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熱に包まれて


「でもフィアとのファーストダンスは私のものだよ」


 ヴィセリオは、フィーリアとルーンオードがダンスを踊ると知ると、圧のある笑みを浮かべながらそう言い切った。ルーンオードと顔を合わせるなり、彼らはバチバチと目線で火花を散らした。

 夜会において、ファーストダンスを踊る相手は婚約者や恋人、もしくは兄妹であることが基本なので、ヴィセリオはファーストダンスの座をルーンオードに譲ろうとしないのだろう。学園のパーティーなので、気にしなくてもいいとされているのに。


「ええ、分かっていますよ。貴方はフィーリア嬢と前々から約束をしていたのでしょうから、その間に入ろうとは思っていませんよ」


 ルーンオードも圧のある笑みを浮かべ、ヴィセリオに応戦している。その二人の間に挟まれたフィーリアは、曖昧な笑みを浮かべた。


「お兄様。そろそろ始まるので、会場の中心に参りましょう」

「ああ、そうだね。行こうか」


 ヴィセリオは優しい笑みを浮かべ、フィーリアを見た。彼に促されて、フィーリアは彼の左腕に手を絡ませる。


「ルーンオード様、また後程」


 ルーンオードに頭を下げ、フィーリアはヴィセリオにエスコートされながら会場の中心に向かった。会場の中心にはダンスを踊る人達が集まり、ソフィアとルディの姿も見える。

 フィーリアとヴィセリオは向かい合って、互いに微笑み合った。音楽が流れ始めると、フィーリアはヴィセリオのリードに従って、三拍子のリズムに合わせて足を動かす。


「お兄様、先程の魔法、とても綺麗でした。わたし、感動しました」

「フィアがそう言ってくれるだけで、やった甲斐があるよ」


 ヴィセリオは微笑んで、フィーリアの背に手を回した。くるりと一回転すると、ドレスのスカートがふわりと浮く。


「……フィアのそのドレス、本当に似合っている」

「ありがとうございます。お兄様が選んでくださるものは、素晴らしいものばかりなので」

「それはとても嬉しいな。だが……」


 ヴィセリオは微妙な顔をしていて、不思議に思ったフィーリアは首を傾げた。このドレスを選んだ時、彼は面白くなさそうな顔をしていたことと関係があるのだろうか。


「お兄様。どうなさったのですか?」

「……実はそのドレス、私が贈ったものではないんだ」

「え? そうだったのですか?」


 フィーリアは驚いて目を丸めた。何故彼は嘘をついたのか、そしてこのドレスは誰から贈られたものなのだろう、と彼女は考える。フィーリアにドレスを贈るのは、父と母、ヴィセリオ、祖父と祖母といった親戚のみ。彼ら以外の人から贈られることは、基本的にないはず……。


「どなたが贈ってくださったのですか?」

「それは秘密。私から教えるのは、癪だからね」


 ヴィセリオは片目を瞑って、フィーリアの唇に人差し指を当てた。それと同時に、一曲目が終わる。


「このまま二曲目もフィアと踊りたいな」

「ルーンオード様とお約束をしたので、それはできません」


 落ち込んだ様子のヴィセリオに微笑みかけ、フィーリアはルーンオードの姿を探した。彼はレティシアの隣に立ち、鋭い瞳でこちらを見ていた。フィーリアが見ていることに気が付いた彼は、少しだけ目元を和らげる。

 ヴィセリオが腕を差し出したので、フィーリアはその腕をとってルーンオードの元に向かった。


「ルーンオード。私のフィアに、変なことをしたら許さないよ」

「変なこと、というのは具体的にどのようなことかを聞きたいところですが、二曲目が始まってしまうので」


 ルーンオードはフィーリアの前に立って、恭しく一礼した。フィーリアも一礼し、彼と目を合わせる。


「それでは、参りましょう」

「はい」


 手を差し伸べられたので、フィーリアは自らの手を重ねた。彼の指先は、少し冷たかった。




 ルーンオードと向かいあう。体を触れ合わせると、自分の高鳴る心臓が彼に聞こえてしまうのではないかと心配になる。

 彼の目を見ることができず、目を伏せていると、ルーンオードは小さく笑みを零した。思わず顔を上げると、深い蒼い瞳がじっとフィーリアを見つめていた。

 頬に熱が集まる。彼の大きな体に包まれているような気持ちになって、落ち着かない。それでも、熱を孕んだ彼の瞳から目を離すことはできなかった。

 何を話したらいのか分からない。しかし、この時間が心地よかった。

 

 ——ルーンオードはいずれ、レティシアと契りを結ぶだろう。そして、フィーリアも別の人を見つけて、その人と婚約する。そうすることが、二人とも生き残る最善の策。

 

 それでも、今だけは、心地よい彼の熱に包まれていたかった。

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