聖女に嫌われたので潔く騎士団を退団しようとしたら大惨事を引き起こしてしまいました
宣伝欄
●2025年10月1日全編書き下ろし7巻&8巻発売
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「聖女も入ったし、ぼちぼちこう、引退して国を出て一人旅でもしようかなと思う」
午後の昼下がり、仕事の休憩時間になった私は部下であるヴィルフリードに告げる。彼は怪訝な顔で私を振り返った。
「騎士団はどうするんだ」
「騎士団はどうするって……聖女もいるから大丈夫でしょ」
私はこの国の騎士団の副団長を務めており、ヴィルフリードは副団長補佐という第三位の役職についている。騎士団は国内にいくつもあって、私がいるのは王家直属第一騎士団だ。
この国の騎士団は第一から第八まであり、団により求められる能力が異なる。美術品や研究者、研究の成果を守る騎士団は学力、護衛任務が多いところは協調など特色があるけど、第一騎士団の入団資格は強いことという単純明快な団である。
簡単に言えば一番強くて一番バカ。それがこの第一騎士団だ。
それを言うと、同じ第一騎士団の仲間たちにはお前だけだと罵られる。でもほかの団からは「強さに比例して知能が損なわれた群れ」とか、「ならず者の捨て場」とか個人ではなく集団として評価されているので、同じ穴の狢だ。
訓練に白熱しすぎて訓練所を壊したり、合同戦線のおり「相手は銃でこちらは剣しかない! だけど当たらなければ相手は丸腰と変わらないよね!」といった作戦が満場一致で承認されるような場所だし。
「聖女は支援職、お前は騎士。求められている役割が違う。聖女がいようがいまいが関係ない。お前はお前だ。かつてお前は俺に言っただろう、貧民の出だろうが俺は俺で、他の騎士と比較する必要が無い、お前の大事なヴィルフリードだとお前が言ったんだぞ」
ヴィルフリードが侮蔑の目で私を見てくる。
聖女は聖なる力により傷を癒したり病気を治す存在だ。10年~100年に一度の頻度で異世界からやってくるか、ある日突然現地人が聖なる力に目覚める等、登場の仕方は様々。
どちらにせよ神に近い貴重な存在なので、聖女は国で囲う。最悪な言い方なものの、その能力から一般人が自分や大切な人を治してほしいと聖女に群がるし、医者や薬師は要らないと民に余計な不安を与えたりするので、国での保護が必須なのだ。
そもそも誰でも彼でも治していると聖女の体力が尽きてしまうため、聖女は降臨後、騎士団で保護しつつ騎士団の為に能力を使ってもらうというのが慣例だった。
そしてしばらく前に聖女が異世界からやってきた。
異世界の人間は、この世界にやってきて誰しも自分の置かれた状況に戸惑う。でも今代の聖女は『異世界転生‼ やったぁ‼ ほんとに前の人生最悪だったから‼』と喜んでいた。
騎士団の人間とも上手くやっていて、聖女の加護により戦力も増強傾向にある。
「関係ないけど、私ぼちぼちいらなくない? 後輩も育ってきたし聖女もいるんだから辞め時かなって」
「戦力はあればあるほどいいと言ったのもお前だろ。俺は過去が穢れている、人を守る資格なんかないと言った俺にお前が言ったんだろうが」
ヴィルフリードがしかめ面をした。
もともとヴィルフリードは素行の悪いごろつきの下っ端だった。私がごろつきの集団を単独掃討し、行く当てもなく放っておけばまた悪さをするなと考え騎士団に引き入れた。
彼を簡単に説明するなら、誰からも助けてもらえなかった為、自分で自分を助けなければならなかった人だった。悪いことをするのが好きだからじゃなくて、それしか選択肢が無かった人だ。悪行はただの手段なので、その部分を騎士として民を守るに変えてしまえば案外上手くいく。実際、辺境の騎士候補生から10年で副団長補佐にまでのし上がった。その過程で彼に備わっていなかった常識……いいことも悪いことも報告しよう、いざというときの為に連絡しよう、無理だと思う前に相談しよう──を教え込んだ結果、なにかにつけて「前にお前はこう言った!」と返事をしてくる。
「剣だって替え時はあるよ」
