第百五話 皇配への意趣返し
「……ゲラルド伯爵を?」
「ああ」
シズクは星系図の表示を切り替えた。
今度はゲラルド伯爵領が赤く染まった。
「セリオンはリュシェール家だけを反逆者に仕立て上げた。
ならば、こちらもゲラルド家を罪人に仕立て上げればよい」
「しかし、ゲラルド伯爵は皇配殿下の陣営です。
簡単には手を出せないのでは?」
「そのために私がいる」
シズクは机の上に置かれた資料を取り上げた。
「ゲラルド家の罪状は、私が法的に用意する」
「……罪状を?」
「違法な私兵動員、領地紛争の扇動、軍需物資の不正取得。
調べれば使える材料はいくらでもある。
足りなければ補えばよい。
……たとえ作ってでもな」
カイは思わずシズクを見つめた。
「……証拠を捏造するということですか?」
「必要ならばな」
シズクは表情を変えなかった。
「内務大臣である私の権限で調査を進め、ゲラルド伯爵家の罪状を正式に認定させる」
「…………」
「その後、トウガが軍務大臣の権限で追加討伐令を発令する」
カイはシズクの狙いを理解した。
内務省が罪を確定させる。
軍務省が討伐令を出す。
帝国の行政と軍事を司る二つの省庁が連携すれば、セリオン派のゲラルド伯爵家であっても、正規の手続きによって討伐対象にできる。
「……しかし、皇配殿下が介入してくるのでは?」
「当然だろうな」
シズクは頷いた。
「だが、皇配といえども、正式に罪が確定した者を公然と庇うことはできん」
「では……」
「問題は時間だ」
シズクはカイを見据えた。
「セリオンは必ず妨害してくる。
ゲラルド家の罪状を取り消させるか、討伐命令を撤回させようとするだろう」
「……はい」
「だから、奴に時間を与えてはならん」
シズクは星系図の二つの伯爵領を指差した。
「リュシェール家への討伐命令が下った後、お前たちの作戦進行に合わせて、私がゲラルド家の罪を確定させる。
トウガは間髪を入れず、追加討伐令を出す」
「…………」
「お前は追加討伐令を受けたら、直ちにゲラルド家にも対応しろ」
カイは表示された星系図を見つめた。
リュシェール伯爵領。
ゲラルド伯爵領。
二つの領地は隣接している。
だが、両家とも独自の私兵艦隊を保有し、防衛拠点を築いている。
一方を攻めれば、もう一方には準備する時間が生まれる。
しかも、セリオンが事態を知れば、必ず政治的な妨害を仕掛けてくる。
「……相当な速さが必要になりますね」
「ああ」
シズクは頷いた。
「セリオンが対抗する前に、両伯爵家を制圧しろ。
領地を接収し、私兵艦隊を武装解除させる。
両家の当主も逃がすな」
「……承知しました」
「セリオンが結果を知った時には、全て終わっている。
それが理想だ」
カイは大きく息を吐いた。
「……随分と難しい任務ですね」
それまで黙って話を聞いていたイレーネが、カイの耳元へ顔を寄せた。
「カイさん~」
「うわっ! だから近い!」
「大丈夫ですよぉ」
「何がだ!?」
「その作戦、私に考えがありますぅ」
カイはイレーネを見た。
「……考え?」
「はいぃ。両方まとめて片付ける方法ですぅ」
「そんなことができるのか?」
イレーネはにっこり笑った。
「できますよぉ」
シズクもイレーネへ目を向けた。
「ほう。イレーネ、子細は聞かぬ。
カイと上手くやれ」
シズクの口元にも笑みが浮かんだ。
「よし。詳しい作戦は二人で詰めろ」
「はっ!」
「承知しましたぁ」
シズクは二人を見比べた。
そして、カイへ告げた。
「カイ。今回の任務は、単なる反乱討伐ではない」
「……はい」
「セリオンへの警告だ」
シズクは二つの伯爵領を見据えた。
「我らに余計な手出しをすれば、相応の代償を払うことになる。
そのことを思い知らせてやれ。
あ奴はラートリーとは違う。
己が小物に過ぎんことを思い知らせてやる」
カイは姿勢を正した。
「承知しました。
第5艦隊、必ず任務を遂行いたします」
「お前たちならできるだろう?」
「もちろんですぅ」
イレーネは笑った。
「カイさんと一緒なら、何とかなりますよぉ」
カイは思わずイレーネを見た。
その口調は相変わらずだった。
