39)アメリア、偽名を使う
すり鉢状の穴を転ばぬように降りながら、アーヴァントがふと聞く。
「そういえば名前、聞いていなかったな」とアメリアに視線を向ける。
「メアリーと言います。こちらは騎士のシーラです」
「メアリーだな。古代遺跡の知識はどこまで?」
「古代文字を多少は読める程度です。興味があって、専門の方に師事しました」
さらりと偽名で話を進めるアメリアを見ながら、シーラは王宮でのアメリアを思い出す。
ここ数年は特に王宮内で政治に揉まれ、気の休まる暇がなかったアメリアにとって、冒険譚や古代ロマンを記した書物は数少ない息抜きの一つだった。
ゆえに、クロトと旅立つことにも躊躇がなかったし、実際に古代遺跡に触れることのできる今の状況は望むところなのだろう。
「古代語を? 師事したのは誰だ?」
「ご存知かどうか、ロッセンの王都におられるファーマスという学者様です」
無表情のアーヴァントの眉がピクリと動く
「ロッセンのファーマス? “レシアの迷宮”の著者の、ルドルグ=ファーマス殿か?」
「ファーマス様のこと、ご存知ですか?」
「無論だ。“レシアの迷宮”は私の愛読書だ」
妙なところで接点があったな、とシーラが思っているうちに、すり鉢の底にたどり着く。
遺跡からは瓦礫が次々と運び出され、わきに積まれている最中だった。積み上げられた瓦礫は学者然とした面々が何やら仕分けている。
「さて、どうだ?」作業中の兵にアーヴァントが声をかける。
「はい。もう少しで開通するとは思うのですが、、、いかんせん先が暗くて見えないので、、、」
そうか、アーヴァントは言いながらアメリアたちの方を向き、状況を説明する。
「見ての通り、すり鉢状にえぐれていることから、この爆発は地上付近で発生したものだ。その積もった土を取り除いてみたら、中から通常ではありえないほどの人工的な瓦礫が出てきたので、慎重に探ってみたら古代遺跡の一部が露出した。今は埋まった通路の瓦礫を撤去するとともに、瓦礫に遺跡の手がかりがないか分類しているところだ」
「では、私たちは瓦礫の分類の手伝いを」アメリアが早速動こうとすると、アーヴァントが制す。
「いや、古代語が分かるのであれば、そちらの石版の解読を手伝ってもらいたい。今の所、この瓦礫の中から出てきたものの中で、古代語が刻まれている唯一の物だ」
見ると3人ほどの学者が1枚の石版、といっても随分大きなものだが、を囲んで解読に勤しんでいる。
石版は漆黒と表現するのが適当な黒で、他の瓦礫とは明らかに違う雰囲気。どのように彫り込まれたのか、文字の曲線も流麗に彫り込まれている。
そもそも爆発に巻き込まれたにしては破損がなさすぎる。
「すみません。ちょっと見せていただいても?」アメリアが学者たちの間に割り込む。
「モリス文字、ですかね?」アメリアがつぶやくと、横にいた学者も「おそらく」と頷く。
そこからは「この文字は、、、」「この文法で、、、」などの専門知識が飛び交い始めたので、シーラは耳を傾けることを諦め、ぼんやりと空をみる。
ちょっと鳥っぽい雲を見て、クロトたちが鳥を獲ってきてくれたら嬉しいななどと考えていた。
アメリアが3人の学者と膝突き合わせて話し合うこと2時間ほど。
それなりに警戒しながらも、ぼんやりと空を眺めていたシーラの耳に「見えたぞ!」という声が聞こえた。声のする方をみると、どうやら瓦礫の撤去が終わり、遺跡の入口が露わになったようだ。
地上と穴の底を忙しく動き回っていたアーヴァントも駆けつけ、杖に火を灯して中を探っている。
「先行して中に入る者の手配を」短く兵に指示を出し、こちらに近寄ってくる。
「何かわかったか?」
学者とアメリアは顔を見合わせ、目で譲り合った後、中でも年配の学者が代表して口を開く。
「解読できない部分も少なからずありますが、解読できた部分では遺跡の見取り図と警告文ではなかろうかと」
「ほう。順に説明を」アーヴァントが続きを促す。
「まず見取り図ですが、正確には見取り図の解説文とでも表現するべきでしょうか。法則性からすれば、文字ではなく記号と思われる彫刻の後に、「王冠の間」「祭壇の間」「水?の間」「?宣の間」「控えの間」「詰所」「?庫」「倉庫」「??所」「兵士の間」と単語が全部で10箇所。多分、この石版と対になる絵図面が存在しているのではと」
アーヴァントが軽く頷く。
「では、警告については?」
「これも確実に警告であるとは言い難いのですが、、、」年配の学者にアメリアが助け舟を出す。
「モリス文字が使用された文明を調査した書物の中に、よく似た記号と文字の並びのものを見たことがあります。適当な表現だと”関係者以外立ち入り禁止”とか、そういった類の文面ではないかと」
「他には何か?」
「ここに□王の何かを封印? したとか、災いが降りかかるといった文面のようです」
「なんらかの王の封印。爆発源となったものか?」
アーヴァントは眉間にしわを寄せ、皆が唸っている。
重苦しい空気の中、シーラがやんわりと口を出す。
「取り込み中のところすまないが、もう日が傾いてきている。実際に遺跡を探索するにしても、暗くなってからというのは感心しないな。一旦切り上げたほうが良いのでは?」
気がつけば太陽はもうすぐ今日の仕事を終えようとしていた。
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「パールさんとクロトさんの姿が見えない?」
夕食の場で兵士が報告する。明るいうちから姿が見えないと言う。
シーラがおや? と首を傾げながら
「2人ならパールが狩に誘って森の方へ向かったはずだが?」
するとアーヴァントを始め、その場にいた騎士が渋い顔をする
「しまった。自由にさせるのではなかった」
「さすがにウロウロせんだろうと思っていたので目を離してしまった」
「どう言うことです?」アメリアが聞く。
騎士の1人が干し肉を噛みちぎりながら答える。
「メアリーさんはご存知ないだろうが、パールは実力も頭のキレも申し分のない騎士ではあるのだが、尋常でない方向音痴なのだ」
「方向音痴、、、ですか?」
シーラが再び小首を傾げる。
「合同訓練時などは、そんな風に見えなかったが?」
「頭の中に地図がないのだろうな。目的が見えているときはいいのだが、森のようなところに入るとテキメンにダメだな」
アメリアが慌てて席を立ち「急いで探しに出たほうが!」
が、シーラを始めアーヴァントや騎士の面々は落ち着いたものだ。
「もう周囲は暗い。この時間から探しては、最悪二次被害の危険もある。それに、先ほども言ったがパールの実力は申し分ない。同行した君の仲間は災難だが、案外明るくなったらひょっこり戻ってくると思うぞ」
そういった騎士は、ワインをなみなみと注いだグラスをうまそうに傾けた。
「そちらの騎士殿のいうとおりだな。それにクロトの実力も折り紙つきだ。心配するだけ損だと思うぞ」
騎士の言葉にシーラも続き、アメリアは釈然としない表情ながら、席に戻った。
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翌朝も2人は戻ってこなかったので、数名の兵士が探索に。残りは調査の続きを、となった。
クロトとパールは昼過ぎに現れた。遺跡の中から。クロトがパールをお姫様抱っこした状況で。
後方に立ち上るドス黒いオーラを感じ、シーラはアメリアの方を見ないように努力した。




