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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第6章 死に損ないの真実
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幻夢 1

 春霞の空に、薄紅色の花が舞っていた。


 淡雪のごとく朧げになって消えていくそれを目で追っていた玄夜は、その先に立つ人影を認めて、思わず苦笑した。


 ――巫術師の仕事の一つに『夢解き』がある。

 夢の内容から意味を探って吉凶を判断する占いの一種だ。大抵の場合は本人の心情や現状を象徴するものが表れるが、ときには神や祖霊からの意志が伝えられることもあり、皇家や高位貴族などは日常的に夢解きを行わせて身を守っている。

 しかし古い歌に残るように、多くの人々には夢の通い路の方がよく知られているだろう。


 ――会いたいと思いを募らせる者が、夢路を通って、夢の主のもとにやってくる。


 玄夜の夢の花びらの向こうに佇む娘は、真白の直垂と紅の袴の巫女然とした姿で、白い太刀を手にしていた。結わずに流した長い黒髪と、赤く鮮やかな袖括りの緒が、花とともにそよ風に揺れている。その目は花枝でも空でもない彼方をひたむきに見つめていた。


(珠姫)


 知ることを許され与えられた真の名を呼んだ。


 この夢を簡潔に解くとすれば――玄夜は彼女に清らかさを感じており近寄りがたく触れ難いと思っている、また彼女が常に遠くへと心を寄せているという印象を抱いている、というところか。

 しかし色事から一線を引いている彼女が夢の道を通って玄夜に会いにきたとは考えにくい。


(思い詰めて誰かに助けを求めているのか。もしくは、私が彼女に対して余裕を失いつつあることの表れか)


 珠姫――珠と名乗っていた巫術師がわけありなのは最初から承知していた。


 女性は官職にこそつけないが、知識と経験を備えた巫術師は重宝される。一族内外の有力者に嫁いだり、本家本流の者の指導者になったりなど、一目置かれても捨て置かれるようなことはない。

 しかし珠姫はそうではなかった。辻術師でいた理由を聞けば、辛酸を舐めたらしい過去があることを想像するのは容易かった。


 だが、それが、蘇芳一族の早逝した次期当主と関わるものであったとは――。


 蘇芳旭――当時十五歳だった巫術師がこの世を去ったという知らせは、護国に尽くす他の名家一族に衝撃を与えた。それだけ輝かしい才能と優れた人柄に恵まれた人物と皆が思っていたのだろう。一族の垣根を超えて多くの者が彼の死を惜しんだ。玄夜もまた、その一人だった。


 玄夜と蘇芳旭の出会いは、皇都の学問所だった。

 蘇芳一族は古くから血族間の結びつきが強く、他家を疎んじて、よく揉め事を起こしていた。祖父や父から困った人たちだと名前を聞くことも多く、だから丁寧に声をかけてきた少年が蘇芳を名乗ったときは驚いた。そのうち芯の強さや真っ直ぐな気性を知って、こんなに素直な人間が蘇芳にいるのかと驚嘆した。

 蘇芳一族次期当主として初出仕を控えていた蘇芳旭は、すでに参内して宮廷巫術師の職務を果たしていた玄夜に、宮中での振る舞い方や心得などの教えを請おうと考えたのだそうだ。同じ一族の者ではなく他家の玄夜を頼ったのは、年齢や立場が近いこと、そして偏った物の見方をしたくなかったからだと言った。


『ちゃんとした人間になりたいんです。――僕を慕ってくれる子のお手本になれるように』


 照れくさそうな困ったような顔で笑ったそのときだけは、年相応の少年らしかった。


 そうして玄夜と蘇芳旭は友人となった。周囲の者たちを憚って細い繋がりの付き合いが続いたが、いつか盟友や同志と呼び合えるのだろうという予感があった。玄夜自身も幼く、それが叶わないとは思いもしなかった。


 珠姫も、きっと、そうだったのだろう。


 濡れ羽色の細い髪がなびいて、彼女の白く光る横顔にかかっている。

 研ぎ磨き上げた刃、闇の中の宝珠、夏空の繊月。本来の姿で宮中に在れば多くの美辞や麗句で讃えられるだろう、見れば見るほど美しい娘だ。


(君にとって、蘇芳旭は、かけがえのない存在だった)


 旭が。旭の。旭を。旭は。

 どこか人を寄せ付けないところのある彼女が、感情を剥き出しにして、その名を呼んでいた。


(そして、恐らく、彼にとっても――)


 蘇芳旭が珠姫にどれだけの思いをかけていたのか、玄夜にはわかる。


 少しずつ花開く様を、大きくなる翼を、守るべきもののために力を得ていく凛々しい姿を誰よりも心待ちにしていたことだろう。



 ゆえに、魅せられたのだ。



 熟練の巫術師を思わせる静かな顔も、妖と戦う鋭く張り詰めた目も、呆れ、億劫そうに振り回されるときの表情も、思案に沈む憂いの影、痛みを堪えるような眉間の皺も。


 年頃の娘らしい赤面や焦り顔、垣間見える負けん気も、幼子のようにあどけない笑みも、思わずといったように漏れる微笑も、自身を燃やし尽くしてしまいそうな怒りや悲哀の涙ですらも。



 ――知れば知るほど、愛しくなっていく。



(もっと君を知りたい)


 そして、私を知ってほしい。


 もしそう告げたら、君はどんな顔をするだろう。なんと答えてくれるのだろう?



 そのとき、彼方を見ていたはずの珠姫が、ふと何かに気付いたように視線を巡らせた。

 髪がなびく。袖が翻る。

 もうすぐ目が合う、その瞬間、すべてが白雪と見紛う落花に覆われて――夢が終わった。

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