四十七話 VS魔物使いテア その二
「いい加減起きなよ、彩音」
「うにゅう……あと五時間……」
「いや、長すぎるでしょ!」
「……あいたっ!」
梨恵のツッコミチョップで私は目を覚ます。
むう、もう少し優しく起こしてくれたっていいじゃない。
「ほら、さっさと本片付けて。置いていくよ?」
「え、ちょっ、待ってよー」
私はトートバッグに読みかけの本を入れると、寝ぼけ眼をこすりながら梨恵を追いかける。
大学の図書館から出ると、あたりはすでに茜色に染まっていた。
……あれ?
さっきまで明るくなかった?
「何してるの、彩音? 急がないとバス来ちゃうよ?」
先を歩く梨恵が振り返って急かすように声をかけてくる。
私は小走りで梨恵の隣に並ぶと、他愛もない会話を始める。
……うーん、なんだろう?
このもやもやした違和感は?
歩くこと数分。
梨恵と一緒に大学前のバス停までやってきた私は、他に人のいないバス停で立ち話を続けていた。
「でね、あの先生の講義がすっごく……え、何アレ?」
「……ん? アレってどれ?」
私の言葉に梨恵は後ろを振り返る。
雨も降ってないのにレインコートを着て、フードを目深く被った男が、走ってくるのが見える。
その手には、鈍く光る包丁。
咄嗟に、私は両手で思いきり梨恵を横へと突き飛ばした。
直後、お腹から背中にかけて、焼けるような痛みが走る。
……あ。
思い出した。
「ぎゃはっ! ぎゃはははっ!」
レインコート男は狂ったように笑いながら、どこかへ走っていってしまう。
その後ろ姿にホッと息を吐いて、私は膝から崩れ落ちた。
「あ、彩音……っ!」
倒れていた梨恵が起き上がって駆け寄ってくる。
その顔は見るからに真っ青になっている。
はは、せっかくの美人が台無しじゃん。
「そ、そうだ、救急車! 彩音、すぐに救急車呼ぶからねっ!」
梨恵が自分のカバンを漁っているのを見ながら、私の視界は薄れていく。
……そっか。
だから私、死んじゃったんだね。
「もしもし! は、はい、救急車です! えっと、ここは……の前の……」
……大丈夫だよ、梨恵。
私は死んじゃうけど、別の世界でなんとか生きているよ。
だから梨恵も、あまり悲しまないで、幸せになってね。
覚醒していく意識の中、私は心の中でそう呟いた。
◆◇◆◇
せーのっ!
一本背負いの要領で、蔓を掴んだままのミノタウロスを前方の地面へと叩きつける。
まあ、一本背負いなんてしたことないけどね!
仰向けに転がるミノタウロスの腹筋に、解放された蔓を突き刺し、とどめをさした。
「な、なんですの!?」
離れた場所で何かをしていたテアさんが、驚きの声をあげる。
残念、油断大敵だよ?
「あ、あなた、何で!? 確かに契約魔法は発動したはずですわ!」
慌てるテアさんを尻目に私は立ち上がる。
……そうだね。
確かにテアさんの魔法は発動した。
だから、私の中に残っていた魔物の魂が、今は感じられない。
おかげで身体が軽いよ。
あと、この足も、魔物の魂がいなくなった影響かな?
私は腰から下に目を向ける。
腰から生えていた真っ赤な花びらは、まるでドレスのスカートのように下へと広がっている。
そしてその中からは、上半身と同じ薄い緑色の足が二本伸びている。
その線の細さは完全に子どものそれだ。
やっぱりこの身体、まだ子どもなんだね。
軽くストレッチをするように足を動かしてみる。
大丈夫、ちゃんと思い通りに動かせる。
アルラウネに転生して以来ずっと根っこだったから、動かせるか心配だったけど、とりあえずはひと安心だ。
「あ、足? あなた、本当に先ほどまでのアルラウネですの!?」
正直、足に関しては私も驚いてるけど、今はおいておく。
それより、私の大事な人たちを危険な目にあわせたんだ。
あと、なにより、私ののんびりとした暮らしを滅茶苦茶にしたんだ。
捕まえてきっちり謝罪させるから、覚悟しなよ!
私は足に力を込めると、テアさん目掛けて飛び出す。
見た目は子どもの細足でも、魔物の身体。
数メートルあった距離をあっという間に詰め寄った。
「くっ!」
テアさんが慌てたようにムチをしならせるが、遅い。
身体能力だけじゃなく、動体視力や反射神経も向上しているみたいだ。
私は左側から襲いくるムチにあわせて蔓を伸ばしてわざと絡ませる。
これでムチは使えないでしょ!
私とテアさんの視線が、至近距離で交わる。
私は右手にウォーターボールを作り出す。
テアさんも左手に紫色の光を纏う。
「契約魔法! 命令ですわ、止まりなさい!」
止まるわけないでしょ!
私はウォーターボールをテアさんの胴へと打ち込む!
テアさんは数メートルほど後方へと吹き飛ぶと、背中から地面を転がって停止した。
――って、ダメじゃん!
本気でウォーターボール当てちゃったよ、しかも至近距離で!
し、死んでないよね?
地面に転がったテアさんは、しかしゆっくりと起き上がる。
緑色のケープの胸元にあった宝石が突如割れ、ケープがはらりと落ちた。
今の、魔石?
もしかして、怪我を肩代わりするような魔法でも付与されていた?
「うふふっ。いいですわ、これこそわたくしが真に求めていた魔物ですわ!」




