87)クロトは、がっかりする
「なるほど。話はわかったが、我々は関与せん」
ヴァーミリアンの王証も見せて、その上でロック島の窮状を伝えた結果、ムーンウルフ族長のサルートはそう言い放った。
「なんでか理由を聞いてもいいか?」
クロトの問いにサルートは面倒そうに口を開く。
「ヌシらは知らぬかもしれぬが、我らはこの島に火の粉がかからぬ限り、こちらから牙を剥くことはない。そして他の島のことを気にするつもりもない」
「だが、ロック島が落ちれば次は周辺の島かもしれないだろ?」
「ふん、そのような有象無象に遅れをとるとは白虎王が聞いて呆れる。いかなる相手であろうと、我らの地に踏み入れれば瞬く間に蹴散らすのみよ」
「同じ獣人族だろう?」
「しつこいの、これ以上の問答は無駄じゃ。お帰り願おう。帰るつもりがなければ、、、」
「なければなんだ?」
「ヌシらが入ってきた反対の扉を開けると、サーベルキングというムーンウルフでも持て余す魔獣がおる。本来は我が種族の者が勇気を試すために2人で挑む相手じゃ。このまま帰らぬようであれば、その扉を開ける。まぁ、急ぎ走って逃げれば1人くらい喰われるくらいで済むかもしれぬぞ。無論、今すぐ帰るならサリナに送らせよう」
カカカと笑うサルート。
「、、、っかりだ」
「?」
「がっかりだと言ったんだ。ばあちゃんから聞いたムーンウルフってのは、もっと誇り高い種族と聞いたんだが、期待はずれもいいところだな。自分のフィールド以外じゃ戦えないってか? 本当は大して強くもないんじゃないのか? この旅でいちばんの無駄足だったな」
「おい小僧、それ以上は口を慎め。開けるぞ? 扉を」
サルートを無視してクロトはシーラに声をかける。
「しばらく任せるぞ」
「ああ、任せておけ」
クロト以外の全員壁の端に寄せて、シールドを展開する。
「何をしておる、本当にサーベルキングを解放するぞ?」
「やってみろ、ジジイ」
「お爺? まさか本当に!?」サリナが止めようとするが、「門を開けい!」奥に控えていたであろう従者に声をかける。ゆっくりと開く扉から、大型の魔獣が姿を表す。
地面まで届きそうな鋭い牙を持った黒い豹の魔獣だ。大きさだけならゴリアテ族のパックと同じくらいの巨体。それがグルルルと威嚇音を鳴らしながらクロトへと近づいてくる。
「ひゃあ、やっぱりとんでもないのが出てきた!」叫んだのはピエールだ。無論、彼はシーラの展開するシールド内にいるので、万全な安全圏にいるのだが。
ピエールの悲鳴と叫び声に気を良くしたサルートがひときわ大きな声をあげ「今すぐに泣いて詫びれば、我らの手のものが止めてやる!」と言った。
いつの間にかサルートのそばには何人ものムーンウルフが集まり、黙ってクロト達のいる闘技場を眺めている。
しかしクロトはムーンウルフ達には一瞥もくれず、じっとサーベルキングだけを見つめる。
少しの間にらみ合いが続いたが、先に目を逸らしたのはサーベルキング。まだ、グルルと威嚇をする程度の威勢はあるが、その目には戸惑いが見える。クロトが数歩サーベルキングに近づくと、明らかに尻尾を下げ怯え始めた。
かつてロッセンでは、通りがかりに魔獣ジャイアントベアをモブ扱いであしらい、アクラネ、ヘカトンケイルさえ叩き潰したクロトである。そんな彼からすればサーベルキングなどはその辺の猫と変わらない。
獣人よりも強者に対する危機察知能力が鋭い魔獣サーベルキングは、睨みあいの中でクロトにはかなわない事を悟り、ただ弑されぬように怯えるばかり。もはや勝負も何もない。
そんなサーベルキングの姿を見て、動揺を隠せないムーンウルフ達。
「な、何が起こっている、、、おい、サーベルキングよ! いつものように動かんか!」
慌てるサルートに向かって、ここでようやくクロトがそちらを向き、本気の殺気をぶち当てる!
