70)王子が王になる日
「久しいな! 愛しの妹よ! そしてクロト殿も元気そうで何より! シーラもいつも通りかい? お? そちらは新しいお仲間かな?」
しばらくアメリアに会っていなかったからか、若干、妹愛をこじらせつつあるように感じられるゲラントであるが、相変わらずのイケメン爽やかぶりで、そちらも元気そうで何より。
「ほう、貴殿がファウザの俊英と聞くアーヴァント殿か。よろしく。君はジュリアンリリさんと言うのか。よろしく! ジュリアでいい? 分かった! ではそう呼ばせてもらおう!」
ちょっと流石にテンション高くないか? 王子。
「お兄様、少々はしゃぎすぎでは?」
アメリアもそう思ったらしく、恥ずかしそうにゲラントを諌める。
「いやいやいやいや、分かるかい妹よ。見聞を広める旅に出たはずが、トナンの横領の件はともかく、オベリアではアーミーアントの群れに襲われ、と言うかむしろ前線で戦い、ファウザではヘカトンケイルなる怪物と対峙。さらには我が国のアラクネ騒動を含め、陰謀の匂いがすると言う手紙が届いた兄の気持ちが!」
ふーむ。客観的に聞くと、全く安心できない旅路だな。俺たち。
「しまいに世間では妹が奇跡の聖女だと取りざたされ始め、あまつさえクロト殿が率いるエル・ポーロなるパーティが紙面を賑わせる、果たして妹たちはどこへ向かっているのかも分からない、この兄の気持ちが!」
あ、なんか、、、色々ごめんな。
「ちょっと待ってください。お兄様。エル・ポーロが紙面を賑わせている、、、?」
「なんだ? 知らないのかい。ファウザやロッセンでは今一番の話題だぞ。有る事無い事いろんな記事が踊っている。多分全部の記事を合わせたら、人知れずドラゴンを倒し、世界を救い、今頃君たちは海に出て新大陸を探している最中らしいぞ」
とゲラントは笑っているが、当事者にはなかなか笑えない話だな。
「もっとも、マルメに来たら話題の中心は「大翼のカラス」一色だったな。君達もまだまだだ」
いや別に、紙面を賑わすの目指していないのだけど?
「ゲラント様、その辺で」
気配なくクロトたちの背後を取るこの声は
「バーン!? びっくりした!」
悲鳴に近い叫び声のアメリア。他の面々も驚愕しているが、バーンは一切気にも留めず続ける。
「皆さん先ほど到着したばかりでしょう。まずは旅装を解いてから、続きは晩餐の場としませんか?」
「ああ、失敬。ここ数日、アメリア達の到着を今か今かと心待ちにしていたから、つい勢い余ってしまった。では夕食の席を手配しておくので、1時間後に集合で良いかい?」
言いながらバーンと連れ立って立ち去って行った。
ポカンとしているのはアーヴァントとジュリア。
「もう、お兄様ったら。ビックリしましたよね」と、恥ずかしがっているアメリア。
いや2人が驚いているのはそっちじゃなくて、バーンの動きの方だと思うぞ。
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晩餐は個室で。エル・ポーロとゲラント、バーンに加えてもう一人。
「バルケド駐在大使のヘラルと申します。いつも皆様には姫様がお世話になっております」
ヘラルと名乗った上品そうな初老の男性は、ロッセン王家の遠戚に名を連ねる貴族で、優秀な文官。
ゲラント、アメリア共に幼少の頃から可愛がられており、よく遊んでもらった記憶があるそう。
ヘラルは今年で駐在大使の任期を満了し、来年には本国へ帰る予定なのだとか。
ちなみにバルケドの駐在大使は馴れ合いを防ぐため、各国5年任期で交代制なのだと。
「帰国しましてから、お二方の成長ぶりを見るのを楽しみにしておりましたが、いやはや、ゲラント様は王位を継承して挨拶に来られるし、アメリア様に至っては奇跡の聖女と呼ばれ、話題のパーティーメンバーのお一人ですし。。。若者の成長とはかくも早いものかと驚嘆しております」
「いやあの、ヘラル様はわたしが奇跡の聖女などではないことは、、、お兄様の王位継承?」
アメリアが自分の呼称の訂正よりも、気になったワードに停止する。
「あれ? ゲラントって継承は決まったけど、徐々に権力を移していくって話じゃなかったか?」
