第6章4 ダミー・ヒュプノス
2回戦―――――チーム・リッドvsチーム・ハルの試合は、ジッパムとスィルカの中堅同士の対決に入る。
副将と大将がまだ残っているとはいえ、リッド達はかなり追い詰められた形だ。もし彼女がここで負ければ、チームの敗退は濃厚となる。
絶対に負けられないという気負い。だがスィルカ自身はそれを十分に理解していながらも、よく落ち着いていた。
「(2年上……けど、実力は恐らくウチの方が勝ってるはず……)」
傲りではなく、ここまで分かっている情報からの真っ当な分析。
奇しくもジッパムも同じ格闘メインのスタイルだが、先のノヴィンに対する動きを見れば自分より数段劣っているのは明らか――――下手すると素人に毛が生えたレベルと評してもいいほど、スィルカから見てなっていない。
しかし、そんな技量としては低レベルな格闘術を相手に、ノヴィンはあっさりと間合いの侵犯を許し、武器を破壊され、闘技場の外へと蹴り出されてしまったという事実がある。しかもスィルカから見たジッパムの実力から考えると、違和感を覚えるほど一方的だった。
その実力と結果の噛み合わなさがスィルカの精神に、緊張と平静さを丁度良く同居させてくれている―――――結果、慎重と警戒を得るに至る。
「(ノヴィンさんが言うには、迫ってきたのはちゃんと分かっていたけれど感覚が間延びしたような感じになって……って事でしたけども。さて…)」
確実に何かある。しかし残念ながら闘技場の傍らからではまったく普通にしか見えなかった。
開始線に立つと注意深くジッパムを観察しつつ一礼。スィルカに油断はない。
「では、これより試合をはじめます。両者構え……、…………はじめっ!」
審判の開始の合図と共にいつもならすぐにも飛び出すスィルカ。だが今回彼女は、初動ではあえての待ちを選んだ。
「(シオウさんの言うてた可能性ゆうんを確かめんと……)」
相手の戦闘における実態。まずはそれを探らんとしてスィルカは小さく構え、相手の出方を伺う。
ジッパムはノヴィンの時同様、構えらしい構えを取ることなく立ち尽くしている。だが、彼女の受けの姿勢を数秒観察したかと思うと、やはり微笑を浮かべ―――
「攻めてはこないというのであれば、こちらから行かせてもらうといたします」
「(?! これは、この感覚は…何やら伸びている?)」
スィルカは、ジッパムが迫ってくるのをちゃんと見ていた。ゆっくりと自分に迫ってくる相手を捉えていた。
同時に、自分の感覚がおかしい事にも即座に気付く。熱い湯にのぼせた後のような、空気が重いような、ハッキリとしているのにぼんやりしているような、この世の全てがスローになっているような、そうでないような…
だがスィルカは、その感覚を己の心中で嘘と断じる。一度両目を瞑って開く…と、同時に!
「…。ここっ!」
ビシュッ!!
まるで見当違いなタイミングと場所へ蹴りを繰り出した。
「っう!?」
当然のように空を切る。しかし当たらなかったというのにジッパムは、驚きを露わにした。
スィルカに迫りきる前に着地するとワンステップ踏んで後退し、間合いをあけ直す。
「……まさか。もう見破られましたか?」
ジッパムはすました顔だ。しかし頬に一筋、汗を流している。
「……いいえー、カマかけみたいなもんですねー。けど、どうやら思ってた通りやったようで、少し安心ですー」
片足をあげたまま得心いったと微笑むスィルカ。
ゆっくりとあげた足を下ろすと、それが地に着くと同時にジッパムに向かって飛びだした。攻勢に転じる。
「うっ、くっぅ!? なんと…っ」
ビュッ! ビビッ!! ビシッ、ドシィッ!!
彼女の左右からの連続蹴りになんとか対応するも、彼の左右の腕がほぼ同時に強い痛みを発っした。防御した両腕を、ジンジンと痺れるような感覚が広がってゆく。
スィルカがジッパムより格上なのは確実。男としても上年次生としても屈辱だが、それは前もって分かっていた事。ショックを受ける事ではない。
「は、速い…です、ねっ。…ですがっ!」
とはいえ、彼とて彼なりのプライドがある。実力で下回るからといって、簡単に勝利を諦めるのは父の血が許さなかった。
ボッ!
繰り出されたジッパムの右脚による蹴り。
空を裂いてスィルカに向かう――――が、やはり遅い。
そしてその攻撃の遅さに同調するようにスィルカの感覚が引っ張られ、間延びする。
「……、…この辺とちゃいますかっ!?」
ヒュッ、ドカッ!!!
