26話 可能性
「……ください……」
「……ん……まだ、もうちょっと……」
「……ダメです……そろそろお願いします……」
「あと……あとほんの少しでいいから……」
「……ダメです」
「……頼むよ、コレット……」
「……違います」
「……え?」
「わたくしはコレットではありません。いい加減に起きてください」
「……あ……」
薄らと目を開けると、青白い口元だけが宙に浮かんでいた。
「……う、うわあぁっ!」
俺は仰け反った拍子にベッドから転げ落ちる。
「……い、いてて……」
な、なんだ。マブカだったのか……。おそらく【狭間】っていうスキルを使って、別の場所から口元だけを出してるんだろうな。起こしてもらったとはいえ、今のはさすがに怖かった……。
「起きたようですね。おはようございます」
「あ、ああ、おはよう、マブカ」
「……」
妙な沈黙が流れる。
「でもなんで、こんなやり方で……」
「多少驚かせたほうが効果的だと判断しました」
「な、なるほど……」
「――あひっ!?」
同じやり方でコレットがマブカに起こされ、酷く驚いた様子で飛び起きていた。
「お茶はテーブルに置いてあります。それを飲んだら食卓へどうぞ」
マブカの顔の一部が消えてほっとする。本当に心臓に悪かった。まだ鼓動の速度が落ち着かない………。
「こ、怖かったです、カレルさん……あひっ!?」
コレットの肩に手が乗り、彼女はまた顔面蒼白になって飛び上がった。どう考えてもマブカの手だと思ったら、例の不気味な口元に切り替わる。
「言い忘れてました。起こすのは本来、使用人の役割かと思われます。必要性を疑われる前に打開策を練っておいてください」
「……あ、あぁ……」
「はいです……」
マブカの言うことはなんとなくわかる。コレットのことを思って言ってくれたんだろう。
「カレルさん、今度から私が起こしますねっ!」
「あぁ……でも、大丈夫か。寝坊助なのに……」
「うぅ……そこは、早くおやすみすることでなんとかします!」
「ああ、頼むよ」
「はいっ!」
俺もスムーズに起きられるように頑張らないとな。
あれから俺たちは食卓へと向かい、みんなと挨拶と朝食を済ませたわけだが、何やら様子がおかしかった。ファリムとルーネがむっとした顔でリーダーのジラルドのほうをちらちらと見ていたのだ。
「……もう決めたことだ。これから七日間、僕たちはカレル君を鍛えるため、ダンジョンの攻略を断念する」
「な、七日って……いくらなんでも時間かけすぎよ!」
「そうだよ。うちらだけでも少しは攻略しないと、このままうかうかしてたら何もかも終わっちまうじゃないのさ! ただでさえ残された期間はあと十二日しかないっていうのに……」
何もかも終わる? あと十二日しかない? 昨日言ってた賭けっていうのと関係がありそうだな。しかもその原因が俺にもあるのは間違いないわけで、このピリピリとした空気の中で気まずくて仕方なかった。
「いいかい、パーティーっていうのは連携が大事なんだ。それはみんなもよく知ってるだろ? 個人の力だけで打開できるなら苦労しない。カレル君抜きで新階層の攻略を開始するより、彼を鍛えてから一緒に攻略を開始したほうが、結果的にはクオリティだけでなくスピード面でも上回るはずだ」
「それは、カレルって人にそれだけの可能性があればの話でしょ!」
「そうだよ! もしリーダーの目が節穴だったらどうするのさ!?」
「……カレル君が見ているんだ。控えてくれ」
「「あ……」」
なんか、俺が悪いことしちゃってるみたいで居心地悪いな……。
「……いや、別にいいよ。俺抜きで攻略してもらったほうが気が楽かなって。俺に全てを賭けるのは、さすがにやりすぎだって自分でも思うし……」
「カレル君……君が全てを背負い込む必要はないって。僕が君を見込んでここへ連れてきたんだから、全ての責任は僕に――」
「――もういいわよ!」
「どうせうちらのことより釣り仲間が欲しかっただけじゃないのさ!」
ファリムとルーネが勢いよく食卓を飛び出していく。俺が入ったせいでこんな凄いパーティーがおかしくなるのはいたたまれない……。
「……なんか、ごめん。俺のせいでこんなことになって……」
「な、なんでカレルさんが謝るんですか?」
「そうだよ、カレル君。この場に唯一悪いやつがいるとしたら、それは君を気まずい気持ちにさせてしまった僕だ。それに、釣り仲間っていうのはある意味事実だけどね……それだけじゃあない。本当に、君のスキルを見たときに大きな可能性を感じたんだ……」
「……」
ジラルドを信じたいが、厳しいな。現状だと俺は本当に釣りの真似事しかできないわけだし、ダンジョンじゃなんの役にも立てない……。
「七日で上級ダンジョンに彼を適応させたい場合、スキル拡張は当然として、必須三種能力も全て高い領域にしなくてはなりませんが、大丈夫でしょうか?」
マブカが急にペラペラと喋り出したので驚く。最早彼女に対しての無口キャラという印象は消えてしまっていた。必要だと思ったとき以外は無駄に喋らないってだけかもしれないな。
「そういうのも含めて、僕がなんとかしてみせる……。とりあえず、釣りしようか? カレル君!」
「「えぇっ……!?」」
俺とコレットの酷く上擦った声が被った……。