クロトが記憶を弄る。確かにクロトの前で王がゲラントにそう言っていたはずだ。
「おっ、クロト殿、よく覚えているな。実は今回私がここに来たのは2つの理由があってな」
そう言いながら、配膳されたばかりのエビをご機嫌につつくゲラント。
この大きなエビは本日のメイン料理。目の前の海から直送、採れたて新鮮そのもの。
アメリアが「もう、焦らさないでいただけますか?」と少し頬を膨らませて聞く。
「いや、しかしこのエビは絶品だからな、皆も冷めないうちに食べながら聞いてくれ」
ゲラントに促され、それぞれ皿に手をつけ始める。
縦に半分に割って、エビ味噌を果実酒とバターで炒めたソースを身の部分に塗ってから焼いてあるらしい。
しっかりとしたエビの身が濃厚なソースと相まって逸品である。
全員がメインを食べ始めるのを確認してから、やおらゲラントが話し始める。
「さて、私がここに来た理由の一つは、もちろん連合議会の件だ。通常ならばヘラルに任せておけば良いが、今回はロッセンが召集令を出しているからね。当事国からはそれなりの立場の人間が出席しなければ、事の重要性が伝わらぬ恐れもある」
もちろんヘラルを信用していないわけではないぞと、フォローも忘れない。
ヘラルも「存じておりますよ」とナプキンで口を拭きながら答える。
「ちなみにバーンは俺の護衛兼、ロッセンの証人代表だ。実際にアラクネと対峙した数少ない人間だからな」
そういえばここにはアラクネと戦った者たちが全員集まっているな、バーンいらないんじゃないかとゲラントが茶化す。
「アラクネの捕縛後の情報も、報告しなければなりませんからね」
バーンはあっさりとした返答。あしらい慣れている感じ。
「そして2つ目。先ほどヘラルが言っていた王位継承の件だ。実は父上、時間が経つほどにアラクネに踊らされていた事実が心に重くのし掛かってしまったようでな、引き留めはしたのだが、継承を早めたいと言って来たのだ」
「お父様が、、、その、気落ちからご病気などには、、?」アメリアは少々心配そうである。
「いや、体は健康そのものだな。第二妃、アメリアの母上様が「引き籠っているのは良くない」と連日遠乗りに連れ出しているので、むしろ体力的には元気になったのではないかな」
「そうですか、、、それならば良かった。。」
「しかし、王としての気概、とでもいうのかな? 私たちにはまだ分からない部分だが、そう言ったものが減退しているのを感じているそうだ。加えて、自画自賛にはなってしまうが、アラクネによって混乱をきたしていた城内の人事などを私が一手に差配して見せたこと、それにアメリア、君の活躍を聞いて勇退を決断するに至られたらしい」
「へえ? 次世代が育って来たのを感じたから身を引いたのか。潔いな、ロッセン王なのに」
クロトの物言いにちょっと驚いた顔をするのはヘラルのみ。他は慣れたものだ。
ゲラントに至ってはむしろ嬉しそうに
「クロト殿からしたら「なのに」扱いだろうな」と笑う。
「ただ、一応以前は賢王と呼ばれたこともあったのだぞ」とフォローも入れる。
「それでな、今回の連合議会で各国に承認を得るための挨拶に訪れたというわけさ」
「じゃあ、連合議会が終わったらゲラントが王なのか?」
「いや、そういうわけにはいかない。大陸で王を名乗るには古くからの伝統があってね。最低でも3国以上の支持を得なければ、王を名乗ることは許されない。なおかつ、戴冠式までの諸々の準備を考えると、実際に王位を継承するのは早くて半年から1年後ではないかな」
王が身罷られたのなら別だがね。と補足しながら、話の合間に頼んでいた果実酒を口に含む。
「それなら、今日が王様への第一歩ってわけだ。ゲラントなら良い王になるんだろうな。まずはおめでとう」
クロトがグラスを前に掲げると、全員それに倣ってグラスを掲げ、それぞれゲラントに祝福の言葉を届ける。
ゲラントは少し照れ臭そうに
「皆、どうもありがとう。いやぁ、正直、今初めて『王になる』という実感が湧いてきた気がするよ」
そう言って笑った横顔は、アメリアの笑顔と良く似ていた。