「くぅぐっ!?!」
スィルカの認識では、何もない空間に蹴りを連続で放っただけ。しかしジッパムは吹っ飛んで闘技場の床を転がる。
そして見えていたジッパムの右脚による蹴りは、中空にて上下に乱れながらその像が掻き消えた。
「やはりそーゆー事ですかー。どうやってるかは知りませんけれども “ 虚像 ” をウチに見せてたゆーわけですね。感覚がヘンになるんは催眠かなんかでしょうかねー?」
ジッパムは見破られましたかと呟きながら、身体を起こす。
「その通りです…ぅ、はぁはぁ…私の “ 虚像催眠 ” をこうも早く見破られるとは、さすがはルクシャード皇家に連なる御方という事でしょうか?」
「いいえー。そーゆーんやのーて、ウチのチームのちっこい先輩が可能性として話といてくれてただけですー。そして事実、その通りやったわけですが」
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「…さて、問題はここからだな」
「? どういう事だよシオウ。相手の技を見破ったんなら、後は楽に勝てるんじゃないのか??」
だがリッドに首を横に振って見せるシオウ。
それを受けてノヴィンとミュースィルも闘技場の上からシオウの方へと目線を動かした。
「確かにおおかた予想した通り、催眠術を取り入れた “ 認識ズラし ” だった。けど催眠系の技はカラクリが分かったからといって無力になるわけじゃない。その効力自体は効いてるんだからな。自分の戦い方でいつも通りに…とはいかない」
「えっと…スィルカさんの方が不利という事でしょうか??」
「いや。五分か、あるいはこっちの方がまだ有利なくらいだよ。相手の手の内が分かっていて対策が取れる分、少なくともノヴィンの時みたいに一撃を貰って場外に飛ばされたりする事がない。ただ…」
そこまで聞いて、リッドはポンッと両手を打ち合わせる。
「そうか、こっちの攻撃も確実に当てられないんじゃあ、試合を決める一発を入れにくくなるな。見えているのがアイツの虚像だけって事は、本物がどこにいるのか目で見て追えないワケだし」
「え、それではシルちゃんは、当てずっぽうに攻撃するしかないのですか?」
そういう事だと二人の理解を肯定してシオウは闘技場に視線を戻しながら続ける。
「戦闘中にガッツリと催眠をかける事は難しいから、操ったり誘導したりとかは出来ない。せいぜい虚像を見せて惑わすのが限度だろう……けど、ジッパムにとってはそれで十分なはずだ。敵が自分を捉えにくいというだけでも結構な事だしな」
真っ当にやりあえばスィルカが圧勝する力量差。
しかしこの学園の学生全体で見ればジッパムの格闘術もそう悪いものではない。そこに虚像催眠という技を組み合わせれば、強い生徒相手でもかなり戦えるようになる。
「けどさシオウ。アイツが言ってた “ 虚像催眠 ”ってやつ? どうやって相手に虚像を見せるなんて事してるんだ? 催眠術ってなんかもっと時間かけてかける感じだと思ってけど、こういう試合でいつそんなモン相手にしかけるんだよ??」
実際、ノヴィンの時もスィルカの時も、事前にジッパムと接触したりといった事はしていない。彼と対峙したのは闘技場に上がってからで、真っ当に向き合うのは試合開始までの僅かな時間のみ。その間に催眠などかけられないだろうとリッドは疑義を感じていた。が、シオウの答えはアッサリとしたものだった。
「普通の催眠術とは違うな。多分だが魔力を用いている。精神系魔法…まではいかない半端な魔力を活用して、結果として催眠術に近しい効果を得ている。だから厳格にいえば催眠術とは言えないな」
「な、なんだか詐欺くせぇ技だなー…」
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「(――――――て、シオウさんに教えてもらっといたんはええですけども…)」
実際にそれを相手にするのは非常に大変だった。
何せ目で見えてる敵もその動きも全てが嘘。見えていないどこかに本物がいて、それを探り当てるように攻撃を繰り出さなければならない。
なので、必然的に範囲の広い大振りな蹴りや対応するための体さばきが増えてしまう。威力の乗らない機敏で弱い連続攻撃を仕掛け、数撃ちゃ当たるで位置を探ったりする必要もある。
体力は無駄にどんどん削られてしまうのが、この後の試合も視野に入れている彼女にはキツい。
そしてジッパムも格闘術の使い手。大きな隙を見せれば、相手の攻撃で重いダメージを受けてしまうだろう。
実際にスィルカは、ジッパムの技を見極めて以降もその身に幾度かの攻撃を受けて、多少なりともダメージを負っていた。
「ふぅう…さすがに強い。分かっていた事ですが、こうも年下の女子に苦戦させられますと、苦々しい気分になりますね」
「そでしたら、早々に負けてくれてもええんですよー? ウチもその方が助かりますよって」
スィルカの軽口にもジッパムは笑みを浮かべる。もちろんその提案を受け入れるわけはない。むしろやる気に火が付いたようだ。
「勝利を諦めるわけはなく、かといって勝ち目は薄し。…ですが、こちらもタダで負けるわけにはいきませんね……あがきますよ、まだまだね!」
バンッ!
