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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第10章 朝日から生まれる
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朝の娘 2


 門を潜って足を踏み入れた大内裏は、それなりに見慣れたと思っていたのにずいぶん眩しく感じられた。しばらくして、いつもと違って頭巾や覆面をしていないからだと気が付いた。


 夏の青一色の晴天、見晴らしのいい広々とした敷地、鮮やかな朱色の柱に、緑や銀鼠色の瓦屋根。そこを行き来する貴人たちは雅で煌びやかな着物に身を包んでいる。人々が羨望を交えて語る皇都の宮城の景色がそこにあった。その場所に、珠姫は珠姫自身として立っていた。


「……おい」

「え? あっ、師匠!」


 無愛想な声がかかって目をやると、いつも以上に不機嫌そうな顔の宍雄がいた。その理由はすぐにわかった。山仕事に適した普段着とは異なり、銀朱色の束帯に白の袴、晴れの日のための垂纓(すいえい)の冠を被っている。赤竜を奉じる宮廷巫術師、その次席を意味する色だ。


 珠姫が宮廷巫術師代理に任命されたことに続いて、次席に推挙されたのが宍雄だった。蘇芳一族出身の宍雄だが、珠姫と同じく一連の功績を認められ、年齢や性別、巫術師の経験と指導力を見込まれて抜擢された。つまり珠姫の補佐役だが、引き受けたのは師としての責任感と情というところだろうか。


「何を呆けてる。早く支度しろ」


 そう言うなりさっさと歩き出してしまう。珠姫は玄夜たちに「お先に失礼します」と頭を下げて宍雄の後を追った。


 巫術寮の四つの区画のうち、蘇芳一族の拠点だった南側の殿舎がこれから珠姫の居場所となる。

 明け渡された敷地と建物は、宮中の清掃を行う掃司(かにもりのつかさ)が隅々まで片付けと掃除を行い、木工司(こだくみのつかさ)と修理司(おさめつくるつかさ)が補修をして、他の宮廷巫術師が総出で祓い清めている。宮中で人の入れ替わりがあったときに最も警戒しなければならないのが呪詛だ。前任者の悪意に満ちた置き土産を取り除くため、そして後始末と準備の際に邪心を抱いた第三者の介入を防ぐために、ここまで多数の人間を関わらせるのだという。


「――……」


 徹底的に清掃されたせいで、そこに蘇芳一族を思わせるものは何もなかった。

 楓屋敷で見ていたような生活をしていたのだとしたら、きっとひどい有様だっただろう。蘇芳一族の狂態を目の当たりにせずに済んだことにほっと安堵の息が漏れた。

 空っぽになったこの場所から、珠姫は巫術師の責務を全うしていくのだ。


(やっぱり、しばらくは玄夜様に頼りきりになりそうだ……)


 正式に赤竜を奉じる宮廷巫術師一族が選び出されるまで、珠姫が代理を務めつつ、その下に他の一族から巫術師たちが出向してくる予定だ。墨月、白鷺からは事前に協力の申し出があり、それを聞きつけた蒼海からも話があった。一族間の力関係を考えて平等に受け入れることになったが、今後こうした駆け引きが続くのだと思うと頭が痛い。上手くやっていくにはこれまで以上に玄夜に教えを請い、宍雄の助けを得る必要がある。


(それにしても……初めて来る気がしないな……)


 四つの区画はすべて写し取ったように同一に作られている。だから建物も庭の様子も北側の墨月一族のそれとほとんど変わらない。


「……あ」


 だから、だったのだろう――南庭の広庇の景色は、今朝の夢とまったく同じだった。


 夏空の色、屋根の影と冷たい床板の反射、池の花の閉じた様とそよ風に揺らぐ水面、遠くなっていく蝉の声。まるで目の前に夢が立ち現れてきたかのようだ。




「珠姫」




 けれど、珠姫を呼ぶのは旭ではない。




 廊下の曲がり角で、宍雄が待っていた。陰の中から向けられる静かな眼差しには淡い憐れみが光って見える。


 珠姫は微笑みを返して、「いま行きます」と告げると、眩い夏の庭に背を向けた。

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