第八十一話 毒虫駆除
コロンニャ星系、小惑星帯外縁。
トウガの第2艦隊百二十五隻の艦隊が、
密集隊形を維持したまま迫り来る岩石群へと進んでいた。
船体同士は依然として近距離の密集状態だ。
相変わらず艦橋には警告音が鳴り続けている。
《警告:前方に高密度小惑星群》
《警告:衝突リスク、極大》
《警告:AI航行を推奨します》
トウガは迷わず言い放つ。
「AIを――姿勢制御だけに限定して再起動しろ。
他は全部、手動だ」
副官が息を呑む。
「姿勢制御のみ……。
ほとんどAIを切ったのと同じ――」
「いいからやれ。
衝突した瞬間に船体が回転しないようにするだけで十分だ。
進むのは俺達の腕だ」
AIはどうしても状況全てを包括的に分析したがる。
このようにリスクが大量に存在する場合ではいずれオーバーフローする。
それに引き換え人間は無視できる小規模の岩石は無意識に無視する。
本当に必要なリスクのみを経験に沿って対処できる。
だが、衝突時の姿勢制御、数十個単位のスラスターの個別管理など、
ミリ秒単位で行う操作は人間よりも圧倒的に優れている。
人間が下した「あっちへ行け」という大まかな指示を、
AIは物理的に最速・最短で実行する「小脳」になりうる。
フライ・バイ・ワイヤの究極進化のようなものだ。
全艦から返答が響く。
「AI航行、限定モードへ移行!」
「姿勢制御AIのみ稼働!」
「操艦は全て手動に切り替え!」
言うが易いが、実際はそんな簡単なものではない。
AIなしでの密集航行は既に前例のない狂気だった。
そこに小惑星帯進行が加わる。艦橋の空気が一変した。
緊張と、狂気が入り混じる。
小惑星帯の影が迫る。
直径数メートルの岩塊が、雨のように降り注ぐ。
「前衛戦艦、追加装甲展開!
衝突に備えろ!!」
大型艦が前面に出て、
分厚い追加装甲を展開する。
ガガガガガッ!!
岩塊が戦艦の装甲に当たり、
火花を散らしながら弾き飛ばされる。
「小さい岩なら問題ない!
これらはデュラスチール装甲だ。
傷一つつかん!」
トウガは呟きつつも、すぐに指示を重ねる。
「後続艦、戦艦の影に入れ!
駆逐艦は絶対に前に出るな!!」
駆逐艦・フリゲートは戦艦の後ろに密集し、
影に隠れて進む。
その時、通信が入る。
『こちら空母 〈アーク・ニャリア〉、スタンレー少将。
トウガ公、艦載攻撃機の発進を提言します』
副官が驚愕する。
「この状況で……!?
この速度で迫る岩石群の中を飛ぶなど、正気では――」
トウガは静かに頷いた。
「やれ。
あいつらなら飛べる」
スタンレーの声が震える。
『了解……!
全攻撃機、発艦準備!
露払い任務だ、こんなくだらん任務で死んだりするなよ!!』
小惑星帯の目前、
空母の甲板が開き、攻撃機が次々と飛び立つ。
通常なら絶対に許可されない発艦。
だが――
一機たりとも衝突しない。
「なんて腕だ……!
この密度で……この速度で……!」
攻撃機は小惑星の間を縫うように飛び、
レーザーで衝突影響の大きい数キロ規模の岩塊を次々と粉砕していく。
破片が閃光を散らしながら消えていく。
トウガは満足げに笑った。
「いい腕だ。
あれなら任せられる」
次の瞬間、艦橋に別の通信が入る。
『対空部門司令、スガ准将!
撃ち漏らしの巨大小惑星を確認!
短距離レーザーでの粉砕を提言します!!』
割れれば破片は戦艦の追加装甲で弾ける。
「任せる」
深くは聞かない。
トウガはクルーに全面の信頼を寄せている。
スガは即答した。
『了解!!
対空レーザー、全門照準!!』
前方に、艦隊よりも大きな岩塊が迫る。
「来るぞ……!!」
スガの怒号が響く。
『撃てぇぇぇ!!』
短距離レーザーが一斉に発射され、
巨大小惑星の表面に無数の光点が走る。
巨大な岩塊が、
まるでスイカのように割れた。
破片が戦艦の追加装甲に雨のように降り注ぐ。
だが――戦艦はびくともしない。
艦橋が揺れ、警告音が鳴り続ける中、
トウガは笑っていた。
「当時と比べれば楽になったもんだ。
お前達も随分鍛えられたもんだな」
・ ・ ・
一方、カイの第5艦隊は小惑星帯から離れ、
中央の星系要塞廃墟に向けて全速で進軍する。
最も近い敵はテル=ウェーガン提督の"激烈なる酸"艦隊。
三艦隊は連動せずに"激烈なる酸"艦隊が単独で第5艦隊に向けて突進する。
"突き通す角"艦隊と"堅忍不抜の甲殻"艦隊は一旦様子を見るようだった。
こういう所に戦闘民族ジソリアンの武人魂が現れる。
正々堂々、艦隊一騎打ちを狙っているのだ。
甘いと言えば甘い。
だが、テル=ウェーガン提督の絶対の自信の表れともいえる。
"激烈なる酸"艦隊は神聖帝国にとって最も悪名高い艦隊の一つである。
この艦隊は全艦の主武装が、イオン砲という特殊攻撃艦隊だ。
イオン砲――
イオン化された粒子(電荷を帯びた原子や分子)を高速で射出する兵器で、
荷電粒子砲の一種ではあるが、強力なエネルギーで電子回路をショートさせ、
シールド、エンジン、武器などのシステムを一時的にダウンさせる効果を得る。
かつて神聖帝国のいくつもの艦隊がこのイオン砲によって、
艦船そのものをただの鉄の塊に変貌させられ、
その上で破壊され尽くすという恐怖を受けている。
"激烈なる酸"艦隊はまるで強烈な酸を吐き出す毒虫のように神聖帝国軍から嫌われている。
「厄介な敵がまず出てきましたな」
副官が苦々しくカイに告げる。
その言葉にカイは笑った。
「いや、逆だよ。
最初に出てきてくれて、俺達は運がいい。
三艦隊に囲まれた上で奴らに奇襲を受けるのが一番痛かった。
だが、我らの名声を知って、居てもたってもいられなくなったようだな。
まずは毒虫駆除だ、その後父上と協力して二艦隊を圧倒的に殲滅する!」
副官は目を見開いて納得する。
「は!」
カイが敵を前に腕を振り上げて指示を出した。
「全艦に通達!
