86)月の狼の島
月が波に揺られて踊っている。
出航してしばらくした頃、甲板で佇んでいたポロンポにクロトが声をかけた。
「なんか、変なことに巻き込んじゃって悪いな」
ポロンポはクロトの方を向かずに、月を眺めながら言葉をつなぎ始める。
「クロトさん、私はね、お店も碌にないような小さな島で生まれたんですよ。たまの楽しみがザウベルから来る行商でしてね。島では見られないものを持ち込む商人に、それはそれは憧れたんです」
クロトは黙って、同じく月を見つめる
「それから私の夢は、商人として名を上げることになりました。最初は島にあるささやかな果物をザウベルへ持って行って売って。少しずつ商売の手を広げて、ようやくバルケドに入港を許されるまでに商会を育てることができました」
そこまで言って、ポロンポはその姿勢のまま両手を広げる。
「私は、商人の中でもっと上を目指したい。今回の件、私にとってはチャンスしかないのですよ! 期せずして白虎王とも友誼を得ました! やはりあなた方に声をかけた私の勘は間違っていなかった! 迷惑? とんでもない! 感謝しかありませんわ!」
「そうか」ポロンポ熱気がクロトにも伝わって来る。
「それに、、、」
「それに?」
「クロトさんは、私の勘を”信じる”って言ってくれましたね。短い付き合いなのに。信用してくれた相手には、こちらも信用で返すのが私の目指す商売人ですわ。この一件、最後までつき合わさせていただきますよ」
そう言って振り返ったポロンポの表情は、満面の笑顔だった。
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翌朝、ハンモックに揺られていたクロト達。寝室にペリントの声が響く
「もうそろそろです。朝食、済ませておいて下さい」
と言う声で起こされ、二度目の船上での朝食。燻製肉とスープとパンのシンプルなメニューだがしっかりと頂く。
「日の出前の着岸は先方に不要な警戒を抱かせるでしょうから、現在、近くで停泊中です。これより目的の島に近づきます。あと1時間もかかりません」
「ご苦労だった、ペリント。あとは私が指揮を取ろう。ゆっくり休んでくれ」
ポロンポが引き継ぎ舵を切ると、船は静かにムーンウルフの島に向かって進み始める。
甲板に出たエル・ポーロの視線の先に中央に巨大な石の建造物が立つ島が見えてきた。
その建造物は遠目からでも巨大な四角い石を積み上げて、人工の山のようになっているのが分かる。
「なんだあれ?」クロトが驚きの声をあげる
「あれは”ピラミッド”と言う古代建造物です。ムーンウルフが作ったのか、それより以前からあるのか知りませんが、この島の象徴ですね。ムーンウルフの街も、あのピラミッドの周辺にあると聞いています」
操舵をゴリアテ族のパックに任せ、甲板に出ていたポロンポが解説する。
「もう気づかれているな、見られている気配がする。どうする? 念のためシールドを張っておくか?」
「いや、シールドを張って警戒されても困るから、このまま行こう。一応攻撃される可能性は念頭において動いてくれ」
シーラとクロトのやりとりで、全員が警戒度を上げる。しかし懸念した事は起こらず、船は細やかな船着場へと滑り込んだ。
船板を通して慎重に上陸するも、見える範囲には誰もいない。しかしアメリアやアーヴァントにも分かるレベルで強烈な視線を感じる。視線の数は1人ではない。
突き刺さる気配にクルーの表情も硬い。
そんな中で、クロトがすっと息を吸うと「見てるんだろ! 悪いが、誰か出てきてくれないか!」と声を張った。
一瞬の静寂の後、一人の女性のムーンウルフが姿を表した。
「商船のようだが、今日我らの島に商人が来る予定はない。何用か?」
「エドラック=クロトと言う。ばあちゃんの名前はウィレット。ばあちゃんはあんたらと同じムーンウルフだ。俺たちはばあちゃんの故郷を見にきたのと、重要な願い事かあって来た。できれば長に合わせてほしいんだが」
現れたムーンウルフは黙ってクロトへと近づくと、クロトの首のあたりに顔を寄せ鼻をひくつかせる。
「ちょっ、近い!」思わず口に出したのはクロトではなくアメリア。
その声にちらりとアメリアに視線を移すも、無視してクロトの匂いを嗅ぎ続ける。
ほどなくして、クロトから離れた彼女は、腕を組み、少し首を傾げながら
「確かに、、、微かだが、同族の匂いが混じっているな、、、ウィレットという女性を私は知らないが、、分かった。とにかくついて来い」
返事も聞かずにスタスタと島の方に向かってしまう。
慌てて後を追うクロト達。道中で名前を聞くと「サリナだ」とだけ返ってきた。
森に入るも、思った以上に道はしっかりしている。
踏み固めた土の上に、木屑が満遍なく敷かれてふかふかとしており、こんな時でなければ早々にはしゃいでしまいそうな感触だが、ジュリアが小さく「ふわふわ」と言うにとどまった。
道の両側は鬱蒼とした森。おそらくだが、何人か森の向こうから様子を見ている。
港で感じた視線と同じ者達なのだろう。シーラが感じるだけで、少なくとも4〜5人。
サリナについて歩いて行く事しばらく、先の方に明るい場所が見え始める。
森を抜けると、目に前には先ほど海から見たピラミッドがあった。
その周囲に石を加工した建物が並んでいる。正直、クロトが想像していたよりもずっとちゃんとした街だった。
思わず立ちすくむクロト達一行に、道ゆくムーンウルフから好奇の目が向けられる。
中にはこちらに寄って来ようとして、母親に止められている子供もいた。
「おい、何を突っ立っている? こっちだ」
サリナに促されて街を進む。歩いているところが目抜き通りなのだろうか、様々なお店が並んでいた。
ついつい目移りしてしまいそうになるが、サリナは足早に先へと進むため、一行も置いて行かれないように急ぐ。
「ここだ」
サリナが指し示したのは、複雑な彫刻が施された、四角い建物。
中に入ると周辺に観覧席があり、表現するならば闘技場である。クロト達はその真ん中に連れてこられる。
「長を連れて来る。待っていろ」
再び返事も聞かずに出てゆくサリナ。
「なんと言うか、風のような方ですね。。」
「いやー、こんな簡単にムーンウルフの街に入ることになるとは思いませんでしたわ」
「これ、横から魔獣とかけしかけられないですよね?」
泰然としているエル・ポーロや、好奇心が優っているポロンポに比べ、ついてきたピエールは今にもとって食われそうな怯えようである。なんでついてきたの?
「さっきのサリナさんが綺麗だったのでつい。。。」
と言いながら、何も出てこないのにクロトの背中に隠れようとする。そんな理由だけでついてきたのか、、こいつ意外といい根性してるな。
そんな感じでわちゃわちゃやっていると、観覧席の方からサリナとともに年配のムーンウルフが現れる。
「ウィレットの孫というのは、誰かな?」
年配のムーンウルフの声にクロトが一歩前に出た。
「俺だ。エドラック=クロトだ。あんたは?」
「ふん、あのウィレットの孫らしい奔放さだな。ワシはサルート。ムーンウルフの族長である。我が孫娘に”重要な願い事がある”と言ったようだが、そちらの話も聞いておこうか。歓迎するか、あるいは無事に帰る事ができるかどうかさえ、、、それ次第じゃな」
サルートは一癖も二癖もありそうな笑いで、クロト達を迎えたのだった。




