第七十九話 零五の奇跡
敵ジソリアン艦隊は帝国辺境のコロンニャ星系に侵攻し、
破壊と略奪を行っていた。
首都星ニャニャーンからおよそ半年に及ぶ航路を経て、
直前のニャグネム星系まで到達した第2艦隊と第5艦隊は、
今まさにその星系へのFTLジャンプを控えていた。
コロンニャ星系。
ジソリアン領と隣接し、因縁浅からぬ地である。
五十年以上も昔、ここでハナ上級大将がジソリアン主力艦隊を、
三艦隊同時に相手し、ほぼ無傷で撃退するという奇跡的勝利を得た。
零七の奇跡として今なお語り継がれる伝説の艦隊戦である。
事前索敵の結果は、奇しくも零七の奇跡の時と似た状況だった。
星系要塞は敵の手によって既に陥落し、通信は繋がらない。
FTLジャンプした所で星系レーダーとのリンクは不可能であり、
艦隊レーダーでの索敵となる。
何往復かの偵察機による事前索敵が済んでいたが、
それが明らかにしたのは、かつて伝説が生まれた星系の沈黙だった。
星系要塞は完全に破壊されたままの状態で放置されている。
そしてその廃墟の傍に、ジソリアン主力三艦隊が陣取っていた。
敵艦隊はコロンニャ星系の領有には興味がないらしく、
星系要塞の占拠も再建もしていない。
ただ主力三艦隊が思うがままに各地の資源強奪を行っている。
かつて零七の奇跡が生まれた星系は、今や略奪の舞台と成り果てていた。
・ ・ ・
第2艦隊の旗艦 《トゥルフニャッド》にカイが訪れ、
参謀も入れずに親子のみの軍議を開いていた。
トウガは星図を見つめ、静かに頷いた。
「敵は要塞レーダーを使う気がないか。
……野戦だな。都合がいい」
「父上、ジソリアン主力三艦隊、星系中央に集結。
こちらは第2艦隊と第5艦隊……二艦隊のみです。
データ照合できました。
ジソリアンでも名のある提督達です。
かなりの強敵ですね」
トウガはデータを見つめて呟く。
「ナ=リダー提督の"突き通す角"艦隊。
ガスナ=イルベン提督の"堅忍不抜の甲殻"艦隊。
テル=ウェーガン提督の"激烈なる酸"艦隊か。
どれもよく聞く名だ。
神聖帝国の艦隊を打ち破った者の名としてな」
「名将揃いですね」
カイは眉をひそめて呟く。
「……三艦隊相手に二艦隊。
まともにやれば包囲されます。
クリムゾン式突撃でも、
多勢に無勢ではいつかは掴まります」
そこまで聞いて、トウガが真面目な顔で呟いた。
「前言撤回だ。クリムゾン式突撃ではなく、
今回は策を用いる」
カイは息を呑む。
「策があるのですね」
「あぁ、ある。
だがその前に言っておく。
今回はその策を用いて完璧な勝利を目指す」
「完璧な勝利?」
「ジソリアンは戦闘狂な種族だ。
ウララ陛下のことを思えば、
奴らの酔狂に付き合っている暇はない。
となると……だ。
コロンニャ星系のジソリアン三艦隊を同時に相手する。
俺が言いたいことが分かるな?」
カイは渋い顔のまま、顎に手をかけて静かに答える。
「いえ、言いたいことは分かりますが……。
さすがに……難しいのでは?
零七の奇跡を再現させるおつもりでしょう?」
トウガの口角が上がる。
「そうだ、やはりお前は物分かりが良い。
辛勝では再び増援を連れて戻ってくるだろう。
それでは長期間ここに束縛されてしまう。
ならば一艦隊で敵の三艦隊を撃滅し、
神聖帝国の実力を心の底から認めさせてやるのだ」
カイの眉間の皺は未だ深く刻まれたまま、
冷静に言葉を返す。
「……本来、主力艦隊同士の戦いにおいて、
二艦隊で三艦隊を打ち破ることも難しいものです。
それを成し遂げられるのは、神聖帝国広しといえども
父上かシズク女公くらいです。
今回、負ける気はしませんが、
簡単に勝てるとは思っていません。
それを一艦隊で三艦隊。
正気の沙汰ではありません」
トウガは鼻で笑う。
「カイ、常識にとらわれるな。
今回、確かに一艦隊で三艦隊を撃滅し、
ジソリアンに零七の奇跡を強く意識づけるつもりだ。
だがな、素直に一艦隊で挑む必要などないのだ」
「言っている意味がわかりません」
トウガは星図を指でなぞりながら言った。
「俺の策を伝える。
まず――第2艦隊と第5艦隊は密集してFTLジャンプする」
「……密集跳躍!?
