猛牛たち
「私は……私はなぁ……」
痛む体はいうことを聞かず、ウォーレンはその場で四つん這いになって口をひらく。
「私は、貴様とは違うんだよ!」
頭を掻きむしり、苛立ちを隠そうともしないウォーレン。その姿を見つめるクレイディスの目は、えらく冷ややかなものだった。
「冒険者となり、未開拓の地で功績をあげ、富と名声を手にした! 自分の力でようやく手にしたそれを守ることのどこがおかしい!」
ウォーレンの脳裏をよぎったのは、彼が積みあげてきた『炎帝』に至るまでの歴史。
手強い魔獣と戦ったこともある。仲間や恩師の死を何度も経験したことがある。未開拓の地で遭難しかけたことだって、数えきれない。
幾つもの困難を乗り越え、彼はようやく『富と名声』を手にしたのだ。
「冒険者の世界で弱者は生き残れない。強者のみが生き残る! 私は紛れもなく強者だ! 強者が弱者を喰うのは、世界の摂理だろう! 私は何もおかしいことなど──」
「だったら勝ち取ってみせろよ」
掻きむしってボサボサになったウォーレンの後頭部を見下ろし、クレイディスはさらに続ける。
「お前がやってきたことと何も変わらない。さっさと立って俺に勝たなきゃ、今度はお前が奪われる側になるだけだ」
「私が……奪われる側?」
自分は絶対的な強者と疑ってやまなかっただけに、現実を突きつけられた時のショックは相当なものだったらしい。
虚ろな瞳を左右に泳がせながら、ウォーレンが顔をあげた。
「違う、私はホーネッツの筆頭パーティを仕切る『炎帝』だ。私は……最強の冒険者で……」
「さあ、立てよ炎帝様。お前のくだらねぇプライド守るために、何人もの夢が摘まれたんだ。お前の十年そこらで積みあげたもん失うなんて、むしろ安いくらいだろーがよ」
「奪わせん、奪わせんぞぉ!」
怒りに身をまかせ、立ちあがると同時に殴りかかるウォーレン。だが、拳が捉えたのは何もない虚空。
「冒険者なら、富も名声も自分の力で勝ち取れよ」
背後にテレポートしていたクレイディスの蹴りがウォーレンの腰に直撃し、彼の体が力を失ったように大きくよろめく。
「関係ない連中犠牲にしてまで必死に守らなきゃならないなら、そんなハリボテの富や名声なんかに価値はねぇよ」
「黙れっ! 黙れ黙れ黙れぇ!」
憤りが、頂点を迎えた。
彼の感情をそのまま表すようにウォーレンの手のなかに出現した炎を飛ばすが、それはむしろ逆効果。
すぐにクレイディスの【エクスチェンジ】で場所を移し替えられ、ウォーレンはその背中に自らの放った炎を受けてしまう。
「あ……あぁ……」
喉から言葉にもならない声を漏らし、その場に崩れ落ちたウォーレン。
意識を失い、指一本すら触れられず完全敗北したウォーレンを目の当たりにした観衆たちの悲鳴が、庭園に響き渡る。
「チビ助!」
庭園を揺らすような悲鳴のなか、勝負を最後まで見届けたエルザが嬉々として駆け寄ってくる。彼女の背丈も相まって、その姿はまるで本物の子どものよう。
「へへっ、大勝利」
最強と呼ばれる冒険者のひとりを、無傷で倒した。それが後々どんなことになるかも知らず、クレイディスは少年のようなはじける笑みでエルザにピースサインで応える。
「儂の築く最強のギルドの初陣にしちゃ、上出来過ぎるくらいの完全勝利じゃの」
「そうそう、さっき走ってる時考えてたんだけど、ギルドの名前。『猛牛たち』ってのはどうよ。今回からみたく強豪ギルドの最強が立ちはだかろうが、どんな壁もブチ破るって意味でさ」
「アホにしちゃ、ええセンスしとるわ」
ブルズという名を気に入ったのだろう。うんうんと何度も頷くと、エルザは「待っちょれ」と言って踵を返す。
「ワレら、よう聞け! ワレらがどんだけ強いか知らん! じゃが、刺し穿つ蜂が群れて来たところで、儂ら城砦破る猛牛の敵とちゃうわ!」
「おいおい、それじゃまるで……」
「よう覚えとけ、このボケェェェェ!」
それは、紛れもない宣戦布告だった。
聞いたこともないギルドからの宣戦布告に、ホーネッツの冒険者の反応は様々。
売られた喧嘩を買おうとする者もいたし、無傷でウォーレンを倒したクレイディスに恐怖を抱く者もいる。
しかし対照的に、エルザとクレイディスの勇ましい姿を「カッコいい」と思う者も少なからずいた。あまりの衝撃に、震える手で口を抑えるアイリンも、そのひとり。
「こんなもんでええじゃろ」
「良くねぇわバカ! ホーネッツのど真ん中で何言いだしてのお前!?」
「なんじゃ、怖気づいたんか? 最強のギルドにすんのじゃったら、こんくらい……」
けらけらと楽しそうに笑っていたエルザだったが、徐々に表情が曇っていく。そしてそれは、クレイディスも同じ。
「あんだけの大口叩いたんだ、今ここで袋叩きにされても文句はねぇよな?」
「炎帝様の仇、しっかりととらせてもらうわよ」
気がつけば、エルザの宣戦布告に反感を抱いた冒険者たちがふたりを囲んでいるではないか。
しかもその数は十や二十なんて、優しいものではない。
「いやあの、さっきのはこのガキが勝手に」
「ガキとちゃうわアホ」
視界を埋め尽くすほどの冒険者に囲まれて顔を引きつらせるクレイディスとエルザ。心なしか、エルザの言葉にはいつもの元気がないようにも思えた。
「どどどど、どーすんだよこの数!」
「知らんわ!」
「お前があんな無茶苦茶なこと言うから!」
「元はといや、お前さんがこいつらの大将ぶっ飛ばしたんじゃろがい!」
ふたりが喧嘩をはじめようが、周りの者たちの知ったことではない。
息をあわせ、強豪ギルドの冒険者たちが一斉に飛びかかる。
「魔法! 魔法じゃチビ助!」
「そっか、テレポート……でも何処に!?」
「何処でもええわアホ!」
何処に飛ぶのか。エルザはおろか、クレイディスすら分からない。
とにかくクレイディスは、大慌てでこことは違う場所をイメージし、エルザとともにその場から消え去ってしまった。




