第6章5 秀でんと努力する源流
ジッパムの側面からの正拳突きに吹っ飛ばされたスィルカ。だが吹っ飛ばしたジッパムもその場でかなり息を切らしている。追撃はおろか、その場で体勢を整え直すのにも苦労していた。
「はぁ、ふぅ…はぁ、はぁ……く、…ぅ、さすがに、負担は大きい…ですか…」
ジッパムにとって本来、虚像催眠はとっておきの技だった。
その効果をもってすれば、自分の実力以上の相手とも渡りあえる。だがそれ以上にリスクが大きいために使用はなるべく控え、ここぞという時に1、2度用いる程度に抑えていた。
しかし現実に格上を相手にして、多用し続けなければ一瞬でやられてしまうと実感した今、想定が甘かったと思わず自嘲し、苦笑してしまう。
「(もともと魔力の量はさほどではない。…そろそろ限界が近いですね)」
本物の催眠術ではなく魔力を用いて行っている以上、それは魔法を繰り出し続けているのと大差ない。
ジッパムは、魔法そのものにはあまり能がなく、精神系魔法の才が少しはマシであるという程度であった。
なのでそこを伸ばそうと、1年次の頃より努力は続けたものの開花せず。しかし、努力の最中に見出せた副産物こそ、この虚像催眠という技であった。
・
・
・
……幼い頃、母の祖国への帰化が認められ、一家そろってこのルクシャード皇国に根を下ろしたジッパム。だが大人の社会では差別がなくとも、肌の色の違いという見た目に分かりやすい特徴は、子供の世界ではよく目立ち、何かとイジられる原因になった。
当然、中にはイジメに繋がる事もあって、そのたびに悔しくて拳を握った幼少期。
父の血が、そんなジッパムを負けん気の強い性格へと導いてくれた。
人知れず努力し、立派な人間であらんとし、強く、理知的で、素敵な紳士になろうと頑張ってきた。
そして事実、ジッパムは大人を目前に控えたこの歳にして、あらゆる面において優秀と評するに過分のない男児へと成長していた。
しかし……だからこそ、彼は壁を感じる。己に才能なき分野の、越えられない壁というものを。
・
・
・
「隙ありですー!」
「!! くっぅ!」
ビビュッ! ビビッ!
なんとか避けるも、ジッパムの服の一部が裂けた。
「まだこれほどに鋭く…はぁはぁ、はぁ…はぁ…」
今、攻撃をまともに喰らえば致命的なのは間違いない。ジッパムにとっては危機。
しかし、不意にあの幼少期に味わった悔しさがこみ上げる。才能に対する妬みからその拳を強く握りしめた。
「はぁ、はぁ…まだ、こんなものではっ、終われませんっ!!」
「っ!?」
ブンッ! ガッガッ!!
「きゃっ、う…!!」
低い姿勢での足払いを小さくジャンプして咄嗟にかわすスィルカ。だがそれを見越していたのか、ジッパムは空中の彼女に向けて両腕を伸ばし、2発をその膝下に見舞った。
いわゆる弁慶の泣き所――――人体にある急所の一つ。僅かな衝撃でも強い痛みを発する部分。
「はは、迂闊でしたね! これでしばらくは素早い動きも鋭い蹴りも困難なはずっ!!」
勝機と見たジッパムは、間髪入れずに攻勢に転じる。
低い姿勢から一度後方へバク転して立ち構えに移行すると、再び間合いを詰めてスィルカに襲い掛かる。
案の定、着地こそなんとか出来たものの、痛みで上手く立ち上がれずにいる相手に、そのまま右脚を真っすぐに伸ばして蹴り込んだ。
ビッ……バウンッ!
「ぬぐっ?! こ、れは…っ」
「足が使えんゆーても、そう簡単にはいかせませんよって!」
スィルカの右の二の腕が下からジッパムの蹴り足を叩き上げ、そのまま腕の間接で挟み、彼女の乳房の上を掠めたカカトが、上下に揺れたその柔らかいクッションに弾かれるように持ち上がる。
もちろんバストがいくら大きく柔らかいといっても、足を弾き上げるわけがない。たまたまタイミングよく彼女の右腕が、挟んだジッパムの右脚を持ち上げただけだ。
しかし、そのバストが上下に大きく揺れたという事はつまり、勢いよくスィルカが立ち上がったという事に他ならない。
「(まさか…もう痛みが引いたとでも!?)」
気づいた時には、下方に向かって真っすぐに伸ばした右脚が、高い位置に持ち上げられる形になって――――――ジッパムは、片足立ちの状態で掴まえられてしまった。
「迂闊でしたねー。少しばかり痛い目を見てもらいますよって、覚悟してくださいー」
「くっ、そうはいきませ―――――?!」
ジッパムは、左足1本立ちの状態から、あえてその軸足を捨てて飛び上がった。左でスィルカを蹴り上げようとしたのだ。
しかしそれは見越されていた。
彼女が無駄のない動きでもって、その蹴り上げを背中を掠める程度にかわし、そして…
ガシッ!
