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「はい。それはもちろんついていきますが……」
「そうだ。せっかくなので、レイナがお気に入りの白いワンピースに着替えてもらって……」
「へ? 外へ行くのにですか?」
「大丈夫です。ほとんど馬車の中ですし、行き先は人があまりいないところです」
良い意味で恐怖だった。人があまりいないところというのが非常に引っかかる。
まだ婚約者同士だから人目につかないところでなにかしようと考えているのか? 優しい上に紳士なジュライト様だから、それは多分ない。
治癒魔法をもっと強い魔法にするような特訓を極秘で教えようとしてくれているのか? それはそれで嬉しいが、この会話の流れでそれはガッカリしてしまう。
好きですって言ってもらえるのかなぁ……!? うん、それが一番嬉しい! 言われなくても、私はジュライト様にそう伝えたい。
と、色々と妄想してしまい、それもまたドキドキとしていた。
♢♢♢
お気に入りの白のワンピースに着替え、膝上まで生足状態だ。
しかし、ジュライト様は極力私の足元には視線を向けず、あくまで紳士な振る舞いを見せてくれていた。
普段は段差のある馬車に乗る時は私が先に乗り、落ちないようにジュライト様が支えてくれている。
しかし、今回に関しては先にジュライト様が先に乗り込み、私は手を握られたまま引っ張ってもらい乗る体制だった。
「お気をつけて」
「は、はい」
乗り込んだときに気がついた。
馬車に乗る際に段差があって、ジュライト様が普段通りの位置だと、ワンピースの中がどうしても見えてしまうことになっていただろう。
気を使わせてしまって申し訳ありません。だが、そこまでしてお気に入りのワンピースで出掛けるようお願いしてきた理由ってなんなのだろう。
王宮方面へと進んでいるが、馬車は王宮を通過した。
その先は普段人が足を踏み入れることもないと言われている、ちょっとした山である。
坂路を進み、小山のてっぺんまで来てしまった。
「到着です。危険ですので私が先に降りますが、目は瞑りますのでご安心を」
少しくらい薄目で見てくるのでは? などとほんのちょっぴり期待してしまったのは内緒だ。
紳士なことは嬉しいが、少しくらいは期待もしてみたい。
それほどジュライト様に夢中になってしまっているのだから。
しかも本当に誰もいなく、ただただ静かな場所だ。
「ここでなにをするのですか……?」
覚悟を決める必要も本気で考えてきた。
いざそうだとすると、まだ心の準備ができていないから恐い。
ジュライト様は、片膝を立てて私の左手を握ってくる。
「遅くなってしまいましたが、どうしてもレイナにここでこれを渡したかったのです。今日ようやく取りに行くことができまして」
「こ……これは……」
「以前指のサイズを計測したでしょう? 婚約指輪です。受け取っていただけますか?」
すでに泣きそうだ。
グッと堪え、婚約指輪に目を向ける。
私の髪と同じ金色をベースにしたリング。そのリングに付いているのがなんという宝石かはわからないが、とにかく綺麗で輝いている。それもジュライト様の水晶のように透き通っているようで優しい雰囲気を出している群青色の瞳をイメージしたもの。
一生懸命選んでくれていたんだろうな……。
やばい、泣きそう。
「どうか、景色もご覧ください」
「へ……?」
周りが見えていなかったため、一度落ち着き景色を見渡す。
夕日が沈みそうな王都の街並みが一望できる。
とても綺麗で神秘的。
「レイナが王都の人たちを治癒魔法で救い、街中に活気をもたらした風景です」
「…………」
もはや言葉が出てこない。
「レイナが一番気に入っているワンピースで来てもらいたかった。お互いに好みの着こなしで好きな相手とここへ来ると幸いが訪れると言われているのですよ。無理強いして申し訳ありませんでした」
「とんでもないです。嬉しすぎて……なんと言ったら良いのかわからず……」
「それなら良かった。愛していますよ、レイナ」
私の想像していた一歩どころか、百万歩も先のサプライズをしてくださった。
神秘的な王都の街並みが私たちを祝福してくれているかのような雰囲気だ。
婚約指輪を付けてもらい、私もまたジュライト様にもう一つのお揃いの婚約指輪を付ける。
「これから先、貴族との衝突もあるかと思います。しかし、どんな時でもレイナと一緒に添い遂げ、乗り越えていく覚悟です」
「あり……ありがとうございます……」
ダメだ。やはり堪えることはできなかった。
大粒の涙を溢し、そのままジュライト様に全身を預けることとなったのである。
ジュライト様もまた、私を優しく抱きしめてくれた。
念のために言っておくと、身体の体重をそのまま預けて抱きついただけであり、それ以上のことはなにもない。
紳士なジュライト様に、これからもずっと愛を誓っていく。
絶対に!