流動楔型フォーメーションに移行!
クリムゾン式突撃のカルガ・ハルガとパルティアンショットの恐ろしさ、
見せてやろうぜ」
クリムゾン式高速突撃の本質は、
止まらない、
速度を落とさない、
包囲されない、
退きながら後方射撃。
小刻みに動きながら、不規則に退く。
先読みと練度によって、相手の射撃は当たらず、こちらの射撃は適確に当てる。
まるでモンゴル騎兵の「カルガ・ハルガ」、
パルティア騎兵の「パルティアンショット」を合わせたような戦い方だ。
ここでもクリムゾンはAIに大きく頼らない。
AIはどうしても事象が発生してから対処を考える。
そのため、イオン砲の発射を確認してからの回避では間に合わない。
だが、経験豊富なベテランクルーの極端までに鍛え上げられた勘や操作は、
AIすら追い付かない先読み回避、先読み射撃を可能とする。
不規則移動、姿勢制御のみをAIに任せて、人の判断で動く。
AIを多用する敵はクリムゾンに追い付けない。
刹那の判断が必要な亜光速艦船ドッグファイトにおいて、
AI戦闘を真っ向から否定するのがクリムゾンだった。
「よし!敵影捕捉!
イオン砲に警戒しつつ、一当てして退却せよ!」
「スウォームミサイル(一斉射ミサイル)撃てぇ!」
相対速度の利用である。
亜光速同士で近づきながら撃つと、弾丸(粒子)にも船の速度が加算されるため、
停止して撃つよりも、到達時間が劇的に短縮し、破壊力が跳ね上がる。
亜光速で近づくミサイル群をジソリアン艦隊は、
リッパーキャノンで迎撃するのが手一杯でイオン砲を撃つ余裕がない。
AIですら回避制御が間に合わず、多数の艦船で爆発が発生する。
その閃光が消えた時に、テル=ウェーガン提督はイオン砲による一斉反撃を命じた。
だが、そこには第5艦隊はいない。
既に退却に転じている。
追う"激烈なる酸"艦隊。
カイは逃げながらの後方射撃を命じる。
ガンマ線レーザーが一斉に撃ち込まれる。
ここでも相対速度が活きてくる。
亜光速で追う"激烈なる酸"艦隊は自らの速度がカイのレーザーに乗る。
逃げるクリムゾンはその逆の効果が見られる。
これがクリムゾン式突撃の真の強さである。
ほぼ無傷の状態で次々と"激烈なる酸"艦隊の艦船が爆沈していく。
"突き通す角"艦隊と"堅忍不抜の甲殻"艦隊が慌てて援護に入る動きを見せる。
「遅い!
奴らが到達する前に一隻残らず毒虫を叩き潰せ!」
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第八十一話「毒虫退治」、今回はトウガさんとカイさん、
それぞれの戦いが描かれました!
トウガさんの小惑星帯突入、本当に狂気の沙汰ですね!
これは過去にシノさんとやったことがある戦術なのですが、
多分ですけど、今回は前回と比べて余裕だったんだと思います。
それはトウガさん本人もですけどクルーの熟練度とかでしょうか。
すごい余裕な態度です!
そして、攻撃機が小惑星帯の中を飛んで露払いするシーン、
めちゃくちゃ緊張感がありました!
「この密度で……この速度で……!」って副官が驚いてるのに、
トウガさんは「いい腕だ。あれなら任せられる」って、クルーへの信頼が最高ですね!
一方、カイさんの戦いも最高でした!
「激烈なる酸」艦隊のイオン砲、めちゃくちゃ厄介な武器ですね。
でも、カイさんは「最初に出てきてくれて、俺達は運がいい」って、
逆にチャンスだと考えてるのがすごいです!
そして、クリムゾン式高速突撃の本質が描かれてるのが最高でした!
「カルガ・ハルガ(偽装退却・包囲のことです!)」と
「パルティアンショット(馬上で振り向いて撃つ後方射撃のことです!)」を
合わせたような戦い方って、モンゴル騎兵とパルティア騎兵のハイブリッドですね!
「不規則移動、姿勢制御のみをAIに任せて、人の判断で動く」って、
クリムゾンのAI否定戦術、本当にかっこいいです!
次回、カイさんが「激烈なる酸」艦隊を叩き潰して、
トウガさんが敵の背後に回り込むのが楽しみです!
次回も、絶対見逃せませんよ~!




