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せどらー雪の日々

「いらっしゃいませー」


 店員の明るい声が店内に響く。ここはリサイクルショップ「ホビーストア山岸店」


 主に中古のおもちゃやフィギュア、アニメグッズを扱う店だ。




 私は、挨拶をする店員に軽く会釈をして早足である場所に向かった。


そこは、3点で110円と、書いてあるジャンクコーナー。


 包装もされていない錆のある缶バッジや傷のあるキーホルダーが雑然とカゴの中に入っている。




 私は人目も気にせずに、ガチャガチャとカゴの中を漁った。まるでそれは宝探しのようで、しかしゴミ漁りのようでもあった。


 しばらく漁っていると、一つの缶バッジが私の目に留まった。




 それは私の目にはキラキラ輝くお宝のようだった。


「これは、高く売れる!」


 特に根拠があるわけではなかった。





 私「古田雪」は、アニメグッズを主に取り扱うせどらーだ。


 せどらーというのはせどりをする人のことで、元々は古本屋で本の背表紙を見て高く売れるものを見つけて、買い取り、ネットなどで高く出品するというところから来ているらしい。今はせどりと言う言葉は服やアニメグッズで同様の行為をする人にも使われるようになっているようだ。





 雪は都内の中堅私大を卒業し、地元の市役所職員になった。しかし、何故だか仕事が覚えられず、年上だらけの周りともうまくやれず3年で退職、1年ほどニートをやった後今のせどり業をしている。


 とは言っても利益は精々月3万程度。両親は優しいがせどり業の他にバイトでもして手取りを増やさなければならない……。とは何度も思った。


 でも、公務員時代の失敗から、「仕事を覚えられないんじゃないか、また周りとうまくやれないんじゃないか」そういう粘ついた感情が湧いてきてどうしてもアルバイトに応募することができなかった。





 せどり業はお世辞にも社会的評価が良い仕事ではない。


 しかし、私はこの仕事によって社会とのつながりを僅かながら感じることができた。




 私はリサイクルショップで仕入れた価値のあるものをフリマサイトで出品して売っている。




 そこは図々しい値下げ要求や、評価無視など殺伐とした世界だが、たまに「ずっと探していた物でした。売ってくれてありがとうございます!」など感謝をされることもあった。


そんな時、社会との僅かなつながりを感じることができるのである。




 私は先程見つけた缶バッジをカゴに入れる。


 私はせどりを始めた最初の頃こそ、やれ売れるグッズはこの作品の缶バッジだ、あの作品のアクリルスタンドだ。などの情報をネットで集めていたが、始めてから四年経った今、高く売れるものはほぼ感で分かるようになった。




 だから店内でスマホを開いて相場チェックなどをすることはほとんどない。




 ところで3点で110円なのでさっきカゴに入れた価値のありそうな缶バッジの他に2点買わなくてはならない、私は他にも価値のありそうなものを探すが、特に見つからなかった。


私は仕方なく人気アニメの缶バッジを2点カゴに入れる。




 その人気アニメの缶バッチは大量に出回っている品であり、金銭的価値はほとんどなさそうであった。




 3個で110円コーナーをじっくり見た後、一個110円コーナーも見たがめぼしいものは無かった。




 せどりで良いものが見つかる確率なんてそんなもんである。1個収穫があっただけでも上等だ。




「お買い上げありがとうございました!」


店員の威勢の良い声を背に、会計を済ませ私は帰路に着く。




 もう何度この店に来ているだろうか、店員には常連だと思われているかも知れない。でもそれを出さない変わらない接客態度に私は安心するのだ。


 ホビーストア山岸店を出て、私は駐車場に停めてあった軽自動車に乗り込む。私の車……と言いたいが母の車を借りている。手取り3万円ではとても車は維持できない。




 車の中で先程購入した商品をチェックする。やはり最初に手に取った缶バッジは2000円程度で売れそうだ。ついでに買った他の缶バッジも調べてみたがフリマサイトの最低価格300円でも売れそうにない様子だった。




 ホビーストア山岸店から自宅までは車で30分。近いとは言えない。私の自宅のある市は田舎で、リサイクルショップもないから必然的にやや遠くのリサイクルショップ巡りをして、高額商品を探すことになる。




 もう少し実家が都会にあればな……などと思いながら私は帰り道を運転した。




 帰ると、まずパソコンの帳簿に今日仕入れに使った金額を入力する。


 売れた時も同様だ。


 これらの情報をまとめて、年末の青色申告をするためだ。




 雪は元々真面目な性格のため、せどり業をするための許可や申請はキチンとしていた。


 中古品を扱うための古物商認定、開業届、そして青色申告だ。




 私は、帳簿をつけることに喜びを感じていた。特に売れた時の帳簿付けは楽しい。




 そんなこんなで、一般的には面倒に思われがちな帳簿付けも苦もなく行なっていた。




 そして次に最初に手に取った缶バッジをフリマサイトに出品する。


 写真をなるべく綺麗に取って、缶バッジに描かれている作品名、キャラクター名を説明文に入力し、錆汚れあります。としっかり説明に書く。




 値段は正直調べても相場がよくわからなかった。出回っている数が少なすぎるのだ。ただ2000円で出品され売れた形跡があったから、それを参考に2200円で出品してみた。