だが、メクト戦役でシズクに代わって大軍を指揮した名将が、今は自分の参謀長として隣にいる。
カイはその心強さを感じながら、星系図へ視線を戻した。
「……よし。リーナ中将、作戦を聞かせてもらおう」
「はいぃ、カイ提督ぅ」
イレーネはカイの耳元へ顔を寄せた。
「まずですねぇ――」
「だから、近いって」
そのやり取りを見ていたシズクが、呆れたようにため息をついた。
「全く……お前たちは。
失敗は許さぬぞ」
「「はい!」」
二人は揃って返事をした。
シズクは頷き、帰り支度を始めた。
だが、ふと思い出したように手元の端末を操作する。
「そういえば、イレーネ」
「はいぃ?」
「先日、技術科学庁から興味深い研究報告が上がってきた」
「研究報告ですかぁ?」
「ああ。お前は以前、FTL戦術論の論文を書いていたな?」
「はいぃ。随分前のものですけどぉ」
「それなら興味があるだろう。
先月発表されたばかりの論文だ。
読んでおけ」
シズクは一つの資料をイレーネの端末へ転送した。
「ありがとうございますぅ。
後で読ませていただきますねぇ」
「ああ」
「あれ?シズク様、これって技術論文ですよぉ?」
「そうだ」
「私の専門とは少し違いますけどぉ」
「知識を増やして損はあるまい」
「それはそうですねぇ。
ありがとうございますぅ」
シズクはそれ以上、何も説明しなかった。
そして、二人に軽く手を上げると、そのまま執務室を出ていった。
・ ・ ・
シズクが去った後、カイはしばらく扉を眺めていた。
「……行ってしまったな」
「そうですねぇ」
「作戦の詳細も聞かずに帰っていったぞ」
カイはイレーネへ顔を向けた。
「……まさか、俺たちは女公から相当信頼されているのか?」
イレーネはきょとんとした顔をした。
「えぇ? 今さらですかぁ?」
「今さらって……」
「シズク様はですねぇ、任せられると思った仕事は、全部丸投げするんですよぉ」
「……丸投げ?」
「そうですぅ。
大まかな方針だけ決めて、後は全部こっちに任せちゃうんですぅ」
イレーネは困ったように笑った。
「そのせいで、私がどれほど苦労させられたことかぁ……」
「…………」
「しかもぉ、失敗したら怒るんですよぉ。
だったら最初からもう少し説明してほしいですぅ」
カイは思わず苦笑した。
「……そうか」
イレーネは肩をすくめた。
「まあ、シズク様らしいですけどねぇ」
カイは改めて、先ほどまでシズクが立っていた場所を見た。
帝国の内務大臣が、皇配への報復という重大な任務を二人に託し、具体的な作戦も聞かずに帰っていった。
(そこまで信用してもらっているのか……)
「……期待に応えなければならんな」
「はいぃ」
イレーネはにっこり笑った。
「ではぁ、作戦会議を始めましょうかぁ」
「そうだな。まずはお前の考えを聞かせてくれ」
「分かりましたぁ」
イレーネは再びカイの耳元へ顔を寄せた。
「まずですねぇ――」
「……だから、近いって」
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
さて、今回はシズクさんの反撃です!
セリオン君が法律を使ってリュシェール伯爵を反逆者に仕立て上げたので、シズクさんも同じ方法でゲラルド伯爵を罪人にしちゃおう!というお話です。
しかも、証拠が足りなければ作っちゃう!
ひえぇぇ!怖い!
これが頭脳SS級サイコパスのやり方です!
でも、法律だけでは勝てません。
セリオン君が邪魔する前に、両方の伯爵家を一気に制圧する必要があります。
そこで登場するのが、カイ君とイレーネさん!
イレーネさん、何やら作戦があるみたいですね!
……ところでシズクさん。
作戦も聞かずに帰っちゃいました!
え? 信頼してるから?
いえいえ、イレーネさんによると、単なる丸投げ体質だそうです(笑)。
しかも失敗すると怒る!
うわぁ……こんな上司、嫌だなぁ……。
そして最後に、謎の技術論文!
シズクさんがわざわざイレーネさんに渡したということは、何か意味があるんでしょうか?
それとも、本当にただの丸投げ……じゃなくて、おすすめ論文?
作者子ちゃん、気になります!
次回もお楽しみに!




