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幻斎は隻眼を開き微動だにせず、信虎の視線を受け止めている。
二人のにらみ合いは、しばらく続いた。
そのうちに雷光と雷音のずれが次第に大きくなっていく。
雷が離れている証であった。
雷音が天守閣を震わせることも無くなった。
「あのときも今日のような空だったな」
信虎が口を開いた。
意外にも静かな口調だった。
幻斎が頷く。
二人は初めて出会った日を思い出していた。
十三年前。
信虎は息子信竜を連れ、士官先を求めて諸国を旅していた。
元々、仕えていた主家が他国に滅ぼされ、野に下り始まった放浪生活はかれこれ一年にも及ぶ。
幼い信竜はともかく、信虎は世に出られぬ焦りに胸を焼かれるような苦しさを感じていた。
信虎の妻は主家滅亡の際に命を落とした。
信竜は母の死に耐え、生来の芯の強さゆえか文句のひとつも言わず、涙ひと筋こぼさず気性の激しい父に付き従っていた。
ある日の夕刻。
鬼道親子が峠の山道にさしかかったところで突然、空がかき曇り大粒の雨が降りだした。
豪雨である。
同時に雷音が轟く。
親子は笠を慌てて被ったが、あまりの雨脚にほとんど効果は無い。
二人は必死に雨をしのげる場所を探した。
雷が近づく前に、どこかへ逃げ込まなければ命も危ない。
親子は山道から離れた場所に小さな洞窟を見つけた。




