四十六話 VS魔物使いテア
エリューさんの無事も確認できたし、改めてテアさんを見る。
腕に止まっている一つ目コウモリが相変わらず気持ち悪いね。
「この子が気になりますの? これは気配を消して対象を追跡する、監視用の魔物ですわ。あなたをずっとつけていたのだけれど、気付いていなかったみたいですわね」
……んん?
ということは、何?
私の私生活、全部見られてたってこと!?
「あと、果物は食べ過ぎると太りますわよ?」
テアさんがそう言ってニヤリと微笑を浮かべる。
うっ、余計なお世話よ!
私は頭を振って思考を切り替えると、警戒しながらも右手にウォーターボールを作る。
「魔法の構築速度も随分と速くなりましたわね。うふふっ、それでこそわたくしのコレクションに相応しいですわ!」
私はこのままこの村でのんびりと過ごしたいんだ。
だから、テアさんのコレクションに加わるつもりはないよ!
右手のウォーターボールをテアさんに向けて撃つ!
狙うは足元、地面を崩してよろけさせることが目的だ。
が、狙いが読まれていたのか、テアさんが後ろに数歩下がる。
ウォーターボールはテアさんの目前の地面を穿つが、涼しい顔をしている。
「あら、どこを狙っているのかしら?」
ダメか。
やっぱり奇をてらった攻撃じゃ話にならないね。
顔見知りだしあまり攻撃はしたくなかったけど、仕方がない。
本気を出させてもらうよ!
私は両手を前に出してウォーターレインを作り始める。
それとほぼ同時に、テアさんが右腕を横へ伸ばした。
「おいでなさい、バイパー。あの子を捉えるのですわ」
テアさんが伸ばした腕の先の空間が、紫色の光に包まれる。
光が治まるとそこには二メートル程のヘビがとぐろを巻いていた。
これってもしかして、召喚魔法?
魔物は姿を隠していたんじゃなくて、テアさんが召喚していたってことか。
ということは、まだ大量に魔物が出てくる可能性もあるってことだよね?
ヘビは鎌首をもたげて私に顔を向けるや否や、すぐに勢いよく地面を這って近づいてくる。
私はウォーターレインの準備を中断すると、蔓を使って横にサイドステップしてヘビの噛み付きを避ける。
と同時に、別の蔓をヘビの横っ腹に叩き込んだ。
ヘビは長い胴体をくの字に曲げて吹き飛んでいき、呆気なく木に激突して動きを止めた。
ウォーターレインは中断させられたけど、こんなヘビ程度に捉えられるほど甘くないよ!
視線を前に戻すと――そこにテアさんはいなかった。
っやばい!
私は咄嗟に蔓を伸ばして地面に叩き付け、大きくバックステップしてその場から離脱する。
次の瞬間、私がさっきまでいた場所に、縄状のものが横切った。
あ、危なっ!
「今のをよく避けられましたわね? でも、いつまで避け続けられるかしら?」
声が聞こえた横へ顔を向けると、薄ら笑いを浮かべたテアさんが手に持ったムチをしならせたところだった。
横から上からと次々襲いかかってくるムチを、蔓を使いつつなんとか避けていく。
――いや、こんなムチ程度、別に当たっても平気じゃない?
そう一瞬頭を過ったのがいけなかったのか。
何度目かの攻撃を避けきれず、ムチが左腕に絡まってしまった。
「うふふっ。捕まえましたわよ」
うっ!
こ、こんなムチ程度、引きちぎってやる!
私は左腕に力を入れて思いっきり引っ張ってみるが、余計に腕が締まるだけでちぎれそうにない。
一体何でできてるの、このムチ!
「無駄ですわよ。このムチはあなたの力程度では引きちぎれませんわよ」
テアさんはそう言いながら、ムチを持つ手とは逆の手を私に向ける。
その手は、さっきの召喚魔法と同様に、紫色の光で薄く覆われている。
あれはやばい!
何の魔法かは分からないけど、そう本能が訴えかけてくる。
「そう怯えなくても大丈夫ですわよ。これは契約魔法。この魔法で触れた魔物の魂は、私の魂と契約を結ぶのですわ。私が解放するか、あるいはどちらかが死ぬまで永遠に、ね」
――ゾッと。
鳥肌が立つのが分かる。
私は蔓を六本全て伸ばし、テアさんに向かって振りおろそうとするが、動かない。
後ろを見ると、知らぬ間に現れたミノタウロスが、その両手で私の蔓を全て掴んでいた。
一体いつの間に!?
「うふふふふふふっ! ようやく、ようやく手に入れることができますわ! ああ、この日をどれだけ待ち望んでいたことか!」
テアさんが悦に入った表情で何かを言っているが、気持ちが焦ってうまく聞き取れない。
徐々に近づいてくるテアさんを見て、さらに焦燥感が膨らんでく。
――嫌だっ!
森をさまよって、ミーシャと会えて、この村に来られて、エリューさんやキャティさんと知り合えて!
ようやく、ようやく落ち着ける場所ができたのに!
「ごきげんよう、お花さん。そして、さようなら」
テアさんの伸ばした手が私の頭に触れる。
魔力が、魔法が、私の中に流れ込んでくる。
……ああ、私が目覚めてすぐに、花の意識が流れ込んできたときに似ているかも。
なんて、少しだけ懐かしい気持ちになって。
そして、私の意識はそこで途切れた。




