38話 先入観
「誰かと思えば……アレ……いや、カレルじゃん……」
「ホントだ……」
「……」
何か言おうとしたのに、言葉が全然出てこない。あいつらの顔に嫌らしい笑みが浮かんだことで、あの日のことを思い出して軽いショック状態に陥ったからかもしれない。
「おい、何か言えよカレル。僕たち久々の再会だよねえ?」
「だねぇ。感じ悪ぅ……」
「……カ、カレルさん、ここは逃げましょう――」
「――い、いや、そんなことしたら余計に刺激してしまうかもしれない……」
コレットが耳元で囁いてきた提案は魅力的だったが、もし問答無用で逃げ出した場合、捕まってしまったら何をされるかわかったものじゃない。それに、彼女の足だってまだ完治してない可能性もある。さらに初級とはいえ、モンスターのいるダンジョン内で無防備な姿を晒すことになるしリスクが大きすぎる……。
「何こそこそ話してるんだか。ねえねえカレル兄さん、こっち向いて。その子ってさあ、例の不人気イベントの客だって思ってたけど、もしかして彼女?」
「もー、ヨークったらそんなわけないでしょ? 外れスキル持ちの女々しいストーカーさんに彼女なんてできるわけないし、単なる奴隷じゃない? 亜人なのがいい証拠よ」
「「ププッ……」」
「ひ、酷いです。私はカレルさんの彼女――」
「――よせ、コレット。こんなのに構うな」
「でも……」
「……へえー、言うようになったじゃん、カレル兄さん。凄い凄いっ。でもさあ、幼馴染に向かってちょっと酷くね?」
「だねぇ。しかも久しぶりの再会なのにほんっと感じ悪うー……」
「……それはお前らにだけは言われたくないな」
「「……は?」」
ダメだって、よせよ、俺。喧嘩しちゃダメだ。なのに、妙だ。体が熱い……。
「あの日に言われた、こんなやつだとは思わなかったっていう台詞、そのまま返す……。俺はもうお前らみたいなクズとはなんの関わりもないし、関わりたくもない……」
言ってしまった。ダメなのに、喧嘩したらダメなのに、止まらなかった……畜生……。
「んー……僕が思うにそれはさあ、カレル兄さんが勝手に僕らに対して自分に都合のいいイメージを作ってただけだろ?」
「そうよ。あたしとした小さい頃の約束とかまだ有効とか思ってたみたいだし、純粋とか以前に夢見すぎだしバカなんじゃないの? ホント、ストーカーの才能だけはあると思う……」
「酷いですっ! それが幼馴染に対して言う台詞ですか!? カレルさんは、あなたたちに裏切られて死のうとまで――」
「――やめろ、コレット!」
「うぅ……でも……」
「……へえー、そこまで僕たちのこと思ってくれてたんならさ、代わってくれよ」
「……何?」
「もー、とぼけないでよ。あんたたちが《ゼロスターズ》のリーダーと会ってるのを見たのよ。どんな汚い手を使ったかは知らないけど……」
こいつら、どれだけ人を小馬鹿にすれば気が済むんだ。これ以上、俺から何を奪おうと言うんだ……。
「俺たちは何もしてない。ただ誘われただけだ!」
「おぉ、カレル兄さん、怖いからそんなに怒らないでよ」
「キモ……ってか、逆切れって怖いよねえ」
「てかさあ、【釣り】だっけ? こんなゴミみたいなスキルであんなに凄いパーティーから誘われるわけないよね、ラシム」
「うんうん。どうせ騙されてるって忠告してあげてるようなもんなのにねぇ……」
「そうそう。今からでも遅くないから身を引けって。あとで恥ずかしい思いをする前にさあ――」
「――行こう、コレット」
「はい」
やつらの言葉は聞くに堪えない。相手をする価値がまったくないのに、俺は一時的な怒りに身を委ねて本当にバカなことをしてしまった……。
「おいっ! 逃げるのか!?」
「逃げる気!? ストーカーの分際で!」
「「……」」
俺たちは水場のある空間から出ようとしたが、やつらに回り込まれてしまった。
「カレル兄さん……いや、無能のカレルと奴隷。本当にお前らが《ゼロスターズ》にとって大切なメンバーなのか、僕らが確かめてやるよ」
「じゃあ、あたしはモンスターとか来ないかどうか見張ってるね!」
「うん。頼むよラシム。モンスターは水場近くには湧かないし近づかないっていうけど、人は来るかもしれないしね」
ヨークたちに入口を塞がれてしまう形になり、俺たちは後退を余儀なくされた。後ろには壁と水溜まりしかない。
「……な、何をする気だ……?」
「何をする気なんですか……?」
「さあねえ……」
「あたし、わかんなーい……」
やつらの顔に狂気染みた笑みが浮かぶのがわかる。一体俺たちをどうする気なんだ、こいつら……。