「……長期休みとかがあるだろ。なんでやめるんだ」
ヴィルフリードは私を睨む。騎士団は年功序列と実力主義の混合で、私より三歳年下であり第一騎士団内第三位でもある彼が、私に向けてこうした話し方をすることは許されない。
しかし彼は私の前と第三者がいるときで使い分けをしているため、こうなる。
私を馬鹿にするな、敬語使えと思うけど、そういうの面倒だし放置だ。結局、強ければよい。
「普通に、限界来たなっていうか。私、女だし。騎士団、女子禁制だし」
もともとこの国の騎士団は、男女どころか身分すら問わない、実力さえあれば入団可能な仕組みだった。
しかし遥か昔、物語にも出てこないような男女の泥沼恋愛が繰り広げられた結果、男子と女子で騎士団が別れた。その後、女子のみ入団可能な騎士団でさらなる泥沼恋愛が発生し、女子禁制となった。
そして私は、女であることを隠して入団した。
理由は生まれたときから貧しく、まともな人生を歩めそうな手段がそれしかなかったからだ。
案外バレずに上手くやっていたけど自分が引き入れたヴィルフリードにバレてしまい、以降、誰にも言わないでほしいと頼み込み今に至る。
「騎士団が許すと思うのか。お前の退団を」
ヴィルフリードは呟く。
「大丈夫じゃない? だって団長いるし。私、騎士団の副団長だからね。団長ならまだしも副団長なんて代わりいっぱいいるし。っていうかヴィルフリードが副団長になるし」
「ならお前が団長か」
「団長まだ生きてるからね? 縁起悪いこと言うんじゃないよ」
第一騎士団の団長は優しい表現をするなら老紳士だ。
悪意を持った呼称をするなら死にかけの老いぼれになる。ただ、一番強いので死にかけ老いぼれなんて呼ぼうものなら普通に殺される。
一切衰えぬ機動力、鍛え上げられた攻撃力を持つ一方、年齢には抗えない沸点の低さで即断長という最悪の仇名もついている人だからだ。
「団長が死ぬ前にお前が辞めようとしたら、団長はお前を殺すぞ」
「殺しはしないでしょ。女だって黙ってたこと怒りはするだろうけど」
「女であることなんて関係がない。団長はお前が騎士団から抜けることを許しはしない。お前が辞めたら団長はお前を殺して死ぬ」
「なんでよ。そこまでされる覚えないんだけど」
「自分に並ぶ強さを持つ存在がお前しかいないからだ。共に戦えることを喜びとしている。そしてお前が自分の目の前から姿を消し、病気や事故で勝手に死ぬならば、苦しまないよう自分が殺したほうがいいと考えるだろう」
「何それ、畑の管理ができなくなりそうになったら焼くみたいな感じ? そんな狂気持ってたあの人」
「まだだ。でもお前がやめたらそうなるだろう」
「じゃあヴィルフリードの妄想じゃん」
ヴィルフリードは自分の出生ゆえに、最悪しか想像できない気質の人間なのだろう。身に迫る不幸が多かった人間に前向きになれと言うのは無理な話だ。
「ちゃんと話はするよ」
私は退職の時のお菓子は考えておかないとな、と気を引き締めつつ、仕事に戻った。
◇
「引退の話なんだけどさ、団長にだけ皆に渡すお菓子とは別のお菓子を用意しようと思うんだけどどう?」
午前の訓練開始前、私は部下であるヴィルフリードに話を切り出した。
「そのお菓子をお前と団長の墓石の前に供えろと言うことか」
ヴィルフリードは剣を磨きながらこちらに見向きもせずに言う。
「いや笑えない冗談だからやめてよ。本当に切られるところだったんだから」
先日、団長に辞める相談をしようと部屋に入った瞬間、斬撃がすぐそばを通過した。傍にあった王からの褒章である金の杯が真っ二つになっていて、避けるのが遅れていたら斬首刑と変わらない死に方をするところだった。
最近、機嫌が悪いらしい。相談があると言っても忙しいで即断された。
「もうこの際、お供え用のお菓子でもいいからいいのない? 私お菓子とかあんまり詳しくなくて」
「お前が詳しくないのに俺が詳しいわけがないだろ」
「なんでよ、ヴィルフリードはお菓子いっぱい貰ってるじゃん」
「他人の食べ物なんて喰うに困っていなければ食べない」
冷ややかな声音だ。
