空間の支配者(後編)
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ギルドハウスの裏手にある広大な庭に集まった者たちのほとんどが、その視線の先で立つクレイディスを鼻で笑った。
それもそのはず、炎帝ウォーレンが強いなんてホーネッツの冒険者でなくとも知っていること。ましてや、ギルドに所属としていない、何処の誰かも分からないような素人が決闘を挑むというはの笑い話以外の何物でもない。
「何考えてんだ、あのチビ」
ひとりの男が言うと、その周りも納得したように何度も頷いた。
「炎帝様と決闘だなんて、身の程を知りなさいっての」
そう言うのは、ウォーレンのファンでもあるホーネッツの女性冒険者。
腕前にくわえて美麗な顔立ちとカリスマ性。彼の虜になる女性はギルド内外に多く存在し、クレイディスに汚い罵り言葉を浴びせる者も少なくなかった。
庭園中がウォーレンを讃え、身の程知らずなクレイディスを鼻で笑い、罵る。
完全にアウェーとなった状況下で、サヴァンナは腕を組み、不満そうに口を尖らせた。
「自信ありそうだったから任せたけど、やっぱり私が行くべきでしょ」
本来なら、クレイディスのいる場所に立って罵声を浴びているのはサヴァンナ。流れに任せて巻きこんでしまった彼が、今自分の代わりに罵声を浴びてしまっているのは申し訳ない気持ちがあったのだろう。
「お前さんが代わりゃ、勝てたんか?」
「さぁね、でもそれはあの子も変わんない。ていうか、あんたいつの間に来たのさ」
覚えのある声がするものだから隣に視線をおろすと、やはりそこには子どものような背丈のエルザが、汗だくで腕を組んでいた。
「たった今じゃ、楽しいことになっとんな」
「あんたもあの子も、なんで汗だくなの」
「あのチビ助、魔法で失敗しおったんじゃ。飯屋から正反対に飛んでしもうて、走ってきたわ」
少し前、サヴァンナを追ってクレイディスがテレポートを使ったのはいいが、やはり魔法に関しては初心者。
いくら【空間系魔法】の使い手とはいえ、視認できていない空間への干渉は難易度が高かったらしく、クレイディスとエルザがたどり着いたのは、ホーネッツのギルドハウスとは正反対の方角だった。
同じ街のなかで、絶望的なほど離れていたわけじゃなかったのが、唯一の救いだったのだろう。
「走ってくる途中、飯屋のオッサンにお前さんのこと聞いたで」
「私のことを?」
「妹のカネ持った連中ボコボコにしちょったらしいの。要はあん男前が、お前さんの妹からカネ騙し取って自分とこの下っ端の養分にしちょったんじゃろ」
「まぁ、そんなとこ……てか、さっき言ってたの、本当に魔法なの」
サヴァンナが気になったのは、エルザがさらっと口にした『別の場所に瞬間移動する魔法』。特別魔法に詳しいわけではないものの、そんな規格外の魔法をサヴァンナは知らない。
「まあ見とりゃええわ、チビ助が魔法を使いこなせりゃ誰が相手でも負けはせん。まあ、使いこなせりゃの話じゃが」
「使いこなせれば……ね」
観衆たちの敵意剥きだしの目。
エルザの期待の目。
サヴァンナの不安な目。
アイリンの心配な目。
多種多様な視線を一身に受けたクレイディスが、全身を使って深呼吸をした。
「ふぅ……さっきのは大幅にミスったけど、大体感覚は掴めた」
両手を何度も開いては閉じて、魔法の感覚を思い出す。
ここにいるのは目の前のウォーレンをはじめ、誰もが強豪ギルド『オメテオ・ホーネッツ』の冒険者。彼らにとっては馴染み深い魔法を使うという感覚も、初心者のクレイディスには不思議なものだった。
自分のなかの【生体魔力】が、世界を漂う【界流魔力】と結合する。それはまるで、世界と自分が繋がるような感覚。
「この私と一対一で闘おうとする、その度胸には敬意を示そう。名をお聞かせ願おうか」
「クレイディス、クレイディス・ブラッドリー」
「その名、君の死後も語り継がれるだろう」
パッと広げたウォーレンの手のなかに、頭ひとつ分ほどの炎が現れた。
「じゃあ、こっちからもひとつ質問」
「何かな?」
背伸びをして、屈伸をして、関節を痛めないよう準備運動をするクレイディス。
「冒険者を夢見てギルドの門を叩いた女の子から、夢を摘み取るってのはどんな気分だったよ」
その怒りに満ちた目がウォーレンを捉えた。
「さて、何のことやら」
「噂で聞いたことあるぜ、ホーネッツでの自分の立場を守るためなら手段を選ばない男だって。お前のくっだらねぇ保身のために何人が犠牲になったよ」
「でまかせで私を翻弄しているつもりかい? いくら実力が劣るからとはいえ、冒険者にあるまじき──」
瞬く間の出来事だった。
人が瞬きをする、ほんの一瞬の間にクレイディスはウォーレンのもとまで近づき、彼の無防備な腹に蹴りを入れたのだ。
「言葉を返すようだけど……お前も冒険者なら卑怯な手使ってまで立場守ろうなんて、くだらねぇことしてんじゃねえよ」
