第8章5 準決勝を前にする
――――――学園正面玄関前。
歩く先、まだ少し遠目だが、門の外に豪奢な馬車が停まっているのが見える。
付き添ってくれたリッドの隣を歩くアレオノーラ。いつもの元気はなかったが、自家のエンブレム入りの馬車を目にして、表情に少しだけ安堵の色を浮かべた。
「お見送り感謝致しますわ。ええと…」
「…ああ、俺はリッド=ヨデックってんだ。気安くリッドって呼んでくれていいよ。そちらさんの事はシオウの奴から聞いてる」
「あら、シオウのお知り合いでしたの」
「入学ん時からの腐れ縁って奴でね、大会でも同じチームだよ。よかったら明日見に来るといい、旦那のチームも…まぁ、あいつらはどういう処分受けるかわかんねーけどさ」
手を出してきたのがモーロッソと同じチームのメンバーだと知って、アレオノーラは相応にショックを受けた。しかし、同時にあんな連中とつるまなければならない状況に追いやられている事情もすぐさま察したようで、特に嘆くこともなかった。
「…本当にお教えしなくてもよろしいのかしら。助けていただいた手前、お礼はしたいのだけれど?」
モーロッソの覚醒能力の話だ。大会に出場しているのならば助けてくれた礼をしたいと、対戦する可能性もある夫の力を教えようと彼女は考えた。
「モーロッソが教えてもいいって言ってるならな。そうでないならフェアじゃない」
対戦相手の情報は有益だが、こんな形で得たとしても後味が悪い。
それにそのために彼女を助けたわけでもない。アレオノーラの申し出を受けるのは自分の正義感や価値観を裏切るような気になるので、リッドはやんわりと断る。
「…真っすぐな方ですのね。そういう事でしたら…ああ、それと。迷惑ついでになってしまいますけれど、シオウに伝言を頼めませんこと?」
言いながらも平然と背を見せ、馬車へと乗り込んでゆくアレオノーラ。
御者が扉を閉める――窓が開いて、彼女が顔を出した。
「そりゃいいけど…んで、なんて伝えて欲しいんだい?」
アレオノーラは少しだけ悪戯っぽく微笑みながら、夕方が近づいた涼風に揺られる髪を抑えた。
「 “ わたくしは決してあきらめませんから、早々に観念なさいまし ” と申しておいてくださいな、それではごきげんよう」
それだけ言うと窓が閉められる。そして御者が手綱を取り、馬車を走らせだした。
遠ざかるそれを見送ると、さてどうしたものかとリッドは両肩を上下させる。
「とりあえず伝言にしろモーロッソの奴の事にしろ、シオウに話さないとだな…あー、今日は頭脳労働お疲れさん、俺っ!」
思いっきり背伸びをする。
やはり頭を使う事は自慢の御友人殿にお任せすべきだと再認識しながら、リッドは学園敷地内へと戻っていった。
―――――――翌日。
チーム・モロのメンバー二人が不祥事を起こした件は、結構重く受け止められたらしい。
「……なんか会場の中、やたらと見回りが増えてるなー」
「お前の手柄のおかげだろうな。事件は公にはされてないが、今後似たような事が起こったら学園側も治安・管理・監督など各責任は勿論、下手すると普段の教育すら問題視されるとこまで波及する可能性があるだろうし」
学園の生徒が外部からの招待客に対して不埒な真似をした。
結局はその生徒の問題ではあるが、監督・教育を任されている学園の責任だと声が上がる可能性は高い。
特に問題を起こした生徒は貴族家の子息。彼らの家は自分の子供や自家への批難を避けたり緩和せんがために、学園の教育体制を槍玉にあげる事も厭わないだろう。
「そういう意味では、リッド先輩のやり方は大正解でしたねー。欲言えばもう少し連中に恥かかせるくらいのこと出来てましたら完璧でしたけどもー」
