〇閑話:魔法の杖 ――――――
「ほう、そのような事が可能とは…。魔導研究所の者どもが知ったなら、さぞ驚くであろうな」
皇帝は、娘の話に対して素直に興味と驚きを露わにした。
皇正妃も交えた家族の語らいの場。話題はミュースィルが1回戦の大将戦にて使用した “ 魔導部材 ” とその効果に関するもの。
報告にはない、当事者によるその時のより詳細な話を聞きたい――――というのは建前で、娘といっぱいお話がしたい――――という皇帝の意を受けてひらかれた家族のお茶会は、既に1時間半にも及んでいた。
――――――大将戦の直前。
『ミュー。コレを杖の持ち手に巻き付けて、練習した “ 風 ” と “ 炎 ” の組み合わせでやってみ』
そう言ってシオウより渡されたのは、建物などの建築時に組み込まれる生活機能を担う魔導具の中に使われる部材の一つであり、ありふれた “ 魔力吸収保持シート ” だった。
その名の通り、魔力を吸収し保持するための部材だが、効果としては1リットルの水の温度を30度まで引き上げられる温熱を出せる程度の魔力量を取り扱えるだけ。一般的な知識と常識の目で見たなら、些末この上ない品だ。
ミュースィルは最初、魔法を使うにあたり魔力のチャージが遅く苦手な自分のための補助アイテムだと思った。それを用いる事によってチャージ時間が1秒でも短くなれば良し、くらいの感じなのだろうと。
ところが、である。
ドグァァゴォォォォオオオオオッ!!!!!!!!
『え』
『……ぬなぁぁあっ!?』
ミュースィル自身が驚く暇も与えられず、反動で後ろに大きく吹っ飛ぶほどの勢いの攻撃魔法が、オグワスを場外まで一瞬で吹っ飛ばしてしまった。
シオウに言われた通り、大会前に練習していたパターンの一つ、風と炎の基礎攻撃魔法を組み合わせたもの。
練習の時には、それぞれを単体で用いるよりかは多少は勢いよく渦巻く炎を出せるという程度でしかなかった。
ところが今、オグワスを襲ったのは炎の突風…いや、嵐の後の増水して濁流で堤防を破壊する大河の如き、猛烈怒涛なる大炎であった。
闘技場の端に転がりったミュースィルは、角度によっては下着が見えるみっともない体勢である事にも気付かないままに呆気に取られて放心。
場外に落ちたオグワスも全身を焦がしたまま、何が起こったのかまったくわからないとやはり放心。
審判達も軒並み全身と表情が固まったままで、我にかえって勝者をコールするのに数秒を要した。
「まぁ…ミュースィルちゃん、そんなに強くなっていたの? ママもミュースィルちゃんの雄姿を見て見たかったですよ」
のほほんとのたまうシンシアに、夫がいやいやいやとそうじゃないだろうと隣からツッコミを入れている。
「それは…その魔導部材のおかげ、という事なのだな?」
「はい、そうだと思います。ですが御父様…あれは間違いなく、特別な品ではありませんでした」
皇帝の問いかけの真意は、娘が渡された魔導部材のシートが本当に世にありふれているソレであったのかどうかという疑問。
ミュースィルはその意を汲み取り、先だって解を述べた。そして続ける。
「後で御聞きいたしましたところ、シオウ様も “ アレの効果は魔力を少しばかり多めに吸い上げるためだけの意味しかない ” とおっしゃっていました。あと…」
試合後、ミュースィル達がシオウから聞いたカラクリはこうだった。
1.魔導部材のシートを介する事で魔力チャージの際、ミュースィル自身より少しばかり多めに魔力が集められる。
2.チャージ時間は同じなので、単純に魔力量がいつもより多くなる。
3.なので、同じ魔法であっても魔力量が増えている分、派手になった。
聞けばシンプルな話だが、そんな風になるものなのかと両親はいまいち納得しきれない様子だった。
そしてその疑問は当時、ミュースィルも感じた事。もちろん更に問う事で、その解も得た。
「お話によりますと、“ 威力が大幅に増したというより、魔力量を上げた事で分散・軽暴走状態を意図的に出させての派手化 ” が狙いだと…」
「軽暴走…とはどういう事なのだ??」
言葉面だけでいえば物騒なワードが飛び出す。当然娘を心配する親バカな皇帝はそこに引っかかった。
シオウは、ミュースィルが未熟である事を逆に利用した。
練習で修得した魔法の組み合わせ。
しかし彼女の意図しない――――認識外で込める魔力量を増大させると、彼女にコントロールしきれない魔力が少し出来る。
そのコントロールから外れた少しの魔力が至極小規模ながら、一瞬の暴走を起こす事によって、その爆発力で発現した魔法そのものを煽り立てる……
「“ 自分で意識して魔法に使用する魔力量を上げれば、全てがミューのコントロール下に入る。けれど認識しきれていない増加分の魔力はミュー自身が途中で気づかない限り、非コントロール状態…つまり軽度の暴走が起る ”」
