私は……。
その日の午後、岩井さんの家に母と荷物を買い取りに行った。
「こんにちは古田です」
母は岩井さんの家のインターホンを押してマイクに向かってそう言った。
先程まで晴れていた空は曇って憂鬱な天気になり始めている。カラスがギャアギャア鳴いた。
しばらくすると岩井さんの奥さん(私は面識がないので知らないけれど母の態度からしてそうだろう)が出てきた。
岩井さんの奥さんは目は落ち窪んで、頬の肉が削げていてまるでエジプトで発掘されたミイラのようで何だか幸薄い顔だなぁって私は思った。
「ありがとうございます。引き取って欲しい品は玄関に用意しています」
ミイラみたいな岩井さんはそう言って玄関の中に私たちを招き入れた。
広いけれどどこか殺風景で寂しげな玄関の中に、大きなダンボールが1箱置いてあった。
「娘の持ち物だったのだけど、持っていても仕方ないから……」
と、岩井さんはダンボールを指差した。
「娘の持ち物だった」
その言葉に、私はどこか違和感を感じる。母と岩井さんが意味深に視線を交わしたように見えた。
「査定したいので開けて良いですか?」
私は本当は査定などしたことないのだけれど、とにかく売れそうなものが入っているか見ないことには話が進まないのでそう尋ねた。
「もちろん良いですよ。」
岩井さんがそう続ける。
では……。と、箱を開けるともわっと女ものの化粧品と香水の匂いが混じった空気が出てきて、私は咄嗟にうっと顔を逸らした。
「すみません……」
私はそう言って、ダンボールの中を確認すると最近解散した、人気歌い手グループ「きらり星」のペンライトやアクリルスタンド、缶バッジなどがみっしり詰まっていた。
解散してしまったとはいえ、まだまだ需要のあるグッズたちだ。それについ最近のライブ限定アクリルスタンドなども多い。割と高く売れそうだ。
歌い手グループはアイドルグループなどと同じで、メンバー各々にイメージカラーがある。
中身のグッズ達の大半は「きらり星」の人気メンバー「しーぽん」の青色をしていた。
しーぽん……好きだったんだ……。
私は声には出さず頭の中でそう呟いた。
どうして娘さんはこんなに新しいグッズを手放すんだろう、「きらり星」が解散したから?
私は不思議に思った。けれどミイラのような岩井さんがぎょろぎょろした目でこちらを覗き込むので何も声が出せなかった。
「いくらくらいになりますでしょうか?」
岩井さんが不意に私に声をかける。
「ええと……」
査定などしたことのない私はそう言い詰まってしまった。
「5000円くらいになりますか」
岩井さんがもごもごして困っている私にこう提案した。
「5000円!」
正直これで5000円ならありがたい。十分利益が出そうだ。
「5000円で良いんですか?」
私はこう尋ねる。
岩井さんは
「どうせいらないものだから」
と、答えた。
そして、
「中に入ってるもので売れないものがあっても、そちらで処分してください‼家にはもう持ってこないでくださいね」
と言った。
私は最後の岩井さんの発言に違和感を覚えつつも、そうして、岩井さんの娘さんのグッズを5000円で買い取ったのである。
家に帰り、自室に戻ると、私は早速ダンボールの中身を検めはじめた。_
しーぽんの青色が目に付く。
しーぽん、この間自殺したんだよね……。
私は先ほどは言わなかった事実を思い浮かべた。
人気歌い手しーぽんが自殺したのは、約1か月半前のことだ。理由は分からない。飛び降りだったそうだ。それがきっかけで「きらり星」は解散している。
しかし、グッズ相場はしーぽんが自殺したにもかかわらず相変わらず高い。いや、皮肉にも自殺したせいで、もうグッズが作られないから高騰している側面すらあるようだった。
岩井さんの娘さんはしーぽんが自殺したから嫌になって手放したのかな……。
まあそれなら分からなくもないな。
私は一人で納得して作業を進める。
グッズの大半はしーぽんやきらり星の他のメンバーの缶バッジやアクリルスタンド。それにきらり星のライブのペンライトなどもあった。
ペンライトはあんまり売れないから、入っててもありがたくないんだよな……。
私は苦笑いした。
ふと、ダンボールの奥にきらり星の柄の分厚い物があることに気づいた。
取り出してみると、きらり星の柄の日記帳だった。
しかも、使用されているようだ。
岩井さんの娘さんの日記……?
