六十話 嬉しい誤算
ドワーフの店を出た私たちは、スズハさんの案内で宿屋に向かう。
辺りはすでに茜色に染まっているが、道行く人の数が少なくなる様子はない。
村では暗くなり始めるとみんな家に帰っていたから、ちょっと新鮮だ。
馬車が通れるほど幅広く舗装された道の両脇には、等間隔で街灯が建ち並んでいる。
街灯の先はランタンのようになっており、辺りを明るく照らしている。
スズハさんに聞いてみたところ、ランタンの部分に魔石が組み込まれており、定期的に魔力を流し込んで魔石を光らせているらしい。
元の世界でいうところの、電気と電球みたいなものか。
周りの建物も、村の木造建築とは違って石やレンガっぽい物で建てられている。
真っ白な城とは異なり、赤や黄味がかった建物が多い。
勘だけど、粘土に不純物が混じっているかどうかの違いかな?
そんな考察をしながら十分ほど歩いた頃だろうか。
景色が変わり、中央に噴水のある広場に出た。
広場を四角く囲うように建物が軒を連ねている。
その中にある一軒をスズハさんが歩きながら指差した。
「あそこです。私が王都に来て間もない頃、お世話になった宿屋です」
指された方を見ると、茶色のかわいい二階建ての建物がある。
そのまま宿屋まで行くと、スズハさんに連れられて中に入る。
「いらっしゃいませー! って、スズハさんじゃないですか!」
入り口のすぐ横にカウンターがあり、そこにいた十五、六歳くらいの女の子が元気よく出迎えてくれる。
この宿屋の娘さんかな?
三つ編みにした茶色いおさげがよく似合っている。
「こんばんは。今日は部屋空いていますか?」
「はい、空いてますよ。あれ? でもスズハさん、騎士団の寄宿舎を借りられているんですよね?」
「いえ。泊まるのは彼女たちです」
「……お花? 猫耳?」
紹介されて初めて気が付いたのか、私とミーシャを見て頭にはてなマークを浮かべる女の子。
うん、どこでも似たような反応されるね。
ミーシャを見て驚くのは珍しいけど。
「彼女たちは獣人の村からやってきた、私の恩人たちです」
「あ、ご、ごめんなさい! 獣人の方を見るのは初めてなもので……」
「大丈夫なの! ね、お花さん!」
ミーシャが代弁してくれたので、私は頷いておく。
驚かれることなんてもう慣れっこだよ。
それよりも、スズハさんのその紹介をなんとかしてほしい。
恩人と言われるほどのことはしていないし、なんかこう、むず痒くなってくる。
「ありがとうございます。えっと、お二人は一緒の部屋でいいですか?」
「うん」
「一部屋ですね。あと、何泊の予定ですか?」
「えっと、お花さん?」
……うーん、どうしよう?
王都に来ることだけに頭が回りすぎていて、来てからのことはあまり考えてなかった。
しばらくは色々とお金も必要だろうし、とりあえず三泊くらいでいいかな?
私は指を三本立てる。
「分かりました。受付しますので、ちょっとお待ちくださいね」
そう言うと宿屋の女の子はカウンターに置かれていた羽ペンを手に取り、宿帳を書き始める。
「それでは、私は一度帰ります。また明日の朝に迎えに来ますので、部屋で待っていてください」
「あ、スズハさん! また気が向いたら、いつでも泊まっていってくださいね!」
「……考えておきます」
「スズハさん、また明日なの!」
「はい。また明日」
私も手を振ってスズハさんを見送る。
ドアが閉まった後カウンターへ向き直ると、宿屋の女の子が顔をあげて待っていた。
「お待たせしました。三泊だと、銀貨三枚ですね。あ、もちろん朝と夕食付きですよ」
一泊で銀貨一枚ってことか。
いまだにこっちの世界の通貨には慣れないね。
私はアイテムバッグから銀貨を取り出して女の子へ手渡すと、代わりに鍵を渡される。
「じゃあ、こちらが部屋の鍵です。部屋は、二階に上がって右手の一番奥です。ほんとは少し高い部屋なんですが、しばらく使っていないですし、スズハさんの知り合いなので特別です。みんなにはナイショですよ?」
唇に人差し指を当ててウインクする女の子。
アハハ、ありがたいね。
「夕食は向こうの食堂まで来ていただいたらご用意します。……あ、そうだ! お風呂の使い方は分かりますか?」
「おふろ?」
――お風呂!?
え、ここ、お風呂あるの!
ミーシャが首を捻り、私が驚いているのを見て、女の子は知らないと思ったのか補足してくれる。
「お風呂というのは、お湯で水浴びする場所ですね」
「水浴びできるの? 川があるの?」
「ええっと……。また後で使い方教えにいきますね」
あ、諦めた。
それにしても、お風呂があるなんて嬉しい誤算だ。
ミーシャの村はもちろん、旅の途中の宿にもなかったから、この世界には存在しないものだと思ってたよ。
やっぱり、魔石でお湯を作っているのかな?
いずれは王都に居を構えるつもりで、そこにお風呂をつけようと画策していた。
自分で作るつもりでいたから、今まで未使用の魔石を大事にとっておいたし、密かにお湯を出す魔法を練習していた。
でも、お風呂が一般的に広まっているなら、その必要もないかもね。
「それでは、ごゆっくりどうぞー」
女の子の声を背に、私はミーシャの手を引いて、ルンルン気分で部屋に向かった。