かなり強く床を蹴った音。今度のジッパムの接近では感覚が……間延びしない!
「!! 直で来よりますかっ」
「はーーーーっっ!!」
咆哮と共に拳が繰り出される。虚像ではない。見えるまま、そのままにスィルカの身を打ちにくる。
ババッ、ブンッ!! ビッ! ビッ!
パンチとキックを織り交ぜた素早い連撃。だがスィルカにとってはさほどのものでもなく、これに楽々と対処する。
ガッ、バシッ……ドウッ!!
「くうっ、まだまだっ! これならっ、いかがですかっ!!」
カウンターで腹に一撃を貰うも、堪えて間合いを維持するジッパム。
そのままさらにやり返さんと攻撃を繰り出し―――――今度は感覚が間延びする!
「! 織り交ぜてきよりますかっ。……タイミング、場所……、この辺っ!」
ビュビュンッ!!
ジッパムの実像がいると思われる場所に目ぼしをつけて蹴りを数発飛ばす。だが全て空振り。間髪入れずに別の場所へ切り替えて、更に攻撃を放つ。
ビュッ、ブンッ! ビュフッゥ…
3撃目。何か物体のすぐ近くを通り抜けたような空気の流れを感じた。
「! そこっ!!」
「はぐふぅっ!!」
ドグッ!! ザザッァッ!!
「はぁはぁ、…くうう、やはり…当てて、きますか…はぁ、はぁ…」
彼女に蹴り飛ばされたものの、少し後退したところで留まるジッパム。
かなり息が乱れているが、スィルカも呼吸が乱れはじめた。
「はぁ、はぁ…はぁ。…ふぅ~、面倒な戦い方しよりますねー。さすがに、いい加減にしてほしいかもですー」
「フッフッフ、すみませんね。こちらも勝利に貢献したいですから…チームのねっ」
感覚が間延びする。だが今度は少し様子が違った。
「(!? 止まったまま…動きません?)」
今までは、全て攻撃せんとする動きが伴った上での虚像催眠。だが今度はジッパムの虚像か実像かは判別つかないが、まったく動こうとしない。
少し上半身をかがめて両脇をしめた構えのまま、じっとスィルカの様子を伺って――――
「――ッく!!」
シュドォッ!!!!
強烈な打撃音と共にスィルカの身が横に吹っ飛ぶ。
目の前にいたはずのジッパムは、スィルカの右側から彼女に向かって正拳突きを放っていた。
「う…はぁ、はぁ…はぁ、はぁ…。そういう手も、できるんですねー。…ふーぅ」
ゆっくりと起き上がるが、構えを取ろうとして軽くよろめくスィルカ。直前で気づいて咄嗟に防御したとはいえそれなりのダメージは免れなかった。
「すみませんねお姫様。こちらも勝たんがために必死なんですよ」
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「今の…どうしてアイツに反応できなかったんだ? 横に回り込んだのにさえ気付いてなかったけど…」
「虚像催眠とやらだよ。今までは攻撃する時に使って、ジッパム自身の攻撃の命中率を高めたり敵からの反撃を受けにくくしていた。そんな使い方をするのはあの技があまり長く持続させられないからなんだろうが…今回は動いていないところから使ってきたな」
「? それはえーと……攻撃じゃなくて、自分がどう動くかを隠す目的で使ったって事ですか?」
ノヴィンに頷き返すと、シオウは移動したジッパムの方を見る。
「横に回り込むまでで精一杯なんだろうな。もしそのまま攻撃まで間に合ってれば、スィルカは防御すらできずにまともに喰らって、今頃は立ち上がる事もできなかったな」
「で、ですがシルちゃんは、今までは相手に対応できていましたよ??」
「いや、それと今回は違うんだよ姫さん。今まではアイツ、攻撃しようと近づいてきた時に虚像催眠だかを使ってた。それが長続きしねぇ技って事は、当てずっぽうでもこっちの攻撃が当たる範囲にあの野郎がいる可能性が高かった」
「だが、今度は止まった状態から用いてくるわけだからな。相手の動きの開始、そして距離なんかからある程度は迎撃のタイミングにヤマをはれていた。それが実際の本体がいつ動き出し、どこに移動しているかが分からなくなった。位置の推測が困難になってしまった以上、対応する事は無理だな」
リッドとシオウは淡々と教えてくれるが、その内容はスィルカにジッパムを捉える術がないと言ってるも同然。
ミュースィルは心配の表情を浮かべて闘技場の上のスィルカを伺う。だが対照的に、リッドとシオウは平然としていた。
「…なぁシオウ。アレを仕留めるとしたら、やっぱ方法は一つくらいだよな?」
「だな。彼女なら分かってるだろうし……ま、問題ないだろうな」
二人はまるで、スィルカの勝ちを既に確信しているようだった。




