八十七話 つかの間の回復
ミーシャが落ち着いたところで、アイテムバッグからタオルを出して顔を拭いてあげる。
「んっ……ありがとうなの」
どういたしまして。
笑顔を戻したミーシャに、私は思わず顔が綻ぶ。
――って、こんなのんびりしている場合じゃない!
私は慌てて近くに倒れているリルカを指差し……って、あれ?
リルカの方を見ると、どこかで見たことのあるような人が隣にしゃがみ込み、リルカの背中へ手を伸ばしていた。
その手からは淡い光が放たれている。
もしかして、回復魔法?
その人の様子を見守っていると、リルカの背中の傷が少しずつ塞がっていく。
良かった……あの様子ならリルカも大丈夫そうだね。
けど、この人本当に誰?
私はその人を指差すと、隣のミーシャに顔を向けて首を傾げてみる。
「お花さん、覚えてないの? 本屋さんのお爺さんだよ?」
本屋さん……?
あー、魔物の本を買った、あの小さな店か。
でも本屋のお爺さんがなんでこんな戦場に?
「ここに来る途中で会ったの」
うん、つまりミーシャも分からないと。
まあいいや、後で本人に直接聞こう。
次に私は前線から戻ってくる冒険者たちへ視線を向ける。
それぞれが怪我をして血を流していたり足を引きずったりと、どこかに負傷をしているみたいだ。
その中でも比較的傷の浅い青年がこちらに駆け寄ってきた。
青年は私とリルカを何度も見ると、見る間に顔を青くする。
「だ、大丈夫ですか!? お二人とも、かなりの怪我ですよ!?」
私もリルカも大丈夫だから、とりあえず落ち着こうね。
私が頷くと、青年は安心したようにホッと息を吐いた。
「そ、そうですか。……先ほどの援護のお陰で、僕たちも隙を作り、こうして引くことができました。代表してお礼を言わせてください」
別にたいしたことはしてないよ。
何よりあの時は我を見失って、当たらないとはいえ、無差別的な攻撃を仕掛けた覚えもある。
むしろ謝りたいくらいだ。
青年とそんなやり取りをしていると、リルカを抱き上げたお爺さんが近寄ってきた。
「応急処置は終わったぞ。そこの若造、おじょ……この子を急いで後方の救護施設まで運んでおくれ」
「は、はい! 分かりました!」
お爺さんからそっとリルカを渡された青年は、私たちに頭を下げると街の方へ走っていった。
「では、次は亜人のお嬢ちゃんじゃの。右腕を触るぞ?」
……へ?
あ、私も見てくれるの?
お爺さんはだらんと垂れた私の右腕を取ると「ヒール」と唱えた。
お爺さんの手、そして私の右腕が淡く白い光に包まれる。
徐々に傷が塞がっていき、感覚が戻ってくる。
ある程度傷が塞がったところで光が止まり、お爺さんは手を離してくれた。
私は右腕を振ったり軽く握ったり開いたりしてみる。
おお!
まだところどころ傷は残っているけど、ちゃんと動くし、痛みもほとんどない!
「儂にできるのはこれくらいじゃ」
いやいや、十分だよ!
私が頭を下げたところで、ミーシャが飛びついてくる。
ちょっ、ミーシャ、ストップ!
治ったのは腕だけだから、まだ身体は痛いから!
急いで引き剥がすと、ミーシャは「むう……」と頬を膨らました。
「ほほ、仲睦まじいのはよいが、今はそれどころではないぞ?」
お爺さんはそう言いながら北の方を指差した。
そういえば、何か笛の音が聞こえていたような……。
あっ、笛!
私はそこでようやく笛のことを思い出した。
そうだ、ギルマスから緊急の事態になったときに鳴らせと手渡されてたんだ。
って、その笛の音が聞こえたということは……?
血の気がさーっと引いていくのが分かる。
もしかして、ダボルスさんのパーティの誰かに何かあった!?
助けにいかないと!
「待て。そんな怪我で行ったところで、何ができる?」
私が立ち上がろうとしたところで、お爺さんが止めに入った。
んなこと言っている場合じゃないでしょ?
私だって、別にスーパーマンみたいに誰も彼も助けようというわけじゃない。
ただ、今助けに行かないで誰かが死んでしまったら、寝覚めが悪いだけだよ。
私は首を振ると、お爺さんを見上げて目を合わせる。
黒板取り出して書いている暇はないから、察して!
「わたしも一緒にいく! 移動しながら回復するの!」
隣でミーシャがそんなことを言い始めるので、驚いて横を向いてしまう。
いや、ミーシャはお爺さんと一緒に戻ってよ。
どんな危険があるか分からないんだからさ。
「……分かった。そこまで言うのなら、儂も着いていこう」
「え?」
え?
今度はミーシャと二人してお爺さんの方を振り向く。
どうしてそうなるの?
疑問が顔に出ていたのか、お爺さんは眼鏡をクイッとあげる。
「回復魔法なら儂も使える。それに儂はこう見えて魔法の腕は確かじゃ。獣人のお嬢ちゃんを守ることくらいならできるぞ?」
確かに、あの回復魔法で使っていた魔力から、相当な熟練者ということが窺えた。
それに今ミーシャに何を言っても聞かないだろうし、ならミーシャを護衛してくれる人はいたほうがいい。
あー、もう。
悩んでいる暇なんてないわ。
私は今度こそ立ち上がると、お爺さんに握手を求めるように右手を伸ばした。




