四十八話 決着と決意
だから、私はテアさんのコレクションになるつもりはないよ。
そもそも、私にその契約魔法とやらは通用しないからね。
「この手はあまり使いたくなかったのですが、致し方ありませんわ」
テアさんはそう言うと、小さい石を取り出す。
まさか、あれも魔石?
「うふふ、これは召喚魔法が込められた魔石。森の中に待機させている残りの魔物を、全て呼び出すことができるのですわ。さあ、この村が大切なら、大人しくわたくしに捕まりなさい?」
そんな……まだ残ってるの?
しかも人質を取るとか、テアさんも相当追い詰められているみたいだ。
正直、本当に魔物が残っているのかとか、そもそもその魔石に召喚魔法が込められているのかとか、怪しい箇所は多い。
けど、呼び出せるかもしれないと思わされた時点で、こちらに選択肢はない。
……うぐう。
私が降参の意を示すように両手を上げようとした時だった。
「――その必要はありません」
凛とした声が広場に広がる。
声のした広場の入り口へ振り向くと、スズハさんが剣を片手に立っていた。
突然の乱入者に、しかしテアさんは平然としたまま答える。
「あら、それはどういう意味かしら?」
「まさか、私が単独であなたを追っていたとでも思っていたのですか? 森の中にいる仲間たちから先ほど連絡がありました。森の中に潜んでいた魔物の群れを、すべて討伐したそうです」
テアさんの顔に焦りが浮かぶ。
「まさか、先ほどからバッドアイが召喚に応じないのも……」
「そういうことでしょう」
スズハさんの言葉で、テアさんの手から魔石が落ち、地面に転がった。
テアさんは、まるで壊れた人形のように、声の無い声をあげて笑い出す。
というか、私もスズハさん一人で追っているんだと思ってたよ。
敵を騙すならまず味方から、とはよく言ったものだ。
「……はあ。いいですわ……わたくしの負けですわ」
テアさんはひとしきり笑ったあと、大きくため息をつき、両手を上げてそう宣言した。
◇◇
「お花さん! また無茶し……て? ……えっと、お花さんだよね?」
「あら? お花ちゃん、随分と可愛くなったわね? イメチェン?」
私を見つけたのか、ミーシャが村長の家から飛び出てきたが、私に飛びつく前に走るのを止めた。
その後から出てきたキャティさんは、頬に手を当てて笑顔を浮かべている。
二人ともが……いや、村の人たちの大半が、私の足に視線を注いでいる。
あの……恥ずかしいから、ホントやめて?
「……あー、なんだ。まあ、元気だせ」
ジルドが可哀想な物を見るような目で声をかけてくる。
うっさいわ!
「戦いの中で成長したようですね。魔物にはよくあることですが……さすがに突然足が生えるのは、私も驚きました」
スズハさんが微妙にフォローしきれていない言葉でフォローしてくれる。
いや、でも、人型に成長する魔物なら多そうだよね?
実は意外とよくあることなんじゃない?
うん、きっとそうだよね!
なんてどうでもいいことを考えて現実逃避していると、ミーシャが再び走り出し、腕の中に飛び込んできた。
私は慌てて抱きとめる。
ミーシャは腕の中から私を見上げると、目尻に涙をたたえながら、だけどこぼれるような笑みで言った。
「おかえり、お花さん!」
……うん。
ただいま、ミーシャ。
私も応えるように笑顔になると、大きく頷いた。
◇◇
全てが終わった時には、辺りは夕焼けに包まれていた。
村中を走り回って、何度も緊迫した戦いをしたのだから、疲労的には何日も経ったかのような錯覚を覚えるが、実際には五、六時間しか経っていないみたいだ。
まあ、ずっと明るかったんだし、当たり前だよね。
テアさんはスズハさんの仲間――王都近衛騎士団の人たちに身柄を渡され、村の外へと連行されていった。
村の中にいると、争いの火種になり得るから、とのことだ。
特にここは獣人たちの村、色々と複雑な事情があるのかもしれない。
村の外で一晩キャンプした後、明日、王都へ向けて出発するらしい。
村の人たちは、ひとまず村長の家に一泊することとなった。
まだ魔物の生き残りがいるかもしれないためだ。
戦いに出ていた男性たちも疲弊しているし、さらに暗くなる中、魔物を探すのは危険だからね。
夜の間は、まだ戦える人たちでローテーションを組んで、見張りをするそうだ。
私も大きな怪我はしていないし、見張りに参加しようと手をあげたら、
「花の嬢ちゃんは中で休め!」
と、半ば強引に村長の家に押し込まれた。
むう……。
まあ、気づかってくれているのは分かるから、今回はお言葉に甘えるとする。
今日あったことを頭の中で整理しながら、私は抱きついたまま眠るミーシャの黒髪をそっと撫でる。
ミーシャはくすぐったいのか少し身じろぎをするが、目を覚ます気配はない。
せっかく気持ちよさそうに寝ているのに起こすのも悪いので、撫でるのはやめる。
それにしても、こうして抱きつかれていると、ミーシャに初めて会った日の夜を思い出す。
あれからまだ一ヶ月くらいしか経っていないはずだけど、随分とこの村にも馴染んだね。
でも……。
私はある決意を胸に秘めながら、ミーシャと一緒に眠りについた。




