第6章1 難であるは不明たればこそ
1回戦の突破――――結果だけを見れば順調だ。
しかしその1回戦の苦戦で、個々の力頼みな戦い方では勝ち抜けない事を思い知ったリッドは、2回戦に向けて少し早めに皆を集めて相談する事にした。
「1回戦であんだけ苦戦したんだ。今更だけど、やっぱキチンとチームとして色々考えてかないと、勝ち抜けていけないと思うんだ」
「ですねー。正直ウチも、もうちょっと楽勝でいける思ってました。反省ですー」
そう言ってスィルカは、自分の両頬を軽くたたく。
中に休みの日を挟んだとはいえ、休息はあまりしなかったのだろう。その腕と脚に1つずつ付いている絆創膏は、練習に励んだ証だ。
「ま、連日連戦にならなかった分、気持ちの切り替えと疲労回復は出来たな。ウチのチームにとっちゃラッキーなハプニングだ」
そう……本来なら大会は、最後の優勝チームが決するまで連日に渡って行われるスケジュールであった。
ところが先の1回戦最後の試合で、ミュースィルが派手で勢いのあった魔法を用いて見せた事が少し物議をかもしてしまったのだ。
簡単に言うと、学園運営の学外責任者連中――担当の大臣や官僚など――が重度のケガ人が出る事を怖れ、大会運営責任の教師陣に不安をぶちまけたのである。
万が一の事あらば、自分達が責任を取らされる事になる、どーしてくれるんだ?! という現場を知らないお坊ちゃまな高権力者達の、身勝手な保身からくる文句。
当然、フラッドリィら教師達は自己保身しか考えていない彼らに内心舌打ちをしながら、宥め説得するハメになったわけなのだが―――――――
『……防衛用で攻性魔力を中和する系の設置式魔導具とか、治癒系強化用とかを導入すれば? 安いヤツで十分事足りるだろ。…もちろんその分の費用は私費から出してもらって……責任取らされて利権全部失うとかよりかは安く済むだろ?』
約束通り試合後に色々と話をまとめるべく、ヴェントとアレオノーラを伴ってたまたま通りがかったシオウが投げた一言。
教師陣に詰め寄っていた情けなくも醜いお貴族様達は、簡単にそれに喰いついた。
彼らとしても、出来うる事ならこの大会を続け、有望な選手を国際大会に送りたいと思っている。上手く結果を残せば、王城にて学園担当を担わされている学外責任者たる大臣たちは、それを自分の成果として誇る事ができ、皇帝の覚えも良くなるからだ。
だが、今年は生徒にその皇帝の実子であるミュースィルや皇家親戚筋のスィルカなどが在籍し、しかも選手としても参加している。大怪我でもさせようものならそれこそ自分達の立場が一瞬で吹っ飛ぶ大事となろう。
学園利権と保身―――――1回戦の試合を観覧した事で保身に傾いていた彼らの中の都合のいい天秤が、シオウの一言によって再び釣り合った。
結果、試合会場の設備強化などの工事が行われる事になり2回戦までは数日、間が空いたのである。
「(そうなるのを狙ってたんじゃないかってすら思えるが、さすがにそこまでは読んではいない……よな??)」
リッドはまさかなと思いつつシオウを眺める。1回戦でのシオウ不在と、それによる頭脳担当の不足が致命的になる事を痛感したからこその今である。今度はしかとその智を借りなければと、気持ちを引き締めた。
「それで、2回戦はどうするんですか?? オーダーは変えられないんですよね?」
ノヴィンの言う通り、一度提出した戦闘順は変更不可能。なので相手チームの戦闘順を予想して相性のいい者をぶつけるといった事はできない。
もっとも相手も順番が固定しているので、特にリッドやノヴィンのように先鋒次鋒を務める者は、自分が戦う事になる相手が分かりやすいため、対策を練りやすくもある。
「基本方針は、やっぱりウチとリッド先輩の2本柱で行くしかないと思いますけれど―――――」
「いや、次はそうも言ってられないだろうな。一番キツい相手だろーし」
「ハルという方のチームは、そんなにお強いところなのですか?」
言いながらミュースィルは、シオウの表情を覗き込むようにする。いつもと変わらないが、若干…そう若干真面目そうにも見えなくもない気もする。
そこから1回戦よりも大変な相手と当たったのだという事を感じとった。
「チーム・ハル。予選成績第二位で、戦績は10戦中8勝2分で敗けなし。個々は別としても、チームとしての地力だけならチーム・ガントにも劣らない相手だよ」
