婚約の打診
数日後。フィーリアは王城近くの騎士訓練場を訪れていた。兄ヴィセリオに誘われて、彼と合流したら、フィーリアの呪いの状態を詳しく見るために聖教会に行くことになっている。
近衛騎士達も訓練を行っているこの訓練場は、フィーリアも何度か訪れたことがある。そのため、訓練場の入口付近に立っていると、顔見知りの騎士から声をかけられた。
「フィーリア嬢。ヴィセリオ殿に御用ですか?」
「はい。わたしは、この辺りでお兄様がいらっしゃるのを待っています」
「このようなところで立っているのは疲れるでしょう。中にお入りください」
と、外で待っていようと思っても、心優しい騎士達は訓練場の中に入れようとしてくれる。いつヴィセリオが出てくるか分からない中ずっと立っているのは確かに疲れるので、フィーリアはその心遣いに感謝して、彼らに案内されながら訓練場の中に入った。
何人かの騎士達とすれ違うので、フィーリアは微笑みを浮かべながら労いの言葉をかける。数名の騎士は頬を紅潮させており、訓練で体を動かして熱が籠っているのだろう。
「……あれ、フィーリア嬢。どうしてここに?」
待合室のような部屋の前に着くと、フィーリアは誰かから話しかけられて振り向いた。炎のように赤い髪を持つその人は、フィーリアのクラスメイトであるシルヴァン・レール。普段会話することはないが、兄繋がりで少々の関りはあるのだ。
「シルヴァン様、お疲れ様です。わたしは、お兄様を迎えに来ました」
「そうなんだね。ヴィセリオ殿は、まだ試合中だから、もうちょっと待ってもらわないとだめだね」
そう話していたシルヴァンだが、彼はふと言葉を止めてじっとフィーリアの顔を見つめる。黒曜石のように綺麗なその目に魅入られていると、彼は人差し指を顎に添えて首を傾げた。
「フィーリア嬢は、やっぱりとても可愛いね」
「……はい?」
あまりに唐突な言葉に、フィーリアも彼と同じように首を傾げた。シルヴァンはにこりと明るい笑みを浮かべて、呆けているフィーリアの手をそっと取った。
「よかったら、私と婚約してくれないかい? こんな場所で、申し訳ないのだけど」
「…………」
フィーリアは、今度こそ言葉を失って黙りこんだ。急なことで、頭が追い付かない。婚約の打診をするには、確かに場所が適していない。周りには他の騎士達がいる状態である。彼らは、何故か恐ろしい形相でシルヴァンのことを睨んでいる。
ユリース侯爵家とレール侯爵家は、身分的には近しく婚約の相手としては申し分ない。そんな考えがぱっと思い浮かんだが、フィーリアはこの婚約をそのまま受け入れる気にはなれなかった。
「あの、シルヴァン様。申し訳ありませんが——」
「——何をしているのかな、シルヴァン」
フィーリアが断りの言葉を言う前に、低い声が遮る。フィーリアの手は、気が付いたら別の人の手の中に包まれていた。
「私の見ていないところでフィアのことを口説こうとしていないよね? 君は知っていると思うけど、フィアの婚約者になりたいのなら、まずは私を倒してもらおう」
フィーリアを隠すように彼女の前に立ったヴィセリオは、こちらから表情を窺うことはできないが、とても怒っているようだ。後ろにいるフィーリアでさえ、魔力にあてられて肌がピリピリする。
「ヴィセリオ殿に勝れる者がフィーリア嬢の婚約者になれるだなんて、相変わらず鬼畜な条件ですよね。残念ながら、私では貴方を倒すことはできません」
フィーリアからは、ヴィセリオの背中のせいでシルヴァンの姿を見ることはできないが、声の様子から呆れている雰囲気が伝わってくる。