とは思っていないのか。

「お前だけだぞ、この話を知ってるのは。他には言うなよ」

「あ、うん……」

 言うつもりはないが、誰かに言ったところで信じてもらえるかどうか。

 悪魔王の雷は、息子を叱っている時だなんて。昔は多くて今は減ってきたのは、皇太子が成長して、少しは叱られる回数が減ったから、なんて。

「あの……ドレイク?」

「ん?」

「その……どうしてあたしのこと、ずっと抱き締めてるの」

 ドレイクは突然ここへ現れたと同時に、ずっとマーメイルを後ろから抱きすくめたまま。お互い、ちゃんと顔を見ずに会話をしているのだ。

 会話は一応成り立っているが、これは会話する時の姿勢ではない。

「お前がいい匂いだから。匂いを味わってるんだ」

 マーメイルの首筋周辺に、ドレイクは鼻を押し当てている。キスされてるようで、マーメイルの顔や耳がどんどん赤くなった。

 森から家へ帰る時も顔が近かったが、今はしっかり触れているのだ。ドレイクの声が、もろに耳の中へ流れ込んでくる。

「もう犬じゃないのに、まだ匂うの?」

 小鬼から逃げるためにドレイクを抱き締めていた時も、同じようなことを言っていた。

「ああ。戻ってから、ずっとこの匂いが気になってたんだ」

「何の匂いなのかしら。この前も今も、そんなに甘い匂いの植物なんて持ってないのに」

 マーメイルは、香水なんてものはつけてない。魔女にはわからないだけで子犬の好きな匂いがあるのかと思ったが、それなら今のドレイクが同じようにいい匂いだと言うのはおかしい。

「これはお前の匂いだ、マーメイル」

「あたしの、匂い? あ……ドレイク、初めてあたしの名前、呼んだ」

 子犬の時も、戻ってからも、ドレイクはずっとマーメイルを「お前」と呼んでいた。家に帰ってからそのことに気付き、少し淋しいと思っていたのだ。

 出会った時と家族の話の時にしか言ってなかったせいか、とも思ったが、ドレイクはちゃんと覚えていてくれた。

「俺みたいに魔力が強いと、相手や状況によっては名前の主を縛ることがあるからな。あの時は魔力が不安定だったから、俺の意思とは無関係に働くこともある。だから、あえて呼ばなかったんだ」

 理由を聞いて、少し安心した。名前を呼ぶ価値もない、なんて思われたのでは……と考えたりもしていたから。むしろ、ちゃんと考えてもらっていたのだ。

「どうしてお前だけなんだ? 今まで会った他の魔女達は、こんな匂いはしなかったぞ。魔女に限らず、他の種族の女達も」

 そう言われても、自分ではわからない。今まで言われたこともなかった。そもそも、どんな匂いなのかもわからない。

「一体、どれだけの女性の匂いを嗅いできたのよ」

 さりげなく、女性遍歴を語られていないか。

「お前、俺に呪いをかけたろ」

 突然そんなことを言われ、自分の言葉をスルーされたことをスルーして、ドレイクの言葉にマーメイルは目を丸くする。

「ええっ? そんなの、かけてないわよ。ドレイクに関わる術は、失せ物捜しの術だけで」

 マーメイルの魔力レベルで、悪魔に呪いをかけられるはずがない。

「じゃあ、どうして俺はこんなにお前の匂いに惹かれるんだ。親父に自室謹慎させられているのに、ここへ来ずにはいられなかったんだぞ。これが呪いじゃないなら、何だ」

「し、知らない……」

 雷を落とされた上、自室謹慎なのか……と、マーメイルはわずかに残っている冷静な部分でそんなことを考える。たぶん、罰ゲーム発案のヴェスカも今頃は同じ状況だろう。

「これが恋の呪い、という奴か」

「ええっ? ……呪いは悪意があるものがそうだって言ったじゃない。それに……ドレイクだって」

 あたしに強烈な呪いをかけたじゃない。

 そう言いたくて、恥ずかしくて口に出せない。恋の呪いなんて、よくそんなこっぱずかしい単語が出るものだ。

 でも、自分だってそう思っているのだから、余計に恥ずかしい。

「恋や愛は、相手によって毒にもなるんだ。でも……お前の毒なら、喜んで皿まで喰ってやるよ」

「あたしは……まだ毒薬を作ったことはないけど」

「俺に毒薬を塗ってやろうかって息巻いてた奴は、どこの誰だよ」

「あの時は……その……」

 負傷して意識がもうろうとしていたはずなのに、しっかり覚えているドレイク。やっぱり悪魔は(あなど)れない相手だ。

「喰うと言えば、元に戻ったら俺がお前を喰ってやるって言ったな」

 そんなことを言っていたような気もする。が、この状況だと、冗談にならないではないか。

「あ、あら。皇太子殿下は胸が平野な魔女がお好み?」

 はぐらかすつもりで、つい自虐的に言ってしまった。自分で言っておきながら、悲しい。

「マーメイルなら、構わない」

 また心臓が跳ねた。

 からかわれるかと思ったのに。ここでそんな言い方はずるい。

「お前、王族の悪魔に呪いをかけたんだ。その罪は重いからな。覚悟しろ」

「覚悟って……何されるの」

 恋をさせる、というのは罪なんだろうか。自分でかけようと思った訳ではないのに。

「一生、俺の元に拘束する。逃げられると思うなよ」

 その言葉に、今までで一番強く心臓が跳ねた。

 でも、自分ばかりがどきどきするのは何だか悔しい。

「な、何よ、その程度? そんな覚悟なら、いくらでもできるわ」

 マーメイルが少し首を回すと、ドレイクの濃い青の瞳と出会った。

 絡み合う視線を離そうとしないのは悪魔なのか、魔女なのか……。

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