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泪橋  作者: 篠川 翠
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回向(2)

 

 暮谷沢で須賀川の者らのための法要を営むと為氏が言い出したのは、ようやく水が温み始めた頃だった。怨霊騒動よりこの方、元々細面だったのだがさらに一回り()けており痛ましい。

 為氏が暮谷沢で須賀川の者らのための法要を営むと述べると、山城守は顔を曇らせた。

「姫宮神社を建立したではございませぬか」

 場所が場所だけに、亡き妻への哀悼の意が込められているのは明らかである。また、山城守の娘である芳姫は、三千代姫の怨霊を恐れて現在保土原舘で静養中だ。そのすぐ近くで大規模な法要が営まれるというのは、父としてはあまり気持ちの良いものではないのだろう。

「勘違いするな」

 ぴしゃりと為氏が述べた。近頃の為氏は、家臣に対してはっきり物を言うことを恐れない。語気の強さに、山城守が視線を逸した。

「あの場所で命を落とした者は、三千代姫だけではない。それらの者の御霊も鎮める必要がある」

 そう言い切ると、少し言い過ぎたと感じたのだろう。為氏は口調をやや和らげた。

「姫に殉じた乳母や岩桐、その他我等の身内の分も含めて法要を営むということだ。御霊になったのならば、敵も味方もあるまい」

 四天王らも、為氏の言葉に耳を傾けている。為氏の言い分は、全く正当なものだった。美濃守が一つ咳払いをして、山城守をちらりと見た。

「これから、須賀川の者を召し抱える機会も出てこよう。その折に、須賀川の者らを弔わなかったと彼等が知れば、後々まで禍根を残すのではあるまいか」

 政治的な意味においても、美濃守は供養に賛成のようである。確かに美濃守の言う通りで、これから先は須賀川衆とも上手くやっていかねばならない。一連の出来事にまつわる禍根は、できるだけ少ない方が望ましかった。

 まだ不満そうな山城守に対し、筑後守が補足を重ねた。

「御屋形は、決して芳姫様を蔑ろにしているわけではない。芳姫様がご出産を迎えられるに当たり、無事に和子をお産みになられるよう、障りとなる事柄をできるだけ少なくしておきたいのだ」

「お(よし)は、葵の上ではござりませぬぞ」 

 むっとした様子で、山城守が言い返した。山城守が持ち出したのは、紫式部が書いたと言われる源氏物語の一節である。光源氏に打ち捨てられた六条御息所は、怨霊となって源氏の正妻である葵の上を苦しめ、息子である夕霧の出産に伴い葵の上の命を奪ったのだった。

 山城守自身が気づいているかどうかはともかく、その言い分こそ亡き三千代姫を想起させるというものだと、図書亮は胸の内で突っ込んだ。やはり多かれ少なかれ、怨霊のことは誰もが気にしている。

「法会の導師も当代最高の方をお招きして、我等の誠心を示したい。何処ぞに良き導師はおるか」

 山城守の憤懣に構わず、為氏は会合の主導権を握っている。導師の推挙を申し出たのは、やはり美濃守だった。

 美濃守によると、鎌倉法界寺の知り合いを通じて当地に来てもらった、月窓明潭(げっそうみょうたん)和尚が相応しいのではないかという話だった。月窓は元々鎌倉近くの小田原にある最乗寺の住職だったが、二階堂家が鎌倉に居住してたころから美濃守と親交があった。一休和尚がまとめた教外別伝不立文字の教えを習得するなど、当代随一の知識人でもあり、美濃守が和田に開山させた金剛院の住職でもある。金剛院にはあの運慶が彫ったという仏像も祀られており、その名は遥か都まで聞こえているなど、当代随一の人物には違いなかった。人によっては、小釈迦と称する人もいるとのことである。

 図書亮も金剛院開山の折に遠目にその姿を見たが、確かに立派そうな人物だったと記憶していた。

「その月窓和尚に、導師をお頼み申し上げよう」

 美濃守の説明に、為氏は即決した。それだけでなく、ゆくゆくは須賀川城近くに二階堂家の菩提寺を建立し、その月窓和尚に開基となってもらいたいとも言う。この言葉は後に実現し、現在でも須賀川に残っている曹洞宗長禄寺がそれである。長禄元年に開山し、東北や関東・越後などに一三〇余りの寺の総録として、須賀川の長禄寺は殷賑を極めた。

 さらに為氏は、法要は身分の上下を問わず誰でも出席できるものとすると決めた。

 その言葉を聞いて、図書亮はりくも連れて行ってやろうと密かに思った。りくは三千代姫と縁が深かった。妻はきっと喜ぶだろう。法会当日は、さとは愛宕山の箭部屋敷に預ければ良い。


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