罪と夜明けの記憶 6
「よりにもよってお嬢様に捕まっているなんて。後で機嫌を取るのはあたしたちなんだよ」
手間をかけさせて、と女中頭はぶつぶつ言いながら、珠姫を連れて母屋へ向かう。普段は立ち入りを禁じられているため、すれ違う者たちは何故こんなところにいるのかとでも言いたげに珠姫を睨みつけていく。
母屋は表と呼ばれる、分家一家や当主一行といった主人たちの在所だ。出入りするのは位の高い使用人で、下女の珠姫は近付くことも許されない。客人が逗留中ならなおさらだ。
普段はおしゃべりや笑い声、楽の音が聞こえ、着飾った女中たちが出入りしているはずだったが、このときは人気がなく、周りが薄暗く見えるほどに静まり返っていた。
(なんだか、嫌な感じがする)
不穏な空気を感じているのは珠姫だけなのか、女中頭は特に緊張した様子もなく、広間の閉ざされた戸の前に座して声をかけた。
「失礼いたします。ご命令の者を連れてまいりました」
「――入れ」
様子を窺う間を置いて、部屋の中から声がした。
女中頭の「早く行け」という目配せに急かされて、珠姫は恐る恐る戸を開いた。
遣り戸を取り除いた広い座敷には、濃淡の異なる赤い衣を纏った者たちが集っている。
最奥の座にいる白髪混じりのずんぐりとした男こそ、蘇芳一族の現当主である丹造だ。その隣にいるのは一回り年下だという妻の梅乃。一段下がって右側に座る体格のいい男が当主の弟の丹久郎だ。
さらに下がった場所には珠姫の継母の緋左子が堂々と座っていて、対して実父の香介は気配が薄く、下手に座る当主付きの巫術師たちにも迫力負けしている。
これが蘇芳一族。血の濃さの違いはあれど、この場にいる全員が同じ血統を受け継ぐ同族だ。
(……旭が、いない)
しかし、ここにいるべき次期当主がいない。
「来い」
丹造が手招く。逆らえばどうなるかを思い知らせる、命じることに慣れた者の声だった。
居並ぶ一族の者たちに旭の姿がないことを訝しみ、警戒心を強めて一瞬竦んだ珠姫を、丹造は見逃さなかった。丹造が両手で印を結んだ瞬間、姫は空気の塊に背中を突き飛ばされて激しく畳の上に倒れ込み、一同がおおっと感嘆の声を上げた。
「一つの印だけであれほどの巫術を……!」
「さすが蘇芳一族の当主」
「素晴らしいですわ、丹造様。それに引き換え、ああ、みっともない」
緋左子が鼻で笑う。軽々と巫術を操った当主を讃えていた巫術師たちも、のろのろと身体を起こす珠姫を蔑んで、冷ややかな笑みを浮かべていた。
(……神様の力を借りる巫術なのに……)
――巫術は神様の力だから、みんなを助けるために使うんだよ。
巫術は全能でも万能でもなく、自分の願いを叶えるための力ではない。巫術を学ぶ珠姫に、旭は繰り返し説いた。
だからこうやって人を突き飛ばしたり、自分の能力をひけらかしたりするためのものではないのだ。だというのに、この場にいる誰一人として巫術師の心得など知らずにいるかのようだった。
いつの間にか噛み締めていた唇と強く握った拳を気付かれないように解いた珠姫は、大人しく当主の前に進み出ると、畳に深く頭を擦り付けた。
「顔を見せてみろ」
命じられた通りに、けれど目を伏せたまま、頭を上げる。
上から下へ、また下から上へ、丹造の視線にしつこく舐め回される。どうせ醜いだとか汚らわしいなどと罵ってくるのだろうと思いきや、何故か丹造はにんまりとして、満足そうに何度も頷いた。
「確かにちょうどよさそうだ。でかしたぞ、緋左子」
「もったいないお言葉……穀潰しゆえに持て余しておりましたが、一族の、ご当主様のお役に立つのなら嬉しゅうございます」
緋佐子がしっとりと頭を下げ、丹造に婀娜っぽい流し目をやる。機嫌よく笑っている丹造だが、傍らの梅乃は不快なものを前にしたように袂で口を覆い、丹久郎は眉を寄せ、香介はこの場にいないかのようにじっと黙っている。
(……なんの話……? ちょうどいいって……)
「おい、お前」
しかし珠姫の戸惑いなど意にも介さず、丹造は横柄な仕草で扇を振った。
「我らはこれから一族のための大事な儀式に臨む。それをお前にも手伝わせてやろう」
「野葡萄と立葵、錨草を摘んでおいで。特に野葡萄は欠かせないからね、たっぷり採ってくるんだよ。しくじったら承知しないからね」
「大事なお役目、頼みましたよ」
丹造が笑い、緋左子が凄んで、梅乃は微笑を滲ませた。けれどため息を吐く丹久郎と消え入りそうな香介を見れば、これがただの手伝いでないことはすぐにわかった。
「……お仕事をくださって、ありがとうございます」
されど、逆らうことはできない。それが蘇芳一族における珠姫の立場だった。
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