事の顛末を聞いて理解している面々は、スィルカの言葉にそれぞれ肯定の反応を示すが、一人だけ軽く小首をひねった。
「? どういう事です? そんな事したらもっと大変な事になりませんか?」
「ノヴィンさん、貴族の家とは良くも悪くも面子を重んじるものなんです。特に体裁に厳しいお家ほどそれが顕著な傾向にあって、家名に泥を塗る行為は決して看過できません。最悪の場合、我が子であろうとも絶縁と追放を命じるまでに至るほどに、厳しいお家というのは実はなかなか多いんです」
さすがに一国の姫。ミュースィルはさらりと述べて見せるが、話を理解したノヴィンは貴族階級にある闇を垣間見た気がして、怖いですねと言いながら軽く身を震わせた。
「…ま、少なくともあいつらは次の試合には出てこれないんじゃないか? 最低でも出場停止の謹慎処分くらいはいくだろ」
リッドとしては自分の手柄という事もあってか、ざまぁみろと言わんばかりに胸を張る。もっとも、相手チームを故意に貶めたりするより、正々堂々と対決したい派なので、気分的には複雑だった。
「あ! そうなりますと、チーム・モロは3人で準決勝に挑まないといけなくなる感じですか? そこと対戦でしたら、楽に戦えそーですねー」
「…さて、それはどうだろうな」
喜悦のスィルカに対し、シオウが何か察してるかのようなすまし顔で肯定しかねた。
「そういえば昨日の敗者復活戦って、どこのチームが勝ち上がったんでしょうか? 僕たちも夜前に宿舎に戻ったから、結果は見てないんですよね」
「ノヴィンも知らないのか、シオウも珍しくチェックしてなかったよな」
「そりゃ昨日はノヴィンと一緒だったからな、戻った時間も同じだったし」
「私達もまだ確認できておりませんね」
「ウチが学園寮に戻ってきた時、もー日がすっかり暮れていました。ミュー姉様もその少し後でしたもんねー。まー会場いけばどのみち分かる事ですし」
今日は準決勝。
敗者復活の1チームを含めた4チームで2試合が執り行われる。
リッド達が試合会場に近づくと、入り口前に掲示があった。
「お、書かれているみたいだな。どれど――――」
小走りに駆け寄ろとしたリッドだが、その足は1歩踏み出した瞬間に止まった。
「はーっはっはーっ、よーぉチーム・リッドの諸君。奇遇じゃあないか、こんなところで遭遇するとは」
丸みあるフォルムがリッドの前に立ちはだかった。ヘンな自信が全身に満ち溢れているような学園の男子生徒――――その名は
「よー、ブリアン。なんか久しぶりだなお前」
「ガクッ…ブ、ブリアンではない、ブリリアンだっ!! リッド=ヨデック、よりにもよってこのブリリアン=ディア=カーツィンの名を呼び間違えるなど、許される事ではないぞっ」
「悪い悪い、なんか言いやすくってついな。んで、この時間にこんなとこにいるってことは、まさか…」
太ましいブリリアンの後方には、彼のチームメイトが勢ぞろいしている。リッド達とはここまで対戦する事はなかったが、彼らも大会の参加チームだ。
「ふっふっふ……いかにも…」
腕を組み、笑みを浮かべるブリリアン。しかしそのもったいぶった後、さらに言葉が続くことはなかった。
「へーぇ、チーム・エステランタが復活枠か。意外なところが勝ち上がってきたな」
リッドと対峙するブリリアンらを追い抜き、シオウがしれっと掲示を確認して声を上げたために、ブリリアンはまたガクッと体勢を崩した。
「だーーーーー! コラ貴様っ、せっかくこの悔しさを、持ちまわった言い回しで少しでも気分転換しようと思ってたというのにっ」
「いや…お前ら全員制服の時点で、勝ち残ったチームじゃないのは丸わかりだし。こっちは試合があるんだ、お前らの相手してるよりも対戦する可能性ある相手がどこか確認する方が重要だから」
