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プロローグ ~アドミニストレータはジャージ姿~

片巣(かたす)くん、君の配属場所はそこね」

「えっ……?」

 モアイ像そっくりの上司が(アゴ)をしゃくると、片巣円(かたすまどか)は思わず間の抜けた声を漏らした。

 連れてこられたのは二階廊下の突き当たり、物置のような場所だった。薄暗い廊下を照らす蛍光灯は不規則に明滅し、蛾がバタバタと突撃を繰り返している。


 廊下の突き当りにある鉄製の扉には、無機質な『電算室』というプレートが貼り付けてあった。


「電算室、役場内のコンピュータを管理する部屋だよ。僕は詳しく知らないけど」

「ここですか?」

「そう、君の職場。もちろん中には机も椅子もある。細かい事は中にいる主任に聞いてね。僕は詳しく知らないから」

「はぁ……」


 僕は知らない、がこの上司の口癖らしい。


 不安な面持ちで(まどか)は周囲を見回した。

 鉄の扉の両側には年期の入った古いパソコンやモニター、使われなくなったであろう古風なプリンターが墓標のようにうず高く積まれている。薄暗さと相まって、まるで退廃的な未来を描いたサイバーパンク映画のセットのように思えた。あるいはゲームなら邪悪なフロアボスが潜む禍々しい神殿の入口だろうか。


「頑張ってね、君には期待してるよ」


 モアイ顔の上司、小岩課長が背中をポンと叩いた。奮起を期待しての行為だったが、片巣円(かたすまどか)は柳の枝のようにユラユラと揺らめいた。

 小岩課長は体つきも大きく肩幅も広い。白髪交じりの短髪と相まって、まるで歩く石像を思わせる。


「あっ、あの……」

 (まどか)はようやく課長に向き直ると、真剣な眼差しを向けた。無造作ながらも髪はさらさら、清潔感だけはある。身長は平均より低く体つきも細いので、巨大な石像を見上げているような感じになる。

「何かね、片巣(かたす)くん」

「ちょっと不安なんです。その……」

 塾帰りの男子高校生を捕まえて、ブカブカのスーツを無理やり着せたみたいだが、今日から町役場の新人職員。

 新しい職場――米黒(まいくろ)町役場で朝の着任式(・・・)を終え、(まどか)は庁舎内をこの上司と一緒に挨拶しながら練り歩いた。

 そして、最後に連れてこられたのがここだ。

 頑張らねばという思いとは裏腹に、どうにも肩透かしを食らった気がする。配属先が希望していた総務課(・・・)ではなく、副町長直属の独立組織、情報管理課電算室の勤務とは……いったいこれはなんの仕打ちだろうか――。


「大丈夫、すぐに慣れる」

 ニィ……と口元を歪める小岩課長。奴隷商の台詞のように(いや)らしく聞こえるのは、薄暗い場所のせいだろう、きっと。


「私、文学部卒なんです」

「知ってる。誰にでも欠点はあるさ」

「欠点」

「コンピュータもナントカ言語(・・)を使うんだろう? 人間が考えたものなんだから、日本語も英語もナントカ言語も似ているさ。僕は詳しく知らないけど」

「えぇ……?」


 違う、絶対違うと思います。

 課長にツッコミむことは流石に出来ないが、小岩課長が言っているのはプログラミング言語のことに違いない。

 確か、VBビジュアルベーシックC#(シーシャープ)など、高校でも習う「コンピュータ言語」のことだ。

 それに対して、(まどか)が専攻してきたのは日本文学。密かに小説家――それもミステリー作家や探偵小説家だ!――を志すも挫折。

 無難な公務員の道を選んだのだ。

 就職戦線には出遅れたが、運良く町役場の新卒採用の枠に滑り込むことができた。

 小説の才能の無さが悔やまれるが、きっとまだチャンスはある。


 そう自分を鼓舞し、今日から役場の職員として働くのだ。とはいえ文学部卒の身にはコンピュータ関係なんて想定外。本来なら工業系大学の情報工学科卒の新人でもあてがえば良いものを……。畑違いもいいところなのだ。