ミュースィルは、シオウから聞いた時の文句そのままに話す。これも王侯貴族の間では当たり前の作法の一つ。
自分流に解釈してから話す事も重要だが、自身の手に負えない範囲の、第三者から聞いた言葉は嘘偽りなく伝わるように、一語一語違えることなくかの者の言葉として話す。
「 “ もっとも、魔導部材を利用するアイデアは敵さんのパクリだがな。相手もやってる事だし、何より魔導部材そのものが攻撃魔法の発動に耐えきれずに消し炭になるから問題なし。手元に何も残らなかったろう? ”…と、言われましてからはじめて私の手元にあったシートが消失していたと気付きました」
「それはつまり、そのシオウという者…全て計算ずくであったという事か」
「シオウ様の事ですから、きっとそのような目論見であったと思います。それに風と炎の組み合わせもお相手のチームの、別の方の試合を見てそれでいかせようと思ったとも言っておられました」
それを聞いて皇帝は、ピクリと片眉を動かす。それをミュースィルとシンシアは見逃さない。
今のミュースィルの発言に、皇帝の心に残るものがあった事は明白。話を静かに聞いていたシンシアは、微笑を浮かべつつカップを手に取り茶をすすった。
「多くの知者は、己が知と見識に絶対の自信を持っておる。故に自己の意見にて完結して譲らぬ見解を述べる者が多いが…そのシオウという者は、いつか一度会ってみたいものよな」
ミュースィルは父の言葉に少し驚いた。その驚きとは、シオウもまた似たような事を言っていたからである。
それは試合後、魔力チャージ時間がかかる自分の魔法を、相手がチャージ完了まで待ってくれなかったら負けてたのではという、ミュースィルの疑問に対するシオウの解答。
『知に頼った戦い方をする俺やオグワスみたいなのは、まず観察しようとする。オグワスの奴が最初、ミュースィルの初手を待つだろうってのは容易に想像できた。リッドやスィルカのように、とにかくやってみて身体で覚えていくタイプならともかく、そういう賢しい系ってのは自分の考えで完結したところから機転がきかなくなる奴も多い。だからそういうのには、最初にドカンと大きいのをぶっ放して一気に決着をつけるのが最善手だ。逆に時間をかけて考える時間を与えると手ごわくなるタイプだしな』
・
・
・
「しかしそこまで有効なものであるというのならば、我が国の魔導研究所にも伝え、軍用の攻撃魔道具にてそのアイデアを取り入れさせてみるのも良いやもしれん」
少し考えこんでいたミュースィルは、ハッとしてその父の考えに否定を示した。
「それは不可能かと思います、御父様。シオウ様はこの手は二度は使えないとおっしゃっておりました」
「ふむ? それはなぜか??」
妙案だと思っていたのだろう。少しだけ不服そうな表情を浮かべる父に、ミュースィルはシオウとの会話を思い出しながら説明する。
「まず、シートが一度の使用で消失してしまいました。そしてシオウ様曰く、あくまでも派手さが増しただけであって、威力そのものが大きく上がったというわけではないそうです。ですのであれだけの勢いと強さがあったように思われる魔法が当たった相手の方も、全身が焦げついてはいましたけれど大きな傷を負ってはいないようでした」
「ええと…それはつまり、あくまでも実態は “ コケおどし ” でしかないという事なのね?」
母の確認に頷いてみせる。
妻と娘に言われた事で父は諦めたようで、少しだけ肩を落とす。そして気分を変えようとしてか、お茶のカップを勢いよくあおった。
娘との会話の中、皇帝として父として、デキるところの一つも見せたいという気持ちがあったのだろう。そんな夫の心を見透かすように、シンシアはクスっと軽く微笑んだ。
心が落ち着き、皇帝は考えてみれば、と思い直す。
「その程度で簡単に攻撃力が増すのであれば、当の昔にどこかで行われている事よな……うぅむ、魔導に関する知を深めねば、そう簡単に良き案は浮かばんか」
「あら、でしたらそのシオウ君をお呼びして、教えてもらえばよろしいのではなくて? なんといってもミュースィルちゃんの意中の男のコ! 未来の義母としてぜひとも今から交流しておきたいですし♪」
「お、お母様、ですからそれは―――――」
否定が遅れた。そんな事をしれっと父のいる前で言えばどうなるのかわからない母ではない。明らかに確信犯―――そして当然ながら
「なぁぁぁぁにいぃぃーーーーー!!?? みゅ、ミュースィルよ! それは、それは本当か!? 男が、我が娘に悪い虫がぁぁっ!??」
「お、お父様も落ち着いてくださいませ。そもそも私には許嫁の御方がおりますゆえ」