これはさすがに見たりせずに岩井さんに返した方が良いんじゃないかと思ったが、さきほどの「中に入ってるもので売れないものがあっても、そちらで処分してください‼家にはもう持ってこないでくださいね」という発言を思い出す。
どうしよう……。私は悩んだ、そして見てはいけないと思いつつ日記帳を開いたのだ。
「1月1日 あけましておめでとう!今年もきらり星、特にしーぽんを推していきます!」
日記はよくある1月1日始まりだった。岩井さんの娘さんらしき女性の文字で短い新年の意気込みが書いてある。
「1月2日 お正月休みって嬉しい。おせちを食べた。きらり星のライブビデオを見た。やっぱりしーぽんって最高‼」
2日、娘さんが普通に新年を過ごしていることが伺える。やっぱりしーぽんが大好きなようだ。
そして、私はパラパラと日記をめくる。
休みが開け、仕事がはじまると「仕事にいくのがめんどくさい」や「上司がムカつく」など仕事の愚痴が混ざるようになった。
「今日はきらり星のライブ!最高だった‼」など時々ライブに行っている様子も伺える。
私は仕事を辞めてしまったから、この娘さんは愚痴りつつも仕事に行っていてすごいな……。などど思いながら読み進めていくと
「4月7日 助けて」
これだけの記述のページを見つけた。私は気になって前後のページを見るが、特におかしな記述は無く、しーぽんが最高だとか、ライブまで仕事頑張るぞなどといった平凡な内容だった。
私はまたページをめくる
「5月15日 しーぽんが助けてくれるよね」
また気になる記述を見つけた。前のページ、5月14日には、「上司に怒られた。つらい」と書いてある。
なるほど、仕事のつらさをしーぽんを推すことで紛らわしていたのかと思ったと同時に、私は不安な気持ちになった。しーぽんはその3か月後、8月19日に死ぬのだ。
娘さんはさぞかしショックを受けただろう。というのが想像に難くなかった。
私は先を読むのが怖いと思いつつ、ページをめくる手を止めることができなかった。
「6月24日 助けてね。しーぽん」
また似たような記述がある。
その週末ライブに行ったようで「ライブ最高だった!しーぽんはやっぱり私の救い」との記述がある。
私はページをめくった。
仕事の愚痴やしーぽんに対する称賛が綴られている。
そして、運命の8月19日
「信じられない」
ただ一言、そう書いてあった。私は胸が痛くなる。
翌日の20日から24日までは何の記述もない。
そして、8月25日
「しーぽんのいる世界に行けば、救われるんだね」
と、唐突に書いてあった。
その後はページをめくれどめくれどなんの記述もない。
しーぽんのいる世界に行けば……。私はぞっとした。もしかして、岩井さんの娘さんは……。
私はたまらず、自室から出て居間にいる母の元に行った。
「岩井さんの娘さんってもしかして亡くなったの?」
私がそう言うと、母は驚いた顔をして、少し時間をおいてから
「そうよ。自殺したの。飛び降り」
と答えた。
「どうして黙ってたの?」
と尋ねると
「何だか、自殺した人の遺品買い取りなんて嫌じゃない……」
と母は答え、続けて
「どうして、亡くなったと分かったの?」
と聞いてきた。
私はダンボールの中に、日記帳があったこと、そこに遺書のような言葉が書いてあった事を説明した。
そして、この日記帳は岩井さんに返した方が良いか尋ねた。
母はまた少し時間をおいてから
「買い取る時返すなって念を押されたし、返さないほうがいいかもね……」
と答えた。
私は、なぜ岩井さんが自殺した娘の遺品を売ったのか、そして返すなとわざわざ念を押したのかよくわからなかったが、岩井さんの娘が自殺する直接的きっかけとなった「きらり星の」そして「しーぽん」を憎んでいて、もうグッズを視界にも入れたくなかったのではないかと感じた。
岩井さんのミイラのような顔が頭に浮かぶ。
あれは元からじゃなくて娘さんが亡くなった心労でああなってしまったんだろうかとも思った。
そして、母がぽつりとぽつりと話し始める。
「岩井さんの娘さん、雪ちゃんの3歳下だったのよ」
「雪ちゃんは小学校の頃から不登校気味だったからよく知らないかもしれないけど」
「成績優秀だったみたい」
私は黙ってその話を聞く。
「大学は東京の大学に行ってね……」
「有名商社に勤めていたけれど、まさかこんなことになるとはね……」
そうだったのか……。
優秀で順調に見える人もこうなる事があるんだな。雪は心の中でつぶやいた。
岩井さんの娘は仕事やいろいろなストレスを抱え、ライブでペンライトを振りながら助けてと心の中で叫んでいたのかもしれない。
そうして自らを保っていたのに、しーぽんが死んでしまい耐えられなくなって自らも後を追ったのだろう。
それから数日後、私は岩井さんの娘の遺品の中で売れそうな物を全てフリマアプリに出品した。日記帳は何となく処分もできず取ってあるけど。
傷汚れは説明欄に明記するけど、遺品だったなんてことはわざわざ書かなくていい。
そして、ぽつぽつとそれらのグッズは売れて行った。
私はまた、梱包して発送する。
そして、ホビーストア山岸店や他の店にも仕入れに行く。
私はいつもの日常に戻る。
私はこうして生きる。ささやかな、人から見たらゴミくずみたいな生き方でも……。
終