「そ、そういえば1回戦で、確か僕たちと予選成績がほとんど同じのチーム・ズッテロと対戦して勝ち上がってきたところですよね?」
ノヴィンが、不安そうにシオウを見た。
「そ。しかも余裕の全勝ストレートでな。チーム・ズッテロが少し可哀想になるくらい一方的だったそうだ」
伝え聞いただけで試合は見てないがと付け加えつつ、勝つには相当厳しいねと言わんばかりに肩をすくめて見せ、スカートの中から堅パンを取り出してくわえた。
「具体的にはどーなんだ? 俺達もあのチームの試合は誰も見てないんだ」
言いながらリッドは、シオウがくわえたパンをその口から引っこ抜く。反対側を軽くちぎって自分の口に放り込むと、隣にいるノヴィンに手渡した。
「まず先鋒がエンリコだ。リッドは知ってるよな?」
「! ……アイツか」
その名前には覚えがある。リッド自身、戦技演習で何度か手合わせした事もある同年次生の男子。
「どんな相手なんですー? そのエンリコいう人??」
「安定感のあるタイプって言いたいとこだけど…よくわからん。正直、オレは苦手というか」
歯切れが悪いリッドに変わり、シオウがスィルカの疑問に答える。
「基本は剣と籠手…まぁ今のリッドのスタイルに近しい感じだ。ただ動き回らずに防御を硬める印象かな。安定して相手の攻撃をいなす事に定評があった。もっとも普段の戦技演習での話だがな」
「なんか不気味なんだよアイツは。戦技演習じゃ皆手を抜いてるってのは分かっちゃいる事だけどさ、アイツは特にこう…いやらしい何かを隠し持ってる感が強いんだよな…」
リッドの話に、怖いですねーと相槌を打ちながらノヴィンも堅パンの一部を千切って、隣のスィルカに渡す。
「ま、油断ならない相手ってのはチームの戦績を考えても当然だな。次鋒はカッスーン、短い打棒の二刀流タイプだ。できればリッドにはこの二人を抑えきってもらいたいが……」
しかしシオウは、それは簡単ではないだろうなと言って両目を伏せた。
「カッスーンならそんなに強いって印象はないぞシオウ??」
「ああ、問題はエンリコ戦だ。それを踏まえてお前がこの二人を連戦で勝ち抜けるか…と言われたら、俺の中じゃ5分だと思ってる」
「つまり、その先鋒のエンリコという方がそれほど難しい相手なのではないか、とシオウ様は思われているのですね?」
その通りとミュースィルに頷き返すシオウ。
そんな二人の様子にリッドはちょっと面白くないものを感じる。慢心しているつもりはないが自信はあるからだ。二人抜きくらいワケないさ、と言いたいところだが1回戦の事もあって、あまり強くは出れないし、調子に乗るべきじゃないなと自分を律する。
「チーム・ハルで面倒なのはその先鋒のエンリコと、副将のハル、そして大将フランコの3人だ。リッドが2人抜けるか否かでその後は変わってくると言わざるを得ない」
「と、ゆーことは…もしリッド先輩が2人抜けたとすると-、ノヴィンさんに相手の中堅がんばってもらって、ウチが副将・大将に当たるーいう感じですか?」
そう言うと、スィルカは堅パンを千切ってミュースィルに渡した。
「ま、理想はな…。そうはいっても次鋒と中堅が弱いってわけでもない。1回戦や予選の試合ほど楽でない事は確かだよ」
「うう、ぼ、僕緊張してきました…」
ノヴィンは耐えきれないとばかりに、千切った型パンの欠片を勢いよく口の中に放り込み、長々と咀嚼し続ける。
「気楽にー、と言ってあげたいところですけども、今度ばかりはノヴィンさんにも気張ってもらいませんとあかんっぽいですねー」
スィルカも、千切った堅パンをさらに小さく千切って丁寧に口に運ぶ。これけっこー美味しいですねー、などと言いながらノヴィンとは正反対にリラックスムードだ。
「シオウ様、何か皆さんにアドバイスとかは……特にノヴィンさんには必要そうですけれど、何かありませんでしょうか?」
ミュースィルも回ってきた堅パンを千切りながら問う。そしてハイと残りをシオウに返した。
「んー、そうだな。…って俺のパン、半分以下になってるし。まぁいいか、あむ。んー……」
30cm長だった堅パンが10cmほどになって返ってくる。それを口にくわえてピコピコと上下に揺らながら、シオウは少し考え込んだ。
初日の一回戦、勝ち残ったのは5チーム。
―― チーム・ガント
―― チーム・ハル
―― チーム・モロ
―― チーム・リッド
