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「お兄ちゃん、今日は家で勉強してるよ。変わったところはなかったから、たぶん大丈夫」と、紅茶を飲みながら詩織ちゃんが言う。

 詩織ちゃんは、私と白木先輩の能力について知る数少ない協力者だ。

 

「お兄ちゃんに告白しないの?」

 詩織ちゃんはテーブルに頬杖をつき、私を見た。

『しない』と打ったスマホを見せる。

 詩織ちゃんは、小さく唸るような声を漏らして、ティーカップに口をつけた。

 私はそんな詩織ちゃんに曖昧に微笑んだ。


 気を取り直してアップルパイにフォークを入れる。サクッとした感触がフォークから手に伝わった。口に入れると、ごろころとした林檎が柔らかくなり過ぎずに存在感を発揮していた。

 美味しい。なかなか上手くできた気がする。


 詩織ちゃんを見ると、幸せそうな顔でアップルパイを口に運んでいる。よかった。口にあったようだ。


「夏恋ちゃん。これ、一切れ貰っていきたい」 

 もちろん、と頷くと、詩織ちゃんが顔を寄せてきた。

「お兄ちゃんに食べさせる」と、からかうような顔で言うものだから、思わずむせた。

「わっ、ごめん! 紅茶飲んで!」

 ごほごほと咳をして、赤くなった顔を誤魔化した。


 まったく、と詩織ちゃんをちょっと睨む。

「ごめんごめん。ほら、このクッキーも美味しいよ」

 と、私の唇にイチゴジャムが乗ったクッキーを押し付けた。


 反射的にぱくりと咥えた。その瞬間、ぱしゃりと写真を撮られた。

 びっくりして目を丸くしていると、ピロリン、とまた音がした。嫌な予感がする。

 詩織ちゃんが持っていたのは私のスマホだった。ぺろりといたずらっ子のように舌を出している。

「いい写真が撮れたから、お兄ちゃんに送信しておいたよ」

「!?」

 慌てて詩織ちゃんからスマホを奪おうとするけれど、パッと手をかざされ逃げられる。


「もう遅いよー、送っちゃったもん! あ、既読がついた」

 顔が沸騰しそうなほど熱くなった。お願いだからなにも言わずに消して、と願うが、

「こんなことで祈りの力は使っちゃダメだよ」

 むぐぐ、と唇を噛んで詩織ちゃんを見る。

 

「あーこれはお兄ちゃん、速攻保存して待ち受けにしたな」

「!!?」

 ポカポカと詩織ちゃんの胸を叩いて文句をぶつけていると、スマホが振動した。


 白木先輩からだ。

『誰といるの?』と、来た。

 詩織ちゃんと知り合いであることは白木先輩は知らない。

 とりあえず質問には答えずに、『今の写真は消してください』と送る。

『やだ』と返ってきた。

 ぐ、と奥歯を噛む。

『友だちと家でお茶会してます』と送ると、すぐに返信が来た。

『友だちって、男?』


 もしや、と淡い期待を抱く。

(……嫉妬、してくれてるのかな……)

 少し嬉しくなった。


 パッとスマホが手の中から消えた。

 あ、と思う。詩織ちゃんがまた私のスマホを奪っていじっていた。

 ピロリン、と音が鳴る。

 

 慌てて取り返すと、メッセージは既に送られた後だった。

『気になりますか?』

 慌ててメッセージを取り消すけれど、既読がついた後だ。たぶんもう見られてしまっただろう。

 もう、返事は来なかった。

 

 怒ったふりをしてぷい、とそっぽを向くと、詩織ちゃんは白木先輩によく似た表情で、しゅんとした。

「……ごめん、夏恋ちゃん。怒った?」

 私は、この顔には弱い。

 ゆるく首を横に振り、微笑む。怒ってなんていない。

『どの道、私は白木先輩とはどうにもなれないから』 と文字を打って見せる。

 すると、詩織ちゃんはやはり唇を引き結んで、泣きそうな顔をした。



 * * *


 