それまで、ウォーレンとクレイディスには二十歩から三十歩分ほどの距離があった。にもかかわらず、クレイディスは一瞬にして距離を縮め、蹴りを入れた。
見ていた者たちも、蹴飛ばされて尻もちをついたウォーレン自身にも、何が起きたのかが未だに分からない。
「不意打ちとは、やってくれる」
「だったら来いよ、魔法撃つまで待っといてやるから」
蹴飛ばされたとはいえ、まだ余裕の笑みを浮かべているウォーレン。炎属性の魔法使いである彼を相手に、数歩ばかり退がって腰に手を当てたクレイディスを、誰もが「大バカ」と思ったことだろう。
炎帝の名を冠するウォーレンの魔法は強大で、大型魔獣すら討伐できてしまうほどの威力を持つ。
そんな魔法、放たれるだけで即死は必定。
「ふざけた真似を……ならば望み通りに骨も残らないほど燃やし尽くしてくれよう!」
ウォーレンの頭上に炎が収束し、人の丈をゆうに超える巨大な球体へと姿を変える。
「私に一撃与えたこと、地獄で自慢する権利を与えよう。【炎月の憤怒】!」
巨大火球は、クレイディス目掛けて猛進。これだけの規模の魔法を即座に使えるのは、やはりウォーレンという男が魔法使いとして優秀な何よりの証明。
しかし、ウォーレンは知らない。
「エルザ、お前の言ってた意味がようやく分かったよ。この空間の支配者は、間違いなく俺だ」
魔法を使ってしまったことが既に、クレイディスの仕掛けた罠であることなど知るはずもない。理解できるはずもない。
「【エクスチェンジ】、俺とあいつのいる空間を置き換える」
「どんな魔法を使おうと、その魔法ごと焼き払って──」
ウォーレンが瞬きをしたその時、彼の見る景色が変わった。
さっきまで視界のなかにいたはずのクレイディスがいない。それどころか、彼自身がだした巨大火球すらない。
混乱し、言葉を喉に詰まらせるウォーレン。
「お前の炎に焼かれて死ぬのは、お前だ」
そんな彼の背に声をかけたのは、クレイディスだった。
耳に入れてすぐには理解できなかった彼の言葉も、振り向けばすぐに理解できた。即座に後ろを振り返ったウォーレンの目の前には、先ほど自分が放った巨大火球が、彼自身の方へと突っ込んできている。
「なっ、なにを……」
大慌てで炎の壁を展開するも、所詮は急ごしらえの魔法。炎帝ウォーレンが放つ超強力な攻撃魔法を防ぐには、あまりにも脆すぎた。
「貴様、何をしたぁぁぁ!」
荒い言葉遣いで叫び散らすウォーレン。しかしその怒号も、庭園に響き渡った爆破音にかき消されてしまう。
何が起こったのかも分からないまま、ウォーレンは爆発に呑まれて吹き飛ばされるが、理解できていないのはウォーレンただひとり。
庭園にいる誰もが、クレイディスとウォーレンの位置が一瞬にして入れ替わる様を見て、息を呑んだ。
「なんだ、さっきの……あれ魔法なのか……?」
「そんなことより、炎帝様があんな一方的に……」
庭園が、動揺に包まれる。
ウォーレンはホーネッツでも筆頭パーティをまとめる最強の冒険者。そんな彼が、傷ひとつつけることすら許されないで一方的にやられる光景は、ホーネッツの冒険者たちに深い絶望を刻みつけた。
「あの子、あんなに強かったの」
「チビ助と同じ空間にある限り、どんな魔法使いも勝てんじゃろな。空間に干渉して完全支配する、それが【空間系魔法】じゃ」
驚きを隠せなかったのは、サヴァンナも同じ。空間に干渉する魔法なんてものが恐ろしく強いのは、サヴァンナじゃなくとも魔法の素人にだって理解できる。
「クソ……この私が……」
抉れた芝と土が舞い、視界を阻んだ煙のなかの世界で、ウォーレンはゆっくりと痛む体を起こした。
額から流れる血を袖で拭い、折れた肋骨の部分を抑え、痛みをぐっと堪える。
「あんな、どこの誰とも分からないチビに……」
先ほどまでの取り繕った言葉遣いは一変、彼の本性をそのまま表したような汚い言葉が口から溢れてきた。
「いや、私に敗北などありえない!」
庭園へ吹く風に煙が流されて視界が晴れるころ、血だらけのウォーレンは二本の足でしっかりとその場に立っていた。
「私を本気にさせたことを、地獄で後悔するがいい!」
「流石にデカい魔法は撃たせねぇよ、周りの人たちも危ないし」
大型の魔法に取り掛かろうと魔力を操作しはじめたウォーレンだったが、またもや一瞬にして距離を縮めてきたクレイディスの殴打によって容易く防がれてしまう。
「貴様に……貴様などには分かるまい! 私の積みあげてきたものの大きさが!」
大きくよろけたウォーレンが体勢を立て直そうとするが、クレイディスの拳が綺麗な顔面を直撃。
「失うものが何もない、貴様のようなガキに!」
庭園に集まった冒険者たちの悲鳴が聞こえる。
「私が十年以上かけて、積みあげたものは──」
「知るか、そんなもん」
もう一撃、クレイディスがウォーレンの顔面を殴ると、彼は折れた歯と血を飛散させて倒れ、庭園を大きな悲鳴が包んだ。
ウォーレンに魅了され、彼を愛するファンのなかにはその場で泣き崩れる者もいたという。