要するに、敗退した悔しさからリッド達に絡んできただけで、ブリリアンのチームは準決勝には出てこない。
「まーまー、落ち着けってブリアン」
「そうだぜ、騒ぐとみっともないぞブリアン」
「コラッ、どさくさに紛れてお前らまでブリアンと呼ぶんじゃあない!!」
完全にチームメイトの、確信犯な呼び方にプンスカ怒る丸っこいブリリアン。少なくともチーム仲は良好らしく、いじられている本人には悪いがいい意味でブリアン呼びが内輪の和を担つ要素となっている風に見えた。
「それで、敗退したのに会場に足を運ぶってことはチーム総出で観戦か?」
自分も掲示を確認したいと、リッドはさっさと収集つけんとまとめにかかる。するとブリリアンは癇癪をやめて一転、落ち着いた雰囲気を醸しながら立てた人差し指を左右に振った。
「ちっちっちっ…あまいぞリッド=ヨデック。勝敗は兵家の常というだろう? 負けたからといってそのまま引き下がるは、カーツィン家の誇りが許さない。次の大会に向け、勝利のために試合を観戦…ではなく観察と分析を行うのさ」
どうだ殊勝な心掛けだろうと胸を張ってみせるブリリアン。
しかし、またしてもシオウの放った一言が彼に突き刺さった。
「大会は2年ごとだから、次の大会は出られないぞ? 2年次の俺らは卒業してるから大会出場規定外……わざわざ留年してまで大会にでる気なのか?」
ブリリアンの高笑いがピタッと止まった。彼も学園2年次生……当然次の大会の時には卒業した後である。
様子からして、本気でその事に思い立っていなかったらしいが、チームメイトは知っていたのか、後ろで笑いを堪えていた。
「き、貴様に言われたくないわぁー、この劣等生! お前こそ常に留年スレスレのくせにぃいいい!」
実際、ブリリアンは成績は優秀な方だし、本当に留年しようと意図的にそう計らったとしても、家が彼を留年などさせないだろう。
大会が毎年開催と勘違いしてた恥ずかしさから、ギャーギャーとシオウに喰ってかかるが、それをシオウは軽くいなしている。
やがてチームメイト達が扱いを心得てるとばかりに宥めはじめ、観客側の入り口の方へと引っ張っていくまで、それはもう流れるように展開が流動していった。
うるさいのがいなくなった事で、ようやくチーム・リッドの面々は落ち着いて掲示の内容を、全員がキチンと確認しなおす。
「チーム・ガント、チーム・モロ、チーム・リッド、そしてチーム・エステランタ……準決勝はこの4チームなのですね」
「いつの間にやらですねー。気づけばここまで来てましたって感じでなんだか不思議な気分ですー」
「シオウ先輩。僕たちはどのチームと当たると一番いいんでしょう?」
「言っても準決勝だしな。どこと当たっても強いと考えるべきだよ。強いて挙げるとすると……まぁチーム・エステランタと言いたいとこなんだが、敗者復活戦でひしめいていたチームは、確実にエステランタ達より強いところも少なくなかった」
「それを勝ち上がってきたわけだから、チーム・エステランタにも油断はできない、ってワケだな。ま、どこと当たってもやる事は変わらないぜノヴィン」
自陣営を含めて残り4チーム。
勝てばもう1試合、負ければ終了…国際大会の代表選抜を行う権利を賭けて1位を決めることがこの大会の趣旨である以上、3位決定戦はない。
ここからはどのチームも気合いの入り方が違うだろう。対戦カードがどうなろうとも、全力で当たるしかない。
「じゃ、行きますか。更衣室に荷物置いて準備しないとな」
そう言って先だって選手側入り口の方に、テコテコといつもと変わらぬ呑気な様子で歩き出すシオウ。
「…ああ、そうだな!」
一方でリッドは、力強く応えたものの緊張でツバを飲み込む。しかしその顔はワクワクしてか、無意識のうちに笑顔を浮かべていた。




