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第十二話 『32歳、実家に帰る』

基本的に平日は夜19時以降、休日は朝8~10時に更新。

たまに一日に複数話投稿することもあります。

【共通テストまで 216日】


「……今度、実家に帰るんだ」


昼食の時間。

メディカル∞インフィニティのラウンジで黒岩が神妙な面持ちで呟いた。

いつものようにタロウ、(おわる)、五條、(しゅん)と黒岩でテーブルを囲んでいた。


それまで和気あいあいと話していた5人は一気に静まり返る。


「ボス戦じゃん」


「何を話すんですか?」


「呼び出されたんだ。たぶん、医学部受験について母が父に伝えたんだと思う」


「32歳になっても、親って怖いんだ」


「怖い、俺は親に無理させて大学行かせてもらったから、特にかもしれない」


________________________________________


黒岩の実家は茨城県の結城市(ゆうきし)にある。


一時期は祖父母と両親と黒岩の3世代で暮らしていた

古い二階建ての和風建築も、今は両親だけで暮らしている。


引き戸を開け、恐る恐る「ただいま」と声をかける。

リビングから「おかえり」と声がする。

父の足が不自由になって以来、家はリフォームされて手すりがあちこちについている。


黒岩が実家のリビングに足を踏み入れると

TVの前のソファに父親は座っていた。いつもの定位置。

母親はキッチンでお茶を入れていた。


いつもならマシンガンのように話しかけてくる両親だが、やはり今日は空気が重い。


――言うぞ、言うんだ。


――製薬会社はすでに退職済み。

――医学部を再受験するために、10歳以上年の離れた若人たちと机を並べている。

――貯金をなんとか切り崩して、妻にパートも増やさせた。


――……言えない……。

でも、言う。先手必勝!


「話があるんだ。俺、医学部を再受験することにした」


お茶を運んできた母親は一時停止。

父親はやはり母親に聞いていたのか、眉ひとつ動かさない。


交通事故で職を変えたとはいえ、

元々はやり手の証券マンだった父。

第一印象は柔和だがこういう修羅場は百戦錬磨だ。


「受験するにも金がかかるだろう。貯金は?」


「ある」


「それだけで生活費は賄えるのか?」


「なるべく抑えてる」


「本気なのか」


「本気」


沈黙。

父は母のいれたお茶をすすった。

一息ついてから、彼はこう言い放った。


「ならやれ」


父親が机の上にポンッと通帳を置いた。


「……え?」

その通帳の名前は「黒岩 恒一(くろいわ こういち)」だった。

中を開いてみてみると、毎月5万円ずつ振り込まれている。

黒岩が両親へ送金していた仕送りと同じ額だ。


「仕送り、使ってなかったの」


両親は顔を見合わせて、少し罰が悪そうな顔をした。


「恒一は昔から、変に我慢する子だったわね」


「お前は大学の学費がかかったことを気にしていたのかもしれないが、そもそも大学に行かせたかったのは父さん母さんだ。

お前が気に病まなくてもいい」




「お前が、俺の収入のことを気にして、医学部浪人をあきらめて進学したことには気づいてた。ずっと申し訳ないと思っていた。だから、今回の医学部受験も、父さん達の意思だ。

やり切ってほしい」


見抜かれていたとは、さすが親。


「ただし」

その逆接に、黒岩はの身体は少し固まる。


「途中で逃げるな」


重みがあった。

「……はい」


________________________________________


次の日、週が明けて月曜。

医学部専門予備校メディカル∞インフィニティの教室。

黒岩が帰還した。


「生きてる!」

「ご両親の判定はどうだ?」


茶化しながらタロウと五條が黒岩に聞く。

黒岩はとても渋い顔をして教室に入ってきたが、彼らの問いかけに


「……A判定!」


と陽気にピースして見せる。


「「「「!?」」」」


全員、その結果に驚く。


「“後悔しない様にやれ”って」


「え~泣けちゃう……」

タロウは大げさに泣きまねをして見せるも。


「いやお前、両親と大喧嘩して帰ってくる、にかけてたじゃん」


「え? 本当に? ひどいなあ」


「いやバラすなよぉ!! だってライバル減ると思ってたのに。

北関東医科大学の前期一般募集定員は50人しかないんだ!」


________________________________________


そこに黒岩のスマホが鳴る。

母親からメッセージだった。


【母:野菜とうどん、送ったよ。

浪人仲間にも食べさせなさい】


黒岩は画面を4人に見せた。


「支援物資だあああああああ!」

「黒岩家の国家予算、ありがたくいただこう」


黒岩は笑った。


ずっと喉の奥に引っかかっていた小骨が取れて、気持ちは晴れ晴れとしていた。

この仲間たちがいなければ、勇気は出なかったかもしれない。

最強の敵は親ではなかった。

自分の迷いだったのだ。

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