 世の中に旨い話など無いと半ば覚悟はしてきたが、これは予想の斜め下だった。


「さぁ中で君の先輩、主任がお待ちかねだ」


 (まどか)の気持ちを知ってか知らずか、小岩課長は筋肉ゴリゴリの腕を鉄の扉へとのばした。

 ダンジョン攻略の始まりを想像させる重々しい鉄の扉からは、冷気が漂ってくる。

 外の4月の気候は麗らかで、桜の花も盛りを過ぎている。週末、米黒(まいくろ)町の桜の名所はどこも花見客で賑わうことだろう。

 なのに何だ? ここは足もとから冷気が這い上ってくる。

 そもそも周囲にひとけがまるで無い。町民課で感じた空港ロビーのような賑わいも、税務課の窓口で繰り広げられていた町民との殺伐としたやりとりも無い。

 他部署の喧騒が嘘のように静か。

 代わりに薄暗い廊下に響くのは唸るような低周波音(・・・・)だ。


 嫌な予感しかしない。

 ゲームならばここで一旦セーブしてから乗り込む場面だが、モアイ像のような小岩課長は軽い調子でコンコンコンとノック。


「片巣くん、そこに君のIDカードをかざして」

「あっ? はい」


 扉の横に設置されたインターホンのような機械を指差した。

 (まどか)は指示されたとおり、胸にぶら下げていた身分証明証を装置に近づける。カードをかざすと、ピッと電子音が鳴り装置のランプが赤から緑に切り替わった。すぐに金属製のドアの内側からカチャンとロックが外れる音がした。


「はい、これで解除された」

 まるで魔法の鍵だ。電子工学という現代の魔法。


「これ、認証キーになっていたんですね」

「うん。この部屋に入るには必要だから。詳しくは知らないけど大事だから失くさないように」

「はい」


 小岩課長がドアノブを回し扉を押し開けた。途端に、部屋の明かりと冷気が押し寄せてきた。

 扉の向こう側の『電算室』は小部屋だった。

 八畳ほどの広さがあるだろうか。中央に拍子抜けするほど普通の事務机が二つ。向かい合って置かれている。奥の机はぐちゃぐちゃで書類や小箱などの物品が乱雑に積み上がっていた。手前の机は比較的綺麗だが、バラバラに分解されたパソコンが載っていた。取り外された部品が内臓、配線が血管を思わせる。まるで手術台扱いだ。