―― チーム・クォンタス
2回戦では、予選第一位のチーム・ガントにシード権が与えられ不戦勝の3回戦進出決定。残りの4チームが対戦し、シードと合わせて3チームが3回戦へと上がる形だ。
そして3回戦ではこの2回戦の後に行われる敗者復活戦で勝った1チームを合わせての4チームで対戦となる。
だが敗者復活戦に出れる対象は、1回戦の敗退チームのみ。
つまり、この2回戦で負ければ終了……どのチームも絶対に負けられないと意気込んで挑むであろう事は必至。
・
・
・
「(しかも、僕たちの相手はチーム・ガントを除いて成績上は一番強いところ…)」
改めて2回戦も厳しくなりそうだとノヴィンは緊張する。今、闘技場の上に先鋒のリッドが上がっていったところだが、やはり1回戦の時と比べてどこか緊張しているように見えて、次鋒の彼はますます心身を強張らせた。
その隣で、闘技場の上に先に上がって待機していた相手を見ながらスィルカは、うーんと首をひねっていた。
「相手のエンリコってどんな人なんですー? 貴族っぽい感じですけど…ミュー姉様、何か知っていますかー?」
「いえ…同年次生ではありますけれど。そういえば学園でお見掛けした事があまりないかもしれません。社交界でもあのような方を見た覚えは……ないような…??」
貴族の子息で同世代であれば、どこかのパーティーなどで姿くらいは見かけているはずだ。もっとも全ての貴族が集う会というのは存在しないので、家の格が大きく離れていれば見た事がない可能性も出てくる。
だが、少なくとも学園の生徒で特に同年次生であれば、どこかの授業なり演習なりで見かけるはずだが、ミュースィルにはまるっきり相手の記憶がなかった。
「ミューが知らなくてもしゃーなしだ。アイツはかなり変わり者で、自修棟に篭って普段の講義とかよくサボってるからな。研究者肌…と言えば聞こえはいいが、進学に関係する科目を最低限渋々出てくる感じだから、同年次生でもアイツの事を良く知ってる奴は少ない―――――…で、なんで俺を見る?」
「いえ、シオウ先輩みたいなのが他にもおるもんなんですねー思っただけですー」
スィルカの皮肉を、確かに同類っぽいっちゃぽいかもな、と軽く受け流しながら闘技場に視線を戻す。
試合はまだ開始直後…
エンリコは、確かに前情報通りの武装と構え。しかしシオウは、リッドには武装とそこから考えられる戦闘スタイルは無視しろとアドバイスしている。
というのも―――――
ボッ! ブァッ!!!
「あっ、ま、魔法!? あの人魔法を使いましたよ!!?」
「やっふぁりな…むぐむぐ」
予想通りの光景だと傍観しながら、シオウは2本目の堅パンを頬張っていた。
「炎の基礎魔法か。けど発動が早いな…危ない危ない」
「ヘヘヘ、大方シオウあたりにアタリを付けられてるだろー思ってたよ。けどよく避けた、赤髪」
剣と籠手はブラフ。いや、実際にこれまでの試合ではそれらのみを使った正統派な剣術で勝利している事を考えれば、そちらの腕前もそれなりなのだろう。
だがエンリコの本分はまず間違いなく魔法使い――――それがシオウの予想だった。
「類は友を呼ぶってか? 見破られる事は折り込み済みみてーだな」
「へへへ、シオウの奴もボクのように真面目であったならいーい求道者になれただろうがぁな。あの不真面目さはなんとも惜しい事さ、へへへ」
独特の喋り方と口癖がなんとも怪しい。リッドはこのエンリコの醸し出す雰囲気がどうにも苦手だった。
だがこうして対峙した以上は嫌悪ばかりもしていられない。
「(さて、こっちに手の内がバレても問題なしって態度だが……)」
互いに数度振り合った剣戟の後の基礎魔法攻撃。虚をついてダメージを与えるためというよりは、むしろ自分からバラすためと感じたリッドは木盾を握る手を強めた。
「(最低でもさっきの2、3段上の魔法攻撃は繰り出せると見とくべきだろーな)」
おそらくは剣による攻撃に絡めて魔法攻撃を繰り出してくる。そう相手のスタイルを想像しかける、が――――
「へへへ、じゃあ次いくぞーぅ、赤髪っ」
飛び出すと同時に放ったその一言。加えてシオウからの忠言が頭の中を猛スピードで駆け抜ける。
――― 武装と、そこから考えられる戦闘スタイルは無視した方がいい ―――
シュィィッ!! ブオンッ!!!
受けの体勢を取っていたリッドに黒い球体が飛来した。