「てぇぇぇぇぇぇいっ!!!!」
「うぉおおあっ!!?」
左手でジッパムの右足首を掴むと、全身で左回転。まるで自分を芯にしてジッパムを巻き込むかのよう。
そしてそのまま―――――
ズダァンッ!!!
「ぐはっ!!?」
最初、スィルカの向きとは逆の裏側、その地面へとジッパムの身は叩きつけられる。あまりに強く叩きつけられたせいで身体が軽く跳ね、10cmほどの隙間ができた。
「ここっ……せええぇいっ!」
ドカッ!!
「くあっ!!」
大きく蹴り上げられる。決して小さくも軽くもないジッパムが、スィルカの頭の上付近まで上がった。
そして――――
「てぇぇえい、やぁあっ!!!」
ドガァッ!!!!
「ぐぶっぅ!!!」
全身で回転しての左脚による回し蹴り。ジッパムは思いっきり吹っ飛ぶ。誰の目から見ても明らかに重く入った3撃。
彼はもう立てないんじゃあないか? ―――――観客はそう思いながら闘技場の上を注視していた。
だが。
「げふっ! …はぁ、はぁ…ごほっ、がほっ! …ぜぇ、ぜぇ…はぁ、はぁ…」
「これでもまだ立ちよりますかー…はぁ、はぁ……」
スィルカはこれで決める気で手加減なしに攻撃したつもりだった。しかし、それでも立ち上がってくる可能性自体は考えてはいた。
格闘技は武器を用いた戦闘よりも打撃を貰う事が多いだけに、それを嗜む者は往々にして見た目よりもタフだったりする。
同じ格闘技を修めている者として、ジッパムが立ち上がってきた事に彼女は驚きはしない。驚きはしないが、少し困ってしまう。
「(ウチの体力もかなり削られてしまいよりましたし、これでも立ち上がられるとなると……うーん)」
男性に対してはどうしても力で劣る。なので勢いと技でもって威力を補助しているスィルカだが、その渾身の蹴りは決して軽くはない。
それを受けてもなお立ち上がってくるジッパムに決め手が見えない。
「はぁ、はぁ…はぁ、…まだ、まだ…ですよ、ふ、ふ……ごほっ、はぁ…はぁ」
咳に僅かながら吐しゃ物が混じっているのか、吐き出す唾液に色が見える。吐血がない分、内臓へのダメージはなさそうだが、このまま打ち込み続ければ、そのうち赤いものを吐き出しそうで少し気が引ける――――と、そんな事を思っていると、ジッパムが突っ込んできた。
「おぉおおおおおお!!!!」
らしくないほど感情的な咆哮を上げながら迫って――――感覚が間延びする。
「またですか。けれどこれはもうタネが分かってますよって!」
ヒュンッ、ビュビュンッ!
「!? どこにもっ…いない? …ッ?!」
ガッ!!
スィルカの左二の腕にジッパムの蹴りが入る。だが威力は弱く、吹っ飛ぶほどではない。
「くううっ…まさかっ?」
打撲は避けられないダメージ。だが痛がっている暇はない。すぐさまスィルカも打ち返す。
ドカッ!
「ぐふぅっ…う、おぉっ!!」
ブンッ、ビュッ、ブゥンッ!
気迫は十分だが、明らかに攻撃に勢いが乗っていない。ジッパムの攻撃をかわしつつ、スィルカはカウンターで弱~中程度の攻撃を次々と加えていく。
ビシッ、バンッ、ドシッ!
「くぁっ、ぐ、ううう…ま、まだまだっ」
感覚が間延びし、ジッパムがゆっくりと腕を引いて、拳を突き出してきた。
「(しつこいですねー。……ですけど、これは……?)」
本物の攻撃を認識できない。相手との距離が近く、一瞬で攻撃が当たる間合い。にも関わらず、自分に打撃がまだ飛んでこない。
全身を緊張させて攻撃に耐えるつもりでいたスィルカだが、相手の狙いを理解すると、その場で軽く垂直に跳ねると、クルンと急回転して蹴りを放った。
バシッ!!
