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柚子の着物が汚れると、冥がどこからか新しい着物を持ってくるのだ。
それ自体は柚子にとっては喜ぶべきことなのだが。
(いったい、どこから?)
不思議であった。
柚子は濡れた身体を拭くと新しい着物に袖を通した。
裸身を隠せたことで、ようやく落ち着きを取り戻す。
「さあ」
冥が言った。
「いよいよ信虎の息子を狩るよ。お前の願いが叶うまで、もう少しだ」
柚子が複雑な面持ちになった。
冥は気づかない。
否、そもそも柚子の心中など冥にはどうでもよいことであった。
一度目と違い、万全の策を打ったうえでの今回の失敗は鬼道信虎を怒り心頭にさせるのに充分だった。
小諸城改め、鬼道城の天守閣。
城外では暗雲が立ち込め、激しい雨風が吹き荒れていた。
短い間隔で何度も稲光が瞬き、轟音が天守閣内の空気をも震わせた。
あたかも信虎の怒りが外へと飛び出してきたようであった。
上座に立った信虎は雷音に怯えず、前に座った幻斎をにらみつけた。