 その日の夜、お風呂から上がり、タオルで髪を乾かしながら部屋に戻ると、ベッドの上にあったスマホが光っていた。

 見ると、白木先輩から返信が来ていた。メッセージを開く。

『君が誰といても、僕になにかを言う資格なんてないけど』

 凪いでいた水面に、小石が一粒落ちたような感覚が広がった。

『少し、寂しいと思う』

 タオルがばさりと足元に落ちた。

 その文字に、気が付けば私は、会いたい、と打ち込んでいた。


 夏休み最終日、白木先輩が私の家に来た。

「あら、いらっしゃい白木くん」

 春子さんが白木先輩を出迎える声が聞こえ、私は急いで下に降りた。


 うちは、階段の正面に玄関がある。降りると、私服姿の白木先輩と目が合った。

 白木先輩は質のいい紺色のワイシャツにサマーセーターを合わせ、下は細身の白のパンツ姿だった。上背があるからシンプルなこういう格好が彼には一番よく似合う。


「あらあら、夏恋ちゃんたら見惚れちゃって」 

 春子さんのからかうような声に、ハッとした。

 ムッとした顔で春子さんを見るが、春子さんは素知らぬ顔で部屋の奥へ入っていった。


 麦わらのカンカン帽を被り、低めのミュールを履く。

 白木先輩を見ると、すっと手を差し出された。手を取ろうか迷っていると、

「……君、危なっかしいから」と、白木先輩は言い訳をするように私を見た。おずおずとその手を取ると、白木先輩は嬉しそうに表情をゆるめた。

「行こうか」

 頷き、家を出る。


 今日は白木先輩とデートだ。少し遠出をして、江ノ島の海まで行く予定なのである。


 電車を乗り継いで現地に到着すると、青々とした空と海が待っていた。手を繋いで海辺を歩く。

 陽射しは暑いが、足首を撫でる海水は少しひんやりしている。気持ちいい。

 子どものようにはしゃいでいると、白木先輩は笑って私を見ていた。


 ひとしきり海で弾けると、お腹が減ってきた。近くのハンバーガーショップに入って、一旦休憩する。


 白木先輩は受験生だ。どんなときでも、バッグの中にノートを入れている。私は白木先輩のバッグから勝手にノートを取り出すと、テーブルに広げた。

 すると、白木先輩がぎょっとした顔で私を見た。

「……え、勉強するの? せっかくこんなところまで来たのに」

『落ちたら大変だから』と打って見せ、白木先輩の前にノートを差し出す。

「……でも、今は」

『今日は遅くまで遊んでくるって言ったから、時間はいっぱいある』

 それでも渋る白木先輩に打った文字を見せると、渋々、

「じゃあ、ちょっとだけ」

 と、ノートを受け取った。


 勉強する白木先輩を見つめながら、ぼんやりと考えごとをする。

(進路か……)

 想像もできない、と思う。


 整った横顔を見つめながら、私はいつまでこの人の隣にいられるだろうか、と考えた。

 

 白木先輩と同じ大学に行きたいと思ってはいるが、そうなると医学部だ。もし、このまま白木先輩のそばにいて仮に赤色を失ったとしたら、医者にはなれない。医者は、血の色が見えなかったら務まらない仕事だからだ。

 それに、そばにいたところで、私は――。

 

「夏恋?」 

 ふと名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げる。

『なに?』と口パクで言うと、白木先輩は私をじっと見つめて、

「……泣きそうな顔してる。どうかしたの?」

 息を呑み、なんでもないかおをして首を横に振る。すると、白木先輩はなぜか悲しげな顔をした。

「……なんでもないって顔じゃないよ」

 息が詰まる。

「……夏恋」

 いつから、この人に名前で呼ばれていただろう、と考える。


 最近は私の方も、敬語が少し抜けてきた。

 私も、名前で呼んでも許されるだろうか。せめてこの人がまた私を忘れるまでは……。

『響介くん』と、口を動かしてみる。

 慣れていないからか、白木先輩は「ん?」と首を傾げた。

 唇を引き結んだ。


『花火がしたい』と打ったスマホを見せる。

「花火……? あぁ、うん。いいけど」

 戸惑うように白木先輩はもう一度私を見た。

「……さっき、花火って言ったの?」

 私は笑って、『ひみつ』と唇を動かした。白木先輩は、やっぱり眉を八の字にして私の口元を見つめていた。

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