騎士団は令嬢からの絶大な支持を持つ。理由は強いからだ。そして強い中でも顔がかっこいいとか歌が上手いとか優しいとかで勝手に順位付けされ、ヴィルフリードは騎士団で二番目にかっこいいと言われている。
そのためヴィルフリードのもとにはたくさんの贈り物が届くが、彼はそれらを孤児院に送っていた。
つまりヴィルフリードは自らに贈られたものを、分配していた。
品物すべてを受け取れないため、気持ちだけを受け取っているとばかり思っていたが、今までヴィルフリードにお菓子を贈っていた人々が聞いたら絶対に傷つくだろう。二人の時で良かった。
「でもお菓子良くない? お菓子作るの大変だよ?」
私は一応、結婚したい騎士とかっこいい騎士で一位を取っているけどお菓子だけ来ない。というか飲食物が一切来ない。来るのはお金のみなので何となく怖く、孤児院に寄付している。
「……お前、騎士団をやめて何をするつもりなんだ」
ややあってヴィルフリードが問いかけてくる。
「お花屋さんにでもなろうかなと思って」
「身売りするほど金に困っているなら俺がお前の人生ごと買う」
「え、いや、大丈夫だって、物理花屋だよ。身体は売らない」
騎士団あるあるのひとつに日常会話と内部用語で誤解がある。世間一般では花を育てて売ったり、花束にして売る人間のことをお花屋さんと呼ぶけど、騎士団の内部では人を攫って尊厳を売らせる人間やその商売そのものを花屋と言う。
理由は一般市民に聞かせたくないからだ。特に子供にそんな話を聞かせるべきではない
「お前花なんかに興味あったのか?」
ヴィルフリードが怪訝な顔をした。
「育てて売るって良くない? 刺繡屋さんでもいいし。平和的な仕事がいいなって」
ずっと戦いに身を投じてきたから正式名称が良く分からない。ずっと男として生きてきた反動からか、御嬢様がしそうなことがしたかった。
最近は皆が活躍をという流れが強い。女の子は守られてばかりではだめとか、きちんとしなきゃみたいな。男であることから降りて戻りたいと思っていた場所がいつの間にか消えていた。
「騎士団をしながらでも花なんか売れるだろ」
「話聞いてた? 平和的な仕事がしたいんだって」
ずっと戦うことは疲れる。民の為と言えど、どうしても疲れる。そこを踏ん張るのが騎士だろうけど、なんとなく最近はこのままじゃいけない気がして、降りたくなった。いろんな場所から。
「それか適当に良さそうな国で、嫁の貰い手探してるところに行くのもありかなって。同世代くらいの犯罪歴賭け事なし酒癖の問題がなければ誰でもいいし」
「は?」
「何」
「意味が分からない条件だ」
ヴィルフリードが睨んでくる。そんな目で見られるような高望みはしていないつもりだ。私はちゃんと弁えている。
私はずっと騎士団にいた。剣も銃も槍も弓も武術も何不自由なく三日三晩寝ずに戦えるし特技は伐採、丸太一本抱えて崖も登れる。騎士としては最も優秀という自負がある。実際、私が一番強い。
しかし一般市民にそんな能力はいらない。
普通の暮らしにおいて強さは無価値どころか負債だ。
一般市民としての需要を考えると「ずっと男所帯で男のふりをして10年過ごしてきた女」になる。不良債権もいいところだ。
私が認識していないだけで「ずっと男所帯で男の振りをして生きてきた価値観のズレ」が絶対にあるし人格形成に影響が出ているだろう。
趣味もなかったため騎士団の報奨金はあるが、騎士団にいたことは隠さなければいけない。
結果的に私は「大金と一般常識のズレを抱えた、来歴について一切話せない女」である。おわり。犯罪の臭いしかしない。
でも、改めて考えると今結婚相手に求める条件も、求めすぎな気がしてきた。常識ズレを考慮し同世代ならまだそこまですれ違いもないだろうと思っていたが、ある程度年を重ねた……それこそ離婚歴がある相手でもいいかもしれない。
「妾たくさん囲ってる爺でもいいかもしれない」
多情なら私みたいな人間でも愛せるだろうし、ある程度許容範囲も広いだろう。人身売買に手を出すのではなく女なら誰でもいいのなら法的にも問題はない。
「そこまで騎士団にいるのが嫌なのかか」