 向かって右側の窓にはブラインドが下ろされている。

 左側の壁は一面のスチール棚で、天井まで届く段の全てに何らかの部品や箱で埋め尽くされていた。おそらくパソコンや通信機器に使用する部品やケーブル類だ。


 そして真正面、奥の壁に目を奪われる。


「……凄い!」

「だろう? あれが電算室の中枢(・・)サーバ室さ。僕は詳しく知らないけど」


 正面の壁はガラス張りになっていた。ユニット式らしく何枚かの透明なパネルで壁一面を塞いでいる格好だ。パネルの一枚は、人が出入りできるドアになっていた。

 つまり電算室の金属扉を開けると小さな事務室があり、更にその奥に透明な壁で仕切られた部屋がある構造だ。


 透明な壁の向こう側は、SF映画に出てくるような機械が林立していた。


 ゴゥウウ……と冷却ファンの音が魔神の呼吸のように響いてくる。


 青や緑のLEDの明かりが無数にあり、それぞれがバラバラに明滅。そうした機材が規則正しく何段も積み重なり、黒い金属製の箱に収まっているのだ。

 箱は身の丈よりも高い。ここからだと夜の高層ビル群を眺めている感じがする。


 LEDが無数に瞬く電子機器の神殿。圧倒されるような部屋の向こうから人影が現れた。

 女性だ。

 透明な壁の向こう側からパネル式のドアを押し開けると、一段と大きな機械音と共に、更に冷たい冷気が押し寄せてきた。


 それは荘厳なる神殿の巫女いや――神官か。

 長い黒髪が冷気でなびき、怜悧な光を宿す瞳を覆い隠す。ふわりと甘い春のような香りがした。


「うーぁ、寒っ! おっ来たか新人!」


 全然神官っぽくなかった。

 第一声は実にラフな感じだった。瞳を大きくしながら、化粧っ気の無い口元が弧を描く。


「かっ、片巣円(かたすまどか)です! よ、よろしくお願います」

 一瞬あっけにとられ、緊張と寒さで口がうまく回らなかった。けれど脊髄反射で挨拶はできた。


「ふむ、片巣(かたす)君ね。私は電算室(ここ)の主任、新戸奈留代(あらとなるよ)。よろしく!」

 笑顔も素敵で、エネルギッシュな姉御な感じが伝わってきた。


 電算室の主というからには、ぐりぐりメガネのお下げ髪。無口で「フッ」とか、そんなセリフを吐くタイプを想像してた。けれど新戸(あらと)さんはどちらかといえば体育会系に思える。さばさばっとした話し方が印象的。


「あっ、はい!」

「ここは役場内の電算、基幹系システムを管理する。私はここのアドミニストレータ、つまり絶対管理者さ」

「アドミニストレータ……」

 聞き慣れない言葉だった。

 システムの絶対管理者という日本語に置き換えてくれたけれど、凄い語感だ。


「コンピュータシステムを全て管理する権利を持ってる、って意味だよ」

「なるほど……わかりました」


 新戸(あらと)さんはサーバ室の冷風でみだれた髪を、ラフな調子で後ろにまとめ、胸を張った。


 あらためて格好を見ると、小豆(アズキ)色のジャージ姿だった。

 高校時代のだろうか。左胸に滲んだ文字が書かれたネームプレートが縫い付けてある。

 右肩には何か色のついたケーブルをぐるぐる巻きにして肩掛けにしている。そこらの工事現場のオッサンと顔をすげ替えても違和感がない。


「ところで小岩課長、活きが良いのを連れてきてくれたんですよね?」


「うーん実はね、情報系出身の新人が居なくて……。僕は人事関係よくわからないし」

「工学部卒でも情報畑からの引き抜きでも、どちらでもいいとは言いました。ですが第一に元気で丈夫、泣き言を言わないこと。細くて小さくても使い道は……」

 

 怖い。

 何なの、使い道って。

 まるで奴隷商(・・・)と買い主の会話だ。

 値踏みするような視線を、新戸(あらと)さんは向けてくる。


「学生時代は何やってたん?」

 太めの眉にどこか愛嬌のある顔立ち。よく見れば美人さん……だ。

 けれど質問の仕方はまるで酒場でひとり酒を呷り、挙げ句悪酔いしたと時の姉に似ている。


「文学専攻で、日本文学とか外国文学もすこし」

「ほぅ……」

 ギラッとした険しい視線を小岩課長に向けると、大柄なモアイ像が「ひぃ」と身を固くした。

 僕は人事関係よくわからないんで……と課長の小声が聞こえてきた。


「文学ってどんな?」

 新戸奈留代あらとなるよさんは猫なで声で尋ねてきた。

 肩に担いでいた水色のケーブルを鞭に見立てて両手で伸ばしながら。返答次第では、あれでビシィと叩かれるのだろうか……。

「いっ、いろいろです。けど好きなのはミステリー系や探偵もので……」

 話題を若干趣味に振って、文学系イコール何を学んできたか謎な感じを払拭する。人事担当もこれで表情が和らぐこともあったりなかったり。


「……よし、上等だ」

「「いいんですか?」」

 小岩課長と片巣、二人の声が重なった。


 意外にあっさりと受け入れられた。てっきり、情報工学系出身じゃないからチェンジ! と駄々でも捏ねるのかと思ったけれど。


「大事なのは問題解決へのアプローチだ。文系なら文脈から読み取る力もあるだろう。得意なんだろう推理とか」

「えっ、あっまぁ……」

「習うより慣れろさ。電算室へようこそ!」


 にやり、とほくそ笑んだ新戸(あらと)さんの背後で、闇の神殿のようなサーバ群が、ヒュィイイイ……という甲高い音を奏でた。


<つづく>


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