大事な大事なおカネの話
「ダメだったでしょ」
煉瓦積みの建物の間を吹き抜ける風に長い黒髪を揺らしたサヴァンナが、おもちゃ屋から出てきたふたりに声をかけた。
外の風に当たっていたからなのか、もう彼女の顔に動揺も紅潮もない。
「ダメだったって……もしかしてエボレットさんの事情知ってたのか」
「そんな深入りした話はしないよ、あくまで飯屋の店員と客の関係だから」
「じゃあ、なんでダメって分かったんだよ」
「優秀だって言ったでしょ? 他のギルドも狙ってるみたいだけど、全部断ったって」
そう言ってサヴァンナが、来た方角とは逆へ歩きだす。
何処へ行くのか、ついていくべきか。クレイディスとエルザは互いの顔を見て首を傾げるが、どうせアテも帰る場所もないふたりだ。サヴァンナの背中をふたりが追いかけるまで、そう時間はかからなかった。
「あんたらならと思ったけど、やっぱダメだったか」
「ガキのおもちゃ作っとるようなヤツ、儂の最強のギルドにいるかい。もっと強い奴ださんかアホ」
住宅地からも離れ、どんどん人気が無くなっていく街の片隅でエルザが悪態をつく。
「魔法具技師は冒険者ギルドの大切な収入源のひとつだって知らないの?」
ポケットに手を突っ込んだまま先頭を歩くサヴァンナ。彼女の言葉に、クレイディスが深く頷いた。
「腕のいい魔法具技師がギルドにいて困ることはないしな」
「なんじゃそら、おもちゃ売って副業でもするんかい」
「似たようなもんだよ。冒険者ギルドってのは、未開拓の地の探索費用だとか、所属冒険者のライフケアとか、出費が多い。だからカネを稼ぐんだが、ギルドの収入はおおまかに三通りある」
どうやら、本当にサヴァンナの意図を理解していないエルザに、三番の指を立てたクレイディスが説明を続ける。
未開拓の地の探索を生業とする冒険者ギルドの収入は、大きく三種類。
・探索で獲得したアイテムの売買。
・探索で新天地や未確認の魔物をなどの発見に対し、国の研究機関から支払われる報酬。
・探索先で発見した資源を確保し、国内への流通をするなど事業の確立。
「国営ギルドってのは必要経費が全部政府持ちだから、この辺の収入源の確保を考えることなく探索に集中できるんだ」
「ギルドっちゅうのも面倒じゃの、ジジイはそんなことやっとったんか」
歩みを進めれば進めるほど人の気配は消え失せ、気がつけば三人は街の郊外まで来ていた。
「魔法具技師が重宝されるのは、探索で見つけられるのが主にクリスタルの原石だからだ。腕がいいほど、高い魔法具を精製して販売できるだろ?」
ほぉん、と鼻の穴を広げて声をあげたエルザ。最強のギルドをつくると息巻いていた彼女だが、どうもこの手のギルド経営の話には疎いらしい。
「そう上手くいくとも思ってなかったし、第二の作戦はもう用意してある。というかむしろ、こっちが本命かな」
そう言ってサヴァンナが立ち止まったのは、えらく錆びた門の目の前。
煉瓦積みの壁はかなり遠くまで広がっているものの、虫だらけ。それに門を超えた先だって、道があるかも分からないほど木々が生い茂る。
こんな場所に連れてきたサヴァンナの目的が何なのかは知らない。けれどクレイディスとエルザの脳裏を嫌な予感が雷撃のように疾り、ふたりは即座に顔をしかめた。
「メモにもあったけど、ギルド設立費用の半分以上を占めるのはギルドハウスの賃料。つまり、それさえ自前で用意すれば初期費用を半分以下まで減らせるってこと」
「理屈は分かる、分かるけど……」
ひゅうっと吹いた風が門の奥にある木々を揺らす。心なしか、木が揺れる音はざわつく人の声にも聞こえる気がした。
「店で聞いたことがあるんだよね、昔使われてたギルドハウスがこの辺にあるって」
何の躊躇もなくサヴァンナが門をひらくと、錆びているせいか、ギィっと耳を引っ掻くような金属音が響いた。
木々が揺れる音、門がひらく音。そのどれもがハッキリと聞こえてしまうほど、周囲に人の気配はない。
「見て分かる通り、随分使われてないみたいだから問題ないと思う」
誰が所有する敷地かも分からない門の向こう側へズカズカと踏み入るサヴァンナ。
彼女の背中を見て、クレイディスもエルザも顔を引きつらせた。
「お前さんみたいなチビ助にホの字なくらいじゃ、アホやアホやと思うとったが……ありゃホンマもんじゃ」
「なんだよ、怖いのか?」
そう言うクレイディスもまた、小さく震えている。
「アホ言え、怖いんはお前さんじゃろがい」
「何をおっしゃる、俺は全然だよ。うん、全然」
「じゃったら行けや」
「レディーファーストだよ、お先にどうぞ」
威嚇する猫のように低い唸り声を鳴らして並んだ後、ようやく覚悟を決めたエルザ。不機嫌そうに足もとへ唾を吐き捨て、先に門をくぐった。
階段、というよりは土に埋もれた只の坂道。
道、というよりは無造作に伸びる木々の隙間。
「オメテオにこんな場所があったなんて……貧民街のほうがよっぽどマシだよ」
クレイディスが視線を逸らした先で木を這っていたのは、いかにも毒を持っていそうな肌色の毛虫。
「ふぅん、これが昔使われてたギルドハウスの廃墟ね」
先頭を歩いていたサヴァンナが、ピタリと足を止めて「ほらね」と前を指した。
道なき道を抜けた先で三人が見つけたのは、それはそれは大層立派な豪邸。
窓ガラスが割れ、壁や柱は廃れ、テラスだったはずのものが庭に落下していることに目を瞑れば、非の打ち所がない豪邸である。
「昔って……いつの話だよ」
「さぁ、昔は昔」