「うぐっ!? …こ、こちらの位置を…っ…」
・
・
・
「即座に攻撃が飛んでくる間合いで、それがない。という事は自分の死角を取らんと移動している……相手の位置が掴めないなら掴めないなりに対策を取れるわけだな」
「な、なるほど。勉強になりますっ」
ノヴィン相手に悠長に解説をするシオウは、こうなる事は分かり切っていたといった具合だ。
「けどシオウ、大丈夫なのか? いやスィルカの姫さんの事じゃなくてお前の方だよ」
ジッパム相手にかなりダメージを負ったスィルカ。普通に考えれば、次は闘技場を降りて副将のシオウにバトンタッチするところだろう。だがシオウは変わらず飄々としている。
「ん。まぁ、なんとかするしかないだろ。それにまだ彼女はやる気みたいだぞ?」
実際、闘技場の上のスィルカは、ジッパムを相手にしながらも、どこか次を見据えて戦っているように――――連戦する気満々に見えた。
「で、ですがシオウ様…シルちゃん、あんなに怪我をして…ああ、またあんなに強くされて」
ハラハラしながら闘技場から目を離せないミュースィルは、さながらスィルカの保護者のようだ。
しかしそれでもシオウは次戦のための準備をしようともせず、いつもと変わらずもへーっとしていた。
・
・
・
「(ここから勝利するためには……一撃で沈めるしかありませんが……)」
もう呼吸が乱れっぱなしでまったく整わないジッパム。だがよく粘っている。制限時間いっぱいまで粘り切る事も視野に入れられるだけの時間も経過している。
だがその前に自分の方が持たない事をジッパムは理解している。どこかで勝負に出る必要があった。
「はぁ、はぁ…ふぅ、どうしますー? まだ頑張る気ですかー?」
そんな彼の意はスィルカにも予想できていた。自分が彼の立場ならそろそろ一撃に賭けた行動に出るだろう、と。
「そう、ですね…はぁ、はぁ…ぜぇ、ぜぇ……、もうひと頑張り、させてもらいましょうか」
魔力を集中する。これが最後だ。
ジッパムにとってチームが勝利すれば問題なく、自分のここでの役目は彼女を疲弊させる事にある。あわよくば勝てればなお良しだが、どのみちもう連戦は不可能。
「(全て搾りきるっ! そして…勝利をこの手にっ)」
その瞬間、シオウがピクリと微かに身を揺らし、表情を僅かに険しくした。
「! ……アイツ、危ないな」
「おおおおおお!!! ぬうううぅうううっ、……はぁはぁ…いき、ますよ…っ」
ドンッ!!!!
渾身の踏み出し。ジッパムの身体が間延びしながらスィルカに迫る。
「さすがにもう慣れましたよって、…この辺ですかっ?!」
ビュビュビュゥッ!!!
ドヒュッ!! ビュンッ!! ブゥンッ!!!
ビッ、ビッ!! ビュッ、ビュビュビュンッ!!
「(?! おかしいですねー、どこにもいない? ……また死角に回り込んでる……にしては、時間かかりすぎとちゃいます?)」
今までとはパターンが違う。
スィルカは必然、どこから不意の攻撃が飛んできても最小限のダメージにおさえられるようにと全周囲に気を配っている。
「(まだ来ません……いくらなんでも遅すぎるんと違います? 虚像の方がもう到着しそうで―――――)」
だが、目前まで近づいたジッパムの虚像が、不意にブレた。そしてそのまま中空で乱れて掻き消えていく。
「!? 一体どうなってるんです?? 相手さんは……」
「ジッパム選手、戦闘不能!! 勝者、スィルカ様!!」
急に勝利を宣言される。
スィルカが何が起こったのかと困惑しつつ周囲を見回すと、その理由はすぐに判明した。
ジッパムは、スィルカの左前方5mほどの位置で倒れていた。ピクリとも動かない。
・
・
・
「ブレインアウトだ」
「えーと、それなんだっけシオウ?」
リッドが少し間抜け面で聞いてくるその横から、はいはーいとを手を上げて答えるノヴィン。
「確かー……魔法とかを使い過ぎるとなるっていう症状…ですよねシオウ先輩??」
「正確にはごく短時間で魔力を大量に消費しすぎると起こる症状だ。気絶…下手すると絶命する事もあるから、魔法を扱うヤツは使用間隔を考えてのペース配分は必須なんだが…ジッパムの奴、そんな事も忘れるほど熱くなってたみたいだな」
スィルカへの勝利宣言が終わった後、闘技場の上では気を失ったジッパムが担架に乗せられようとしていた。
「もしかして先ほど危ないとおっしゃっていらしたのはこの事ですか、シオウ様?」
「ミュー、よく聞いてたな。ああ…ジッパムの奴、勝負を賭けようとして虚像催眠のために大量の魔力を捻りだしていた。明らかに無理してるのがみえみえだ」
「おかしいと思ったんだよ。途中まで移動したかと思えば、急に動かなくなっちまって…隙を伺ってるにしちゃおかしいしさ」
ちょっとつまらない結末だなと言わんばかりに、リッドは両手を頭の後ろに回して欠伸を一つかく。
「で、でもこちらの勝利ですよ! これでまた僕たちが1歩優位になりましたねっ」
「そうだな。んじゃま…そろそろ…」
珍しくシオウが、自分の木杖を取り出して、なにやらクルクルと回転させはじめた。
「お? なんだシオウ、珍しくやる気かー?」
「いんや、準備運動みたいなもんだ。出番まではもうちょっとあるだろうが…んー、そうだなー……2連勝、さて…できるかどうか…」
3人はよく聞き取れなかったが、発したシオウの尻つぼみな言葉は暗に、敵の副将と大将相手に自分が勝利しなくてはいけないという事を意図していた。