「いつまでもいられないでしょ。バレたら終わりだし、問題になる」
「お前には武功がある。民も認めるはずだ」
「私が認められたとしても今後だよ。私は大丈夫だけど今後ほら、泥沼恋愛が繰り広げられるかもしれないし」
「そもそも男同士だって可能性はある。好きになれば男かどうかなんて関係ない」
「それは……そうだけどさ~……え、っていうか何、ヴィルフリード好きな男いんの?」
「俺に好きな男がいると思うか?」
「いや……ヴィルフリードが人を好きになる想像がちょっと……し辛いっていうか」
そんな彼にはご令嬢からの恋文や応援の手紙が山のように届くけれど、ヴィルフリードは全て「拝読」という簡素な判子を押して返送していた。好条件の縁談もせっせと断り男が好きなのではとの噂も流れたが男からの告白も断ったため恋愛に興味がないとばかり思っていたし、みんなもそう思っているだろう。
「……」
ヴィルフリードは軽蔑の眼差しを私に向ける。
「なに」
「いや……」
ヴィルフリードはしばし長考した後、呟いた。
「……聖女が許さないぞ」
「え、なんでよ」
「許さないからだ。お前が少しでもやめようとしてるなんて知れば何をするか分からないぞ。いいのか、この国の救世主の意思に背くようなことをして」
「許さないも何も、私、関わったことないし……聖女に……っていうか嫌われてる……とまではいかないけど良くは思われてない……から」
というか私のやめる根本理由が、聖女と距離があることだった。私が護衛に回ろうとするとその人はやめて欲しいと言われ、ヴィルフリードを指名していた。最初はヴィルフリードが好きなのかと思っていたけど、ヴィルフリードがいない場合はまた別の騎士が指名されていて、もっと言えば、私を近くに置かないで遠くに置いてほしい、と話をしているのを聞いている。
「そんなことはない。聖女はお前を嫌ってない。それはただの勘違いだ」
ヴィルフリードは強い語気で否定する。
「自分が聖女に嫌われてるかもしれない、なんて聖女に対しても不敬になるし、揉め事に繋がりかねない、口は慎んだほうがい」
部下に警告されてしまった。でも、普通に嫌われてるし。さらに言えば聖女に嫌われてこの先やっていける気がしないというか神の加護的に危ういし。聖女には神の加護があり、聖女が愛すものは神の守護の恩恵を受けられ、聖女が憎むものは滅びの運命をたどる。
この国ではそういう言い伝えがある。
だから私は、騎士団を巻き込まないように、出ようというのだ。
◇◇◇
それから翌日のこと、部屋でうとうとしているとヴィルフリードにたたき起こされた。
「なに?」
私が伸びをしながら寝台から起き上がろうとすると彼は「聖女が反乱を起こそうとしている」と、冷静にとんでもないことを言い出す。
「な、え、な、なんで?」
「お前が騎士団から抜け国を出ようとしていることに怒りだしたからだ」
「お、怒った?」
「ああ。聖女は、お前が──副団長が退団するなんて聞いてない、副団長のいない騎士団なんて顔で調子乗ってるだけの人格破綻集団と憤りを露にしたらしい」
私はヴィルフリードの言葉に唖然とした。聖女が憤りをあらわにしたこともそうだし、聖女が明らかに──騎士団を悪く思っていることにもだ。顔で調子乗ってるだけの人格破綻集団なんて思ってる態度じゃなかった。
「なんでそんな急激に信頼関係の破綻が……?」
「急ではない。以前から聖女はお前しか見ていなかった。というか最初からお前しか見ていない」
「えっ、えっ、う、嘘だあ、だって私、護衛外されてたじゃん! ヴィルフリードだって見てたでしょ?」
「ああ。その後、聖女はお前がいなくなったあと、護衛ってえ、突然魔物に襲撃されたらあ! 抱えられたりするんでしょ! ヤダー! お姫様抱っこされて重いって思われたくなあい! と言っていた」
ヴィルフリードが真顔で声を高くし、聖女の真似をする。
「なんでそれ言わないの?」
「本人に言った。副団長は体重なんて気にする人間ではないと」
「そしたら」