「! あ、あぁそうだったな。…じゃが、それとこれとは別であろう。ワシの可愛い娘に手出しする男がいて、お前がそちらに心奪われんとは言い切れん……ううう、や、やはり学園に近衛の何人かを送りつけ、四六時中護衛体制を――――」
ミュースィルは、はぁ、と深くためいきをついた。
もしそんな事をされたら、学園での生活が息苦しいものとなってしまう。
「(…あの事はご報告しないほうがよさそうです)」
少し前に、まさか男子に迫られて貞操の危機に陥りかけた、なんて聞いた日にはこの父は本当に学園に直轄の近衛部隊を乗り込ませかねない。
いや、この分では自分がシオウに好意的であると知っただけでもそうしかねないかもしれないと。ミュースィルは自分の父親かつこの国の皇帝様にありがた迷惑を感じていた。
語らいの時は終わり、ミュースィルが退席した後…
「よろしいではありませんかアナタ。ミュースィルちゃんも恋の一つや二つ…それに、フェル・クアルドの王子様はまだお見つかりにないのでしょう?」
妻、シンシアの言葉に皇帝はムッとしかける。
なぜならルクシャード皇帝にとって、フェル・クアルド国の現王は古くからの大親友であり、若い頃はお互いに子供が出来たら許婚にしようと約束した相手。
その息子たる王子は、当然その約束どおり、生れた時からミュースィルとは許嫁の関係にあり、その事は二人が産まれた時、大々的に喧伝した事だ。
しかし妻もそれはよく理解している。その上での発言であり、それは皇帝とて分からないわけではない―――――娘の将来。
だからこそ、彼は抱きかけた怒気を鼻から息を吹き出すのと一緒に外へと棄て、平静を保った。
「……。フェル・クアルド王子の行方不明の事件は、我が国にも責任がないわけではない。友の念願の第一子の報に浮かれるままに、暗がりの動きの察知を怠たってしまった。ミュースィルと会わせんと思いて生まれたばかりの無防備なる時期と考えもせずに招待したのはこちらぞ」
第三者の悪意に狙われたとはいえ、自分達が浮かれて警戒を怠らなければ―――それは、友として一国の主として同じ子を持つ父親として、今でも悔やみきれない事として、皇帝の心の奥深くに刻まれていた。
「それに、王子には悪いが…行方不明捜索中の身であり、御隠れになったわけではないとして、許婚の約定を守ってきたからこそ、有象無象の欲の深い貴族どもが言い寄ってくるのを回避し、娘を守る事ができた」
国家の頂点、その娘たる姫ともなれば、国内のみならず国外の王位継承権のある王子からも求婚がくる身分である。
だが皇帝は友との約束をこの17年、頑なに守ってきた。
きっと見つかる…いや見つけ出して見せる。子に恵まれた自分とは違って、親友が望んで止まずにようやく得られた第一子でしかも男児。
そのため、許婚の約定は誰が何と言おうと取りやめる事はしなかった。そしてそれを娘に言い寄ってくる男を難なく払いのける口実として利用もしてきた。
「我が方でそこまでしておいて…しかも行方の手がかりすらまだ掴めぬ内に許婚の話をなかったことにしてくれなどと、フェル・クアルド国王に言えるものか……、最近ご夫婦そろいてまた痩せられたとも聞くしな」
「……そう、ですわね……本当に、私たちは幸せ者なのでしょうね」
シンシアも、かのご夫婦の心痛を想えばそれ以上の事は言えなかったし、皇帝同様に娘が望むのであれば、このまま一生どこにも嫁にいかずとも良いとも考えている。
何せ上に兄が3人いるのだ。皇室としては後継に問題はないし、女の子たる姫は今のところミュースィル一人だけ。
将来が決して明るいとはいえない、どこかの王侯貴族へと安易に嫁がせる道を取らせてしまうのであればいっそ独身のまま自由に暮らして欲しいとすら思う。
しかしそんな可愛い娘が、この17年ではじめて異性の話を聞かせてくれた。もしそう望むのであれば、母として娘が選んだ男性に嫁がせてやりたい。たとえそれがどんな身分の相手であろうとも。
「……ともあれ、ミュースィルは可愛い我が娘だ。望むというのであればワシも娘の選択を尊重したい。じゃがそれは娘自身が決める事……あの娘が自分で望みを申してくるのであれば、ワシとてそれを受け入れる」
夕刻。バルコニーに一陣の風が舞い込む。
シンシアはクスっと微笑むと、つつがなく城内へと戻るために、この辺で茶化しの一言を入れる事にした。
「…本当にそのような時がきましたら、アナタはそれはもう頑なに “ お前のような男に娘はやらん! ” と言いそうですわね♪」
「っ! そ、そんなことはな―――――あ、コラ待たぬかシンシア! ワシはそんな態度は取らんぞっ……たぶんっ」
まるで10代の恋人のような雰囲気とやり取りをしながら、二人は城の中へと戻ってゆく。
その中で皇正妃シンシアは願った。
友国の至宝が無事である事……そして、愛娘が将来、幸せな道を歩んでくれる事を。




