21日目:やる気とポンコツ
日向は目を輝かせて、ページタイトルを読み上げる。
「明日から、完全ペーパーレス化計画!」
「..........」
全員が一斉に口を紡いだ。
明らかに会議室に不穏な空気が漂う。
しかし、日向はお構いなしに続ける。
「紙資料はすべて廃止!」
「資料はすべてタブレットで!」
「コピー機も減らせば、印刷代も削れます!!」
「どうですか?この案!!!!!!!」
自信満々。
やり切ったという表情。
右手をグッと胸の高さで握りしめて、斜め上を向いている。
御影が静かに手を挙げる。
「日向さん、質問です。」
冷静に口を開く。
「はい!」
日向が元気よく返事をする。
「すべてタブレットとありますが、導入は全社員に行うつもりでしょうか?」
「はい!もちろん!!!!」
小鳥遊が声高らかに答える。
「全員に配らないと、結局は持っていない人が紙資料になってしまいますし!」
「全員に配ったほうが平等かなと思っています!」
「では、導入コストは?」
「.........えっと」
日向が目線を泳がせる。
「うちの社員が........」
資料に視線を落とす。
グラフには導入した際の削減コストや、1人当たりの短縮される時間が記載されているが、導入コストなどの肝心な記載がない。
「さ、300くらい........?」
日向がしどろもどろと答える。
「527名です!」
御影が淡々と続ける。
「では、会社が527台をペーパーレスのために購入すると?」
「は、はい..........」
御影の圧に押されて、次第に声が小さくなっていく。
「この資料ですと、一台3万円相当を想定されていますが、お間違いないですか?」
「はい!そこは、経費削減を考えて!安いタブレットを検索しました!」
「業務利用で、現在の弊社のセキュリティー基準を満たすものとなると、一台につき約9万円ほどかかりますが?」
「え!?」
「そのあたりは、どうお考えでしょうか?」
怜奈の追撃が続く。
「え、えっと........」
「何か、小鳥遊さんのほうで、セキュリティー基準を満たすシステムの開発が進んでいるのか?」
「それとも、そのあたりの考えが抜け落ちていて金額設定をしてしまったのか?」
「............」
日向の顔が曇っていく。
「現在弊社のセキュリティー基準を満たすシステムを開発するのは、一人や二人では不可能であると思われますので、現実的な線では9万円台のタブレットを527台購入するということになりますが、お間違いないですか?」
「............」
もはや、日向のHPは0であった。
しかし、怜奈の猛攻は続く。
「1台9万円として、527台だと........4743万円の経費ということになりますがよろしいでしょうか?」
日向の顔からすっかり生気が失われている。
「また、導入した際の研修や、外部からのセキュリティ監査、社内に残っている紙の資料をすべてデータとして移す際の人件費となりますと、軽く見積もっても1億近い金額になるかと思われますが?」
「は、はい.........」
すでに日向の口から魂が出ているように感じる。
「こちらを、明日から行うと?」
御影の視線が鋭く光る。
「い、いえ.........あの........」
生希はすでにこめかみに手を当てている。
その時、奥からは豪快なわら声が聞こえてくる。
「ハハハハハハハハ!」
「いいじゃないか!1億円とは!夢のような数字だな!」
「夢はでかいほうがいい!!」
佐久間部長は腕組みをして楽しそうに笑っている。
「は!はい!!!!」
「そうです!!!まずは、大きなプランからのほうがいいかなと思いまして!」
部長のフォローに乗っかるように、日向が部長の後に続く。
「で、でも、、、」
「次もあります!!」
そういうと、日向はさきほどの失敗を振り払うように資料のページをめくって見せた。
「第二弾!!!!」
日向は自分を奮い立たせるように胸を張る。
「ウォーターサーバー全撤去計画!!!!」
「..........」
タイトルを聞いて、生希の中にはすでに嫌な予感が漂う。
「会社のウォーターサーバーを全撤去して、社員全員マイボトル持参にすれば!」
「メンテナンス費!」
「電気代!」
「レンタル料!」
「すべて削減できます!!!!」
名誉を挽回するかのように声高らかに発生する。
「社員の方の健康意識も上がりますし!」
「何より、今現在ウォーターサーバーの水を飲むのに使っている紙コップも撤去できます!」
「エコですし!」
「さっきの案と違って、なにより、購入費というのがありません!」
日向は自信満々にうなずいて見せる。
――しかし。
ゆっくりと怜奈の手が上がる。
「え、、、、!?」
「み、御影さん.........」
日向は、さきほどの記憶が蘇ったかのように、恐る恐る御影の名前を呼ぶ。
