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八十六話 暴走

 視界がぼやけている。

 頭の中が真っ白になり、思考がまとまらない。


 遠くで誰かの叫ぶ声があちらこちらから聞こえる。

 ああ、そうだ。

 まだスタンピードは終わっていないんだ。


 右手の方から、笛の音が聞こえる。

 これは何の合図だったか。

 思い出せない。


 数メートル離れた場所で、両の翼にところどころ焦げた跡を残したワイバーンが、こちらに向かって大きく鳴き声をあげる。

 ――うるさい。


 私はウォーターカッターを作り出すと、ワイバーンへと打ち出す。

 しかし水の刃は、ワイバーンに届く前に霧散して消えてしまう。

 ……あれ?

 どうして?


 もう一度、今度はウォーターボールを打ってみるが、結果は同じ。

 むしろ、さっきよりも飛距離が縮んだような気がする。


 ……あ、そっか。

 魔力が足りないのか。


 私は躊躇なくブーツの魔石に残った魔力を全て注ぎ込む。

 するとどうだろう。

 ブーツのあちらこちらから、まるで植物の根のようなものが生えてくる。

 その根は地面に到達すると、さらに地中へと伸びていく。


 ……なるほど。

 これならあのうるさい鳴き声を止めるだけの魔力が確保できる。


 私は根っこに意識を集中する。

 そして、地中にある魔素を吸い上げていく。


 以前エリューさんが、この世界の全てのものは魔素を持っていると言っていた気がするが、今はよく思い出せない。


 吸い上げた大量の魔素を順に魔力へと換えていく。

 魔力の量に身体が悲鳴をあげ始める。

 ミシミシと身体の内側で何かが鳴る。

 耐えきれなくなったのか、足や腕、お腹など、至るところの皮膚が裂け、血が吹き出る。


 だけど、そんなの知ったことか。

 私はさらに魔力を練っていく。


 普段の数倍まで魔力が膨れ上がったところで、私は右手のひらを前に伸ばし、魔法を構築する。

 ウォーターカッター。

 だけど、その大きさはゆうに直径一メートルを超える。


 そこでようやく危険を察知したのか、ワイバーンが翼を広げて飛び立つ。

 けどもう遅い。


 私はウォーターカッターを打ち出す。

 水の円盤は高速で回転しながらワイバーンへ迫っていく。

 ワイバーンは空中で羽ばたき身を翻して避ける。

 しかしその直後、ウォーターカッターは急激に軌道を曲げると、ワイバーンの硬い鱗ごと身体を真っ二つにした。


 血飛沫をあげながら落ちていくワイバーンから目を離すと、今度は地上へと視線を向ける。


 私は再度地中に張り巡らした根っこから、魔素を吸い上げる。

 再び身体が裂け、血が吹き出る。

 しかし痛みは感じない。

 たとえ痛みを感じたとしても、もとより止めるつもりもない。


 私はありったけの魔力でウォーターレインを作り出す。

 身体を覆い隠すほどのおびただしい数の水の球が、宙を漂う。


 私はそれらに魔物を狙うよう自動追跡機能を組み込むと、打ち出す。

 水の球は、同じく前線で戦う冒険者を避け、魔物のみに命中していく。


「な、なんだ……!」

「うわっ! 危ないっ!」


 冒険者たちが口々に何か叫ぶが、どうせ当たらないんだし知ったことではない。

 迫っていた魔物の群れを一掃したところで、身体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。


 ……あれ?

 おかしいな。


 まだ、遠くからは笛の音が聞こえる。

 まだ、敵は殲滅できていない。

 まだ、……。


 地面にうつ伏せになっていた私は、伸ばしたままの右腕に力を込める。

 ブシュッという音がしたので目を向けると、腕がさらに裂けて大量の血が溢れてきていた。

 力を込めてみても、動く気配がない。

 仕方がないので左腕だけで無理矢理身体を起こす。


 足元を見下ろす。

 幸いブーツの根っこはまだ地中に伸びているようだ。

 私はだらんと垂れた右腕を諦め、左腕を前方へと伸ばす。

 そして地中から魔素を取り込もうとしたとき――。


「――お花さん、もうやめて!」


 私の耳に、幼い、でもはっきりとした声が聞こえた。

 それと同時に、背中にふわっとした温もりを感じた。


 ◆◇


 ――……ミーシャ?


 私はゆっくりと後ろに首を回すと、そこには背中からお腹に腕を回して抱きつくミーシャの姿があった。

 あ、あれ?

 どうしてここにミーシャが?


 私がそんな疑問を抱くのと同時に、身体中に激痛が走る。

 いっ、痛っー!

 痛い痛い痛いっ!

 ちょっ、ミーシャ、痛いから!

 そんなに力を込めないで!


「お花さん! これ以上やったら、お花さんが死んじゃうの! もうやめて!」


 うん、分かった!

 分かったから、これ以上抱きつかないで!

 痛くて本当に死んじゃうから!


 私は慌てて右手を動かそうとして、再び痛みに襲われる。

 うぎゃー!

 そ、そういえば、なんかもの凄く血が溢れてた気がするっ!


 今度は左腕――こっちは問題なく動いた――を急いで後ろに回すと、ミーシャの頭を軽く叩く。

 お願いだから、放してプリーズ!


「……え? お、お花さん!?」


 相当悲痛な表情を浮かべていたのか、私の顔を見たミーシャは、慌てた様子で背中から離れてくれる。

 ――た、助かった。

 危うくミーシャにやられるところだった。


「お花さん? 本当にお花さんなの?」


 うん、そうだよ。

 どうやらさっきまで我を忘れていたみたいだけど、今は大丈夫だよ。


 身体をなんとか後ろへ向けると、ミーシャと面と向かう。

 ミーシャは顔を涙や鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、それでもしっかりとした眼差しで私の目を見てくる。

 私は安心させるように、左手をミーシャの頭に乗せると軽く撫でた。


 ごめんね、ミーシャ。

 心配かけちゃったね。

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