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「おはようございます奥様~、起きましょう~」
「うーん……」
「奥様が寝坊されては旦那様が心配されてしまいますわ」
はっ!
寝坊という言葉を聞き飛び起きた。慌てて外を見ると、すでに太陽がだいぶ昇っていた。
「やらかしてしまいました」
「よほどお疲れだったのですか?」
「奥様の治癒魔法使いすぎでお疲れだったのでは~?」
ネネとココが心配そうにしてくれている。
でもそうじゃないんだ。
なかなか寝付けなかっただけで、その理由は別にある。
ジュライト様の顔が近すぎてドキドキしてしまって、その記憶が目を閉じるたびに思い出されて興奮してなかなか寝れなかった。
こんなこと、口が裂けても言えない。
「ジュライト様は……?」
「心配して部屋の外で待機していますわ」
「紳士ですからね~。婚約者が無防備な状態のところに部屋へ入ることを拒んでいましたよ~」
顔が近くても唇を奪うようなことはしてこなかった。
そこはしてくれても良かったのに。
なに考えてんだ私。
ジュライト様とおはようの挨拶をするべく、大急ぎで寝着からワンピースへ着替えた。
私が大きくなってしまったため丈の短いミニスカートになってしまったが、これが一番のお気に入り。
ジュライト様からの贈り物だと知ってからは躊躇することもなくなった。
公爵邸内で客人が来ない時に限り、愛用して着ることにしたのだ。
「おはようございますレイナ。今日も可愛いです」
溺愛しているかのようなセリフと表情。勘弁してほしい。
心臓が保たないし睡眠不足になりそうだ。
「おはようございますジュライト様。遅くなってしまい申し訳ございません」
「良いのですよ。ですが、なにか体調が悪くて起きれなかったとかですか? それとも、なにか悩み事が?」
「めっそうもございません! 元気ですよ」
睡眠不足の主な原因が、ジュライト様の溺愛モードであることを言えない私。
「そうですか。なにしろ昨日は治癒魔法を何度も使っていたでしょう? 疲れてしまったのではないかと心配でした」
「魔法は大丈夫ですよ」
「少しでも身体に疲れを感じるようになったら言ってくださいね! 絶対にですよ!」
ジュライト様が私の両手を握りながら甘い言葉をかけてくる。
ネネとココが見ているというのに……。
二人ともニコリと微笑むだけだ。
「それにしても不思議ですね、このワンピース。何年も経っているとは思えないほど綺麗な状態。とても大事にしてくれていたのですね」
「あ、実は……その……」
誤解をさせたままでは申し訳ないため、しっかりと話そう。
実はアルミアに奪われて、ワンピースに取れないシミがついてしまったこと。ダメ元で治癒魔法をかけたらシミも取れて新品同様に直ってしまったことを話した。
「人だけでなく物まで修復してしまうとは……。レイナの魔法に驚かされるばかりです」
「あのう奥様~。もしかして、これも治せたりしますでしょうか……?」
ネネが頼み事をしてくるなんて初めてだ。
見せてきたのは壊れて身に付けることができなさそうなネックレス。
さらに劣化とは思えないような汚れが付着していた。
「私の旦那様からいただいた宝物なんです……。いたずらに奪われそうになってその報復で汚され壊されてしまいまして……」
いつも明るいネネの元気さがなく、悔しいような寂しいような雰囲気だった。
しかも、その発端がなんとなくアルミアなのではないかと疑いたくはないがどうしても疑ってしまう。というより、ほぼ間違いない。
ネネは名前こそ出してこなかったが、宝物がこのような汚れ方をする理由は意図的なものでしか考えられない。
「申し訳ございません……」
「そんなぁ、奥様が謝ることではありませんから」
とにかく治さなきゃ。
アルミアのやらかした責任は私にもある。
なによりも、ネネの寂しそうな顔は見たくない。
『治癒したまえ、ヒール』
ネックレスが光に包まれ、汚れが消えていき元の輝きであろう状態に戻った。