「ウォーターサーバーの撤去ですが、ここはビルの16階であり、ご存じのように、この階にはトイレの蛇口以外、給水用の蛇口はありません。」
「もし、マイボトルを忘れた際の社員の方の給水はどうお考えですか?」
「..........か、買う?」
すでに、日向の声には御影に対する恐れが感じられる。
「また、ここは会社という都合上、来客もあります」
「来客された方への飲料の提供などは?」
「え、えっと.........」
「それと、今は夏場。エアコンはあるといえど、熱中症対策として給水は必須」
「もし、社員のどなたかが熱中症などで倒れ、会社に給水設備がないとなれば、会社の責任になるかと思われますが、その辺はどうお考えになられていますか?」
「..............」
また、日向の顔から生気が抜けていく。
「コスト削減よりも、福利厚生や労災などの面からそもそも問題がありそうですが」
力尽きている日向に怜奈が追い打ちをかける。
「で、でも........」
半べそになりながら、日向が次のページへと進もうとすると.........。
その瞬間。
「小鳥遊さん」
御影の声が飛ぶ。
「........はい?」
日向のページをめくる手が止まる。
御影は日向の返事を聴くと、淡々と続ける。
「次の案ですが.........」
会議室に不穏な空気が流れる。
「まさかとは思いますが、冷房を切るなどということは考えておられませんか?」
その言葉とともに、生希と部長も資料に目を落とす。
そこには「カラフルなうちわ」のイラストともに、何やら涼しげな絵が描かれ、タイトルには.......。
『うちわで乗り切る!夏の節電プロジェクト』
の文字が書かれている。
「...........」
生希が静かに顔を覆う。
部長はそれを見てニヤッと笑ったが、おそらく暑い環境のほうが筋肉にいいとかいう単純な発想なのはすぐに分かった。
「い、いや........だって........」
「こっちのほうが、電気代が.........」
日向が弁解を始めようとすると。
「うちわで扇ぎながら、キーボードを叩けるのですか?」
御影の鋭いツッコミが放たれた。
「............」
会議室の時間が止まる。
日向の顔からは、すでに最初のキラキラした輝きは失われている。
その空気を見て、やっと生希が口を開く。
「.........まあまあ、日向君も一生懸命考えてきてくれたわけだし.........」
「最初は、そういう思い切った考えも大事かなと思うしね.......」
苦笑いしながら、生希がフォローすると、日向の目に輝きが戻る。
「え!?じゃあ.........」
その続きは言わなくても分かった。
「採用はしないけどね」
生希がきっぱりというと、再び日向の顔がしょんぼりする。
「まあ、こういうのはいきなりはできないから、ちょっとずつね!」
そういうと、日向の背筋が少し伸びた。
「ありがとうございます!」
一つお辞儀をすると日向は席に着いた。
日向の表情が少し明るさを取り戻したところで、会議室にも穏やかな空気が戻った。
生希は机の上の資料を閉じると、全員の顔を見て小さく息を吐くと
「まあ、今日は顔合わせってことなので........」
三人の視線が、自然と生希に集まる。
「今日は会議室も1時間しか抑えていないみたいだから、お互いの雰囲気が分かっただけでもね」
そういうと、生希は手帳を取り出す。
少しだけリーダーっぽく振舞ってみる。
「じゃあ、次回までにそれぞれ実現できそうな案をもう少し整理して持ってくるってことで!」
そういうと、三人がうなずき、それぞれ席を立つ。
生希は、誰もいなくなった会議室の中を見渡し、忘れ物がないかを確認し、部屋を後にする。
ドアを閉める。
誰もいない廊下にカチッとドアの閉まる音がした。
その瞬間。
「........はぁぁ」
体の力が一気に抜けて、壁にもたれかかる。
さっきまで張っていた神経がほどけていくのがわかる。
「.........疲れた」
思わず声に出る。
別に何か決まったわけでもない。
別に何か行き詰まったわけでもない。
それなのに。
妙に疲れている。
普段は話さない初対面の人。
やったこともないプロジェクトリーダー。
自由なメンバー。
全部が少しずつ精神に効いていた。
ふと、廊下にかけられた時計を見る。
12時ちょうど――。
「..........あ」
1時間が怒涛過ぎてすっかり忘れていたが、昼だった。
途端に、そのことを思い出したかのようにおなかが鳴る。
――ぐぅぅぅぅぅうううう。
誰もいない廊下に響き渡った気がした。
さっきまでの緊張が消えたせいか、一気に空腹を自覚する。
「..........腹減った」
声に出してみると、余計に体が自覚した気がする。
自然とポケットに手が伸びる。
財布の感触。
「............」