「ひいっ」悲鳴をあげたのはサルート本人だ。他のムーンウルフもその殺気に身じろぎも許されないような感覚に陥っていた。誰か一人、身体が反応し逃げ出せば、蜘蛛の子を散らすように走り出す事だろう。
クロトが一歩、観客席に近くたび、突き刺さる殺気が濃くなる。
「おい、こんな”猫”に2人がかり? その程度なのか、ムーンウルフってのは」
もう一歩、足を進める。
プレッシャーに耐えきれなくたったサルートが叫ぶ!
「誰か! 奴を殺せっ!! ひゃっ、はひゃくっ!」
だが誰も動かない。否、動けない。
クロトがもう一歩み足を進める。
「だりぇか! だれぇか! はひゃく!」もはやサルートはまともに喋ることもままならない。
もう一歩、クロトはそこで足を止める。
目の前に一人のムーンウルフが飛び降りると、そのまま握った両手を地面につけ、かつ、頭も地面に擦り付けんばかりにしたからだ。
クロトの目に前にいるのはサリナである。ただ黙って、ひたすらに頭を地面につけている。
「何の真似だ?」クロトの視線が突き刺さる。
「この件、祖父が間違っている。このような暴挙に出た上、見苦しいほどの痴態。本当に申し訳ない。だが、それでも私にとって大切な祖父で、一族の長なのだ。代わりに私の命をさし出そう。この命を持って怒りを鎮めてほしい」
悲痛な願いである。
「もう、クロトさん、やりすぎですよ!」
そんな緊迫した空気にそぐわない、クロトを非難する声とともにアメリアがクロトの腕を引く。
「やりすぎって、、俺、別に殺すとか言った覚えないんだが、、」
クロトは大好きなばあちゃんの故郷にガッカリしてちょっとムカついただけなのだ。
「いや、このまま皆殺しにするのかと思ったぞ。見ろ、ピエールが気あたりで気絶した」
ピエールを引きずりながらシーラが苦笑。ピエール、、、なんでお前が気絶するんだよ。
「えー、皆殺しとか言ってるシーラが怖えよ」
ジュリアにも「クロトお兄ちゃん、やりすぎダメ!」と怒られて、若干へこむクロト。別に何にもしてないのに。
「じゃあ、これ以上ここにいても無駄だから、帰るか! ポロンポ、悪いな! 無駄足になった」
「いえいえ、お気になさらずに。。。もうクロトさんだけロック島においてきたら、全部解決するんじゃないですか?」
付き合いも一週間程になり、少しではあるがパーティの空気に慣れてきたポロンポが軽口を叩く。
そうして、ピエールを引きずりながら闘技場を後にしようとすると、後ろから「待ってくれ!」と声がかかった。
声の主はサリナ。
「何もしないのか? これだけの非礼をしたのに、、、」
「別に? まぁ、すげーガッカリしたのは確かだから、もうこの島に来ることもないよ。精々島に引きこもって頑張ってくれ」
一瞬悔しそうな表情をしたサリナは、そのまま出て行こうとするクロトたちに向かい決意した表情で声をかける。
「私にもロック島の件、、、手伝わせてくれ。他にも賛同してくれるムーンウルフは必ずいる。私が説得する!」
「何を言うのだ! サリナ!」声を荒らげたサルートを、サリナが睨みつける。
「お爺、それにここにいる全てのムーンウルフに問う! 我らの誇りとは、このように他者を見下して試すような真似をし、醜態を晒してなお、尻尾を巻いて”この島さえ無事ならいい”などとのたまうだけのものか!? そんなくだらない誇りなら、そこに丸くなっているサーベルキングの餌にもならぬ! 真にムーンウルフの誇りを纏うものであるなら、ここまでコケにされて黙っていられるか!」
サリナの言葉を受けたムーンウルフ達は「何だと!」といきり立つ者と、黙って考え込む者の2者に別れた。
その間にクロトの方に向き直ったサリナは
「何の役にも立たないかもしれないが、私一人でも貴方達を手伝わせてほしい。無駄な時間かもしれないけれど一応他の者の説得も試みたい。もう少しだけ時間をくれ」
「わかった」クロト達は近くにあった茶屋で少しだけ待つと言って闘技場を出た。
闘技場を出ると、多くのムーンウルフが遠巻きに見つめている。見知らぬ者達が入っていったと思ったら、族長の悲鳴や怒声が飛びかえば、何事かと思うだろう。
クロト達が足を進めると、さあっと道が開ける。
上陸した時よりも何十倍もの好奇の目にさらされながら茶屋へとのんびり進むのだった。