「余計好き! もっと好きになっちゃった! 近づかれたら絶対変になっちゃうし、重いとか気持ち悪いとか思われたくない! と、聖女は言っていた」
なんなんだ聖女は。というか聖女は私のことが好きだったのか。だから──嫌われてるわりに不幸がふりかからなかったのか。これから私に大きな災いがふりかかるから、この国を巻き込まないよう、国を出ようとしていたのに。
「副団長は聖女に嫌われてると思って、落ち込んでいる。好きなら好きだと言えと、俺は聖女に言った。どうせ通じ合えない。何度自分が一世一代の告白だと勇気をふり絞ってもあの副団長には通じないから好きなら好きだと言えと言った」
「そしたら?」
「鈍くて可愛いの最高すぎ! 絶対ぐちゃぐちゃにしたい! 私から守らなきゃ! と考えた聖女はお前と距離を置いた」
「なんでよ! っていうかヴィルフリードなんでそれを私に言わない?」
「守秘義務だ。聖女の意に背くと神の天罰が下るからな」
「まぁ確かにそうだけど……」
「それにお前だって聖女に女だとバラされるのは困るだろう」
「そうだけど……」
「ただ、聖女はお前が女だと知ってるがな」
「え?」
「神の目で分かるらしい。そして自分だけが副団長が女だと知ってると思い込み、女だとバラされたくなければ、私の言うこと何でも聞いてとお前を脅すことを夢見ながら必死に理性を働かせているらしい。俺が気配を消しながら護衛をしているとき、ぶつぶつ独り言を言っては叫び出している」
異世界から来た聖女、どうかしてるんじゃないのか。神の力を持っている分、気が狂うのか、異世界の人間が気が狂っているのか、この世界にやってきた精神的負担で気が狂ってるのか分からない。全部だろうか。
「それで、聖女は……今何してんの?」
「聖女は契約不履行で国を相手に国際裁判を起こすと宣言した」
国際裁判なんて大問題だ。というか、そういうものは国同士の争い──それこそ戦争や戦争に至るまでに行うもので聖女と国で争うことなんて、前例すらないはずだ。
「国際裁判は国家間でしょ?。ほかの国との裁判の時に使うものだ。他国が介入してきたのか?」
「いや? 法の解釈により聖女は、聖女が元々生まれ育った異世界を自分の国とし、この国を別の国と定義することで裁判を行った。その申請が受理されるまで幾分か猶予があるが、法に基づき裁判に関わるため、この国では聖女と契約に関わる業務の休止せざるをえなくなった」
「どういう意味?」
「裁判が終わるまで、少しでも国が聖女に仕事しろ、考えを改めろと言えば、国際法においての処罰の対象になる。王もその対象だ」
「そんな申請が受理されるまで、誰も説得しなかったの?」
「聖女は国が説得してきたりしないよう、聖女信仰の強い教会のもとへ身を寄せた。その後、教会は祭りを行い、祭りの行進として聖女は司法の場へ移動した」
「祭りなんかやめさせて聖女説得──あ」
私は、祭りの行進という単語にハッとした。
ヴィルフリードが頷く。
「信仰の自由により国が祭りに参加することは禁じられている。祭りの最中に説得や聖女を連れ戻そうとすれば、法に触れる。表向きは聖女がやってきたことを祝う、喜ぶ歓迎としての祭りだろうが……ある種の人間結界だ」
怖い。なんか、女だとバラすぞと脅して言うことを聞かせるといった策を練るところとかから、普通じゃないなと思っていたけど、暴力じゃない手段で徹底的に制圧しようという気概がうかがえる。
「お前を引き止めるためだぞ、すべて」
ヴィルフリードは突き放すようにため息を吐いた。
「でも、どっからバレたんだろ……ヴィルフリード誰かに言ってないよね?」
私は冗談のつもりで彼を小突く。すると「言った」と彼は平然と頷いた。
「え、だ、だれに」
「騎士団と聖女だ。お前がやめるかもしれないと報告して各所に連絡して相談した」
「なんでそんなこと──」
つまり、ヴィルフリードが団長に言ったから団長は徹底抗戦をしているわけで、そして、聖女は今、法を潜り抜けるように抗議しているわけで。
愕然としていると、冷静にヴィルフリードが私を見返す。
「お前が言ったんだ。嫌なことがあったら、周りの人に、報告、連絡、相談しろって」




