インスリンの限界値と、天才たちの猛省
「……二人とも、そこに座れ。今すぐだ」
翌朝、俺は朝食のテーブルを前に、眼鏡をキリリと押し上げた。目の前には、理央が用意した「ジャムたっぷりのトースト」と、静香が差し出した「高濃度ブドウ糖配合のコーヒー」が並んでいる。
「お兄ちゃん、どうしたの? そんな怖い顔して」
「湊様。直ちに糖分を補填し、思考回路を……」
「黙れ。……いいか、お前たちの演算能力を少しは『私の生存率』に割け」
俺は手元のタブレットを操作し、グラフを二人に突きつけた。そこには、この数日間の推定糖分摂取量と、それに対するインスリン分泌の限界予測曲線が描かれている。
「……見ての通りだ。理央、お前は静香を止めるような口ぶりをしながら、自分でも『甘い煮物』や『糖分放出カプセル』を私に詰め込んでいる。そして静香、お前の『バケツプリン』は論理的破綻の極致だ。結果として、私の内臓器官はすでにオーバーフローを起こしている」
俺の冷徹な指摘に、理央が「あ……」と声を漏らし、顔を青ざめさせた。
「……そういえば、お兄ちゃんにおいしいって言ってほしくて、ついいつもの三倍くらいお砂糖入れちゃってたかも。……阻止するどころか、私が一番のバグだったなんて……」
「私も、湊様の思考速度を維持することに固執するあまり、消化器系への負荷という基本パラメーターを見落としていました。……メイド失格です」
静香が珍しく、無機質な表情を僅かに歪めて俯く。理央はガックリと肩を落とした。
「……ごめんね、お兄ちゃん。私、天才ハッカーなんて名乗っておきながら、一番身近な『お兄ちゃん』っていうシステムの脆弱性を見逃してた……」
理央は悔しげに涙目を浮かべ、いかにも「自分が情けない」と言わんばかりの顔で項垂れていた。だが、そこからパッと顔を上げた。
「……決めたわ! 今日からお兄ちゃんの食事は、私が責任を持って『超・低糖質』に作り変える! 砂糖は全部封印して、究極のデトックスよ!」
「お嬢様。その急激な変化は逆に体に毒です。私が分子レベルで栄養バランスを再計算し、精密管理献立を作成します」
「静香さんには任せられないわ! また極端なものを持ってくるに決まってるもの!」
「……呆れるな、お前たち。極端から極端へ振るなと言っているだろう」
俺は再び眼鏡を外し、目頭を押さえた。
「……とりあえず、今日は普通の味噌汁と白米を出せ。それ以上の『特製』は一切不要だ」
「「はい……」」
二人は神妙な顔で頷き、それぞれのエリアへと戻っていった。解決すべきバグは、この二人の「加減を知らない愛情」の出力を調整することだったらしい。