さらに切れていた部分もしっかりとつなぎ合わさり、首にかけられるようになっている。
「おぉ、素晴らしい。さすがレイナです」
「ありがとうございます! ありがとうございます~!!」
こんなに感謝されても、原因がアルミアだと思うとむしろ申し訳ないと思ってしまう。
「もしかして、このように汚れてしまったり壊れてしまった物、他にあるのでは?」
「たくさんありますわ……もしも直るのであれば……」
こんなことなら、ワンピースを直して治癒魔法で色々修復できることをもっと早く話せば良かった。
まさかここまで迷惑をかけたり壊したりしているだなんて予想外だったのだ。
「どこから案内すれば良いのやら……」
「そんなに?」
それでも誰一人、アルミアの名前を出さなかったことが優しい。
最初の被害現場へと案内された。
♢
ジュライト様はこのあと仕事があるため、ネネとココに案内された。
公爵邸の裏庭は初めて来た。
おいしそうな野菜が土の上で育ち、果実も樹に実っている。
ところが、一部の畑はもぬけの殻だった。
「ここはニンジンを育てていた畑です」
「あぁ……わかりみ」
アルミアが特に嫌いな食べ物だ。
食卓に並んだ時は必ず私の皿に乗せてきていたし、そのまま捨てることすらあった。
だが、それだけで畑までもめちゃめちゃにしてしまうだなんて……。
「壊されたの?」
「燃やされてしまいました。幸い旦那様が気がつき、水魔法で屋敷の火事を防ぐことはできましたが……」
「さすがにあの時は、主人様がお説教していましたね~。全く反省の色を示さず苦労していました」
名前こそ出さないが、もはや誰のことなのかは明白だ。
そうか、グレス公爵にまで迷惑を……。
アルミアは火属性。しかし、大人十人位で大の字で寝られるほどの広さの畑だ。これだけの範囲を燃やすほどの魔力を、アルミアは持っていなかったはず。
どうやって燃やしたんだろう……。
おっと、そんなことを考えるよりも、畑を修復しなきゃ。
ところで、こんな大規模な範囲に治癒魔法をかけたことはない。
果たして、できるのかどうか。
『治癒したまえ、ヒール』
ニンジン畑一体に光が包まれ、それがまた神秘的に見えた。
なんとなくこの光を楽しむのも好きなのかもしれない。
見るだけで私自身も癒されているような不思議な気持ちになるのだ。
「さすがに燃やされてしまった物は治らないのかな……」
いつものような変化がなく、残念な気持ちになる。
しかし、ネネとココが優しかった。
「たとえダメでも、畑に光が灯されましたよ。きっと奥様のお気持ちは畑に伝わっていますよ~」
「お姉様の言うとおりです。また田植えの時期になったら育てますわ」
「うん……。役に立てずごめんなさい」
初めての失敗。
世の中そんなにうまくいくもんではない。
だが、このあとも修復できることはなんとかしていこう。
破れたメイド服、食事の時に汚されたであろう取れないシミ、割れた花瓶、他にもたくさん。
「こんなに迷惑をかけておいて、どうして婚約破棄をしなかったんだろう……」
「それは旦那様が奥様のことを――」
「お姉様!」
「こほん、なんでもありませんわ~」
え、なにか私に理由があるのか……?
なおのこと、出来る限り直さなくては。
『治癒したまえ、ヒール』
『治癒したまえ、ヒール』
『治癒したまえ、ヒール』
あぁ……、普段だったら魔法発動自体は楽しいことなのに、今回ばかりは申し訳なさがいっぱいだ。魔法を発動することも楽しくなかった。
ん? ほんのちょっとだけ倦怠感があったような……。
いや、ある。
今まで平気だったのに。魔法の使用回数は少ないのに。
初めて魔法発動後の辛い感覚を味わってしまった。
「すごい~奥様の魔法って本当にすごいですよ~」
「全部綺麗に直してしまうなんて……。これでみんなも喜びますわ」
「「ありがとうございます」」
「う、うん。良かった」
二人にはバレないようにしておかなければと、元気を装って誤魔化した。
今日は魔法の調子が悪かったのかな。
幸い今日は治癒施設はお休みだし、念のために大人しくしておこう。