 錆汚れありだし、この値段では売れないだろう……。と思っていたが、予想外にそれは出品から1分ほどであっという間に売れた。




 こう言う時、ちょっと安くしすぎたと思ってしまったという気分になる。


しかし、3個110円、一個約36円が2200円に化けるのは嬉しい。手数料や送料を引かれても大きな収穫だ。




 早速売れた額も帳簿に入力する。




 そうして、売れたものを私は丁寧に緩衝材で包んで、封筒に入れゆうパケットポストのシールを貼り、発送用BOXに入れて期限内にポストに投函するのであった。




「今日中に発送してしまうか……」


 私はこう呟いた。発送用BOXに未発送の商品が溜まっていると気分が落ち着かない。




 私は散歩も兼ねて先程売れた缶バッジをポストに投函することにした。




 まだ外は明るい。私はスニーカーを履いて封筒とスマホを手に取るとポストのある場所に向かって歩き出した。




「寂れた、つまらない街だ……」




 そう頭の中で呟く。雪の住む街はファミレスもない、もちろんリサイクルショップもない田舎町だった。商店街はシャッター街となっている。




 ようやくポストのある場所に着く。そこはこの前まで小さな商店をやっていた場所の駐車場で、今は空き店舗になっている。




 私はポストに封筒を差し込む。




 散歩がてら出てきたけど、寂れた街を見るとむしろ憂鬱になってくる。まるで私の人生みたいだ……。




 そんなことすら思い浮かぶ。私は一息つくと踵を返して自宅へ戻った。




 そうしてその日はせどり業を終え、母の作ったシンプルな夕食を食べ、入浴して、眠りについた。



 雪はその日嫌な夢を見た。


 公務員として働いていた頃、仕事に関連する団体の人たちの顔と名前がいつまでも一致しなくて、ついに上司に怒られたこと。また新しい靴(ヒールなどではなく歩きやすいと思って買った地味な靴)を履いて仕事をしていたら、足音が煩いと言われせっかく買ったその靴を履けなくなったことなど、どれも実際にあったことだった。




 嫌な気分が頭に一杯になってふと目を覚ますと、まだ外は暗い4時38分だった。




「ふう」




 私はため息をついた。こんな気分の時はもう再び眠りにつくことはできない。私は今までの経験からそう思って、部屋に電気をつけた。




 そう言えば子供の頃から、不器用な人間だったなと思う。




 幼稚園の頃から、どうしても友達の輪に入れなかったこと。体育が苦手で、逆上がりがいつまでもできなかったこと。


 漢字がなかなか覚えられなかったことなど。




 そのせいで中学校からは不登校気味だったけれど、高校は通信制を選び何とか卒業。なぜか勉強だけはできたので、都内の中堅私立大学に合格して、無事卒業して公務員になったんだっけ。




 私は今までの人生をぼんやり振り返っていた。




 結局公務員でも上手くやれなくて、仕事を辞めた後、1年は何もする気が起きなかったけど、何とか稼ごうとして始めたのが今のせどり業だ。




 私は元々そんなにアニメグッズに詳しいわけでは無かった。




 最初はフィギュアせどりやアパレルせどりをしようと思ったが、フィギュアせどりはライバルが多く、また送料負担も大きい。アパレルもライバルが多く、服の状態を気にしてお洗濯したり染み抜きしたりするのが負担になり身に付かなかった。




 そんな私が何となく行き着いたのが当時はライバルも少なかったアニメグッズせどりだ。




 今や私はどのアニメのどのキャラが人気か、隠れた名作は何か、などほとんどアニメを視聴していないくせにすっかり詳しくなってしまった。




 ただ、最近昔よりリサイクルショップで良いアニメグッズが売られなくなっている気もしていた。




 昔は雑に何個もの缶バッジが1袋に詰められて、それが110円で買えて5000円で売れた。




 そういうこともあった。でも最近ではそんなふうに売られていることもないし、良いものが見つかる確率も減った気がする。




 ライバルが増えたのか、店側も対策するようになったのか……。




 気がつくと空が白んできていた。朝の爽やかな光と鳥の鳴き声、それとは対極の私の頭の中。




 予想外に早く起きてしまったこともあり、眠気でぼんやりとする。




 せどり業もいつまでもしていられない気がする。


 私は人生を間違えてしまったのかな……。




 ふとそんな事が頭をよぎった。


 雪の大学時代の数少ない友人だった明美は、卒業後2年目で結婚して子供も2人もいるそうだ。


 公務員時代の同僚の美佐子も最近子供が生まれた。




 私は子供なんていらない。うるさいし、汚い。自分の子供だからといって可愛がれる自信がない。




 私は昔からそう言っていたけれど、そもそも子供を作る相手も見つからないまま、この歳になってしまったのだ。




 両親は何も言わないけれど一人っ子の私が孫の顔を見せてやれないことは本当は親不孝なのかも知れない。




 色々な不安が頭の中に浮かんでは消えていった。




 気づくと空はすっかり明るくなっていて、私は少し慌ててリビングに降りた。




 リビングでは母がすっかり朝食の準備を終えて、テーブルの左端の自分の席に座っていた。




「遅いじゃない。雪ちゃん」




 そう言うと、立ち上がり慣れた手つきで私のご飯とお味噌汁を器に入れた。




「ちょっと考え込んでしまってね……」




 私がそう言うと母は何ともないような様子で




「雪ちゃんはそのままでいいのよ」




 と言って、私の前にご飯とお味噌汁を並べた。




「私はこのままだとまずいかもって思ってるのにな……」




 と、私は口には出さず、ご飯をかき込むと味噌汁をぐいっと飲み込み、そのまま言葉も食べ物も飲み込んだ。




「そういえば雪ちゃん」




 母は唐突にそう言った。




「雪ちゃんが古物商をやってると知って、近所の岩井さんが買い取ってもらいたいものがあるらしいの」




 私は意外なことを言われてポカンとなる。




 今まで仕入れはリサイクルショップオンリーだった。相手から引き取って欲しいと依頼がくるのは初めてだったからだ。




 近所付き合いのない私は岩井さんがどんな人か知らない、母は町内会などで面識のある人なんだろう。

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