何のために?」
「敵は要塞レーダーを使えない。
艦隊レーダーではそこまで精度よく索敵はできない。
密集して飛んだ場合、一艦隊が現れたと誤認する。
あくまでこの星系に現れたのはお前の第5艦隊とする」
「それはそうですが、そんな危険なこと、前例が……」
トウガは首を横に振った。
「ない。
密集誤認を狙った跳躍は今回が初だ」
カイは驚愕した。
「では、どうしてそんな無茶を……。
どうせ近づけば二艦隊密集は
すぐにばれます」
トウガは懐かしむように目を細めた。
「まぁ、聞け。
コロンニャ星系で三艦隊を迎えうつのはお前だ。
お前は零七の奇跡の再現、零五の奇跡を起こす。
具体的に言うならジャンプ後、
密集した状態で第三公転軌道上の小惑星帯に近づく。
そして、小惑星帯に沿って進み、
そこで俺の第2艦隊は小惑星帯に潜り込む。
小惑星帯に沿って迂回し、お前と三艦隊が戦う背後に回る。
そこからはクリムゾン式突撃で何度も串刺しにする。
星系要塞を持たぬ敵はすぐに本国に通信することはできない。
真相を伝える前に、ただの一隻も残さず全滅させれば……。
戦闘開始前の情報から第5艦隊一つで三艦隊を撃滅した事実のみ残る」
「お待ちください!
どうせ奇跡を起こすならば、私ではなく父上の方が!
五大将である父上が今度は零二の奇跡を起こす。
これほど絵になるものはありません。
それに小惑星帯に突入するなど危険すぎます。
それならば私が!」
遮るようにトウガが返す。
「馬鹿言え。俺よりもお前の方が長生きする。
だったら平和が長い方が良いだろう。
次世代の英雄は零五の奇跡だ。
それにな。
小惑星帯の方は、確かに"死地"だ。
到達する前に艦体が削られ、
レーダーも乱れ、
味方同士の衝突すら起こり得る。
しかし、俺は過去にシノと一緒に同じ作戦を実践したことがある。
慣れてるというわけだ。
それに、真の地獄は俺が回り込むまで、
一艦隊で三艦隊を相手するお前の方だ。
この役目は瞬発的な判断力と胆力が必要だ。
お前だから任せられるのだ」
カイは息を呑んだ。
「父上……!」
トウガは静かに言った。
「小惑星帯を突っ切り、敵の背後に回る。
あれは無謀を通り越して狂気だった。
だが――シノは"できる"と言った。
俺は信じた。
そして本当に成功した。
今回も成功させる。
この父を信じて、俺が駆け付けるまで
全力でクリムゾン式突撃を行え。
お前の機動力について来れる敵などおらん」
トウガは拳を握った。カイは震える声で言った。
「……父上」
トウガは笑った。
「お前も子が出来たらわかる。
自分自身が認められるより、
我が子が伝説になった方が嬉しいものだ」
カイは言葉を失った。
その沈黙に、トウガは嬉しそうに語り続ける。
「天寿を全うしたらココ陛下に天上宮殿で拝謁賜るのだ。
そして嫌気がさすほどお前の事を自慢する。楽しみだ。
もしかするとハナ上級大将とも会えるかもしれないな」
遂にカイも折れた。
「分かりました……。
どうせ戦う必要があるのです。
やるからには銀河にクリムゾンの名を轟かせましょう」
トウガは星図を閉じた。
「その意気だ。
行くぞ、カイ。
零七の奇跡の星系で――
俺達は零五の奇跡を刻む」
カイは深く頷いた。
「は!」
カイは、自身の旗艦 《トゥルローニャッド》へと向かった。
赤炎と烈風が、星系へと跳躍する。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。
ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第七十九話「零五の奇跡」、今回はトウガさんとカイさんの作戦会議が描かれました!
トウガさんの作戦、めちゃくちゃ無茶ですね!
「密集FTLジャンプで二艦隊を一艦隊に見せかける」
「第2艦隊は小惑星帯に潜り込んで敵の背後に回る」
「カイさんは一艦隊で三艦隊を相手にする」って、本当に正気の沙汰じゃないです!
でも成功したら勝てそうな気がするのが不思議です。
一番感動したのは、トウガさんがカイさんに「零五の奇跡」を起こさせようとしてることです!
「俺よりもお前の方が長生きする。だったら平和が長い方が良いだろう。次世代の英雄は零五の奇跡だ」って、父親としての愛情がすごく伝わってきます!
そして、「小惑星帯を突っ切る」作戦が、第26話の回想を思い出させます。
最後の「お前も子が出来たらわかる。自分自身が認められるより、我が子が伝説になった方が嬉しいものだ」って、トウガさんの父親としての想いが最高でした!
そして、「天寿を全うしたらココ陛下に天上宮殿で拝謁賜るのだ。そして嫌気がさすほどお前の事を自慢する。楽しみだ」って、トウガさん、本当にい親バカですね…。
次回、零五の奇跡が本当に起こるのか、めちゃくちゃ楽しみです!




