38)クロト、落っこちる
落下する数秒の間にクロトは体勢を立て直し、そのままだと背中から地面に激突しそうなパールを引き寄せ、お姫様抱っこして着地。
足元が平坦でよかった。尖っていたりしたら、、、想像するとゾッとする。
落下してきた場所を見上げると、遥か上に太陽光が漏れる穴が見えた。見た所ざっと30m以上はあるか。
そのまま遥か上空の光をぼんやり眺めていると、胸元から声が。
「その、助けてもらったのはありがたいのだが、、、そろそろ下ろしてもらえると、、、」
あっ、ごめんごめん。パールをそっと下ろす。
暗くてよく見えないが、パールは片手を頬に当て
「私は男勝りな見た目だから、同性に「お姫様抱っこをしてほしい」と請われたことはあっても、お姫様抱っこをされる日が来るとは思っていなかったな」
あ、嫌だった?
「そんなことはないぞ。ただ、ちょっと驚いただけだ。自分でもびっくりするくらい照れている。ここが暗くてよかった」
少し落ち着く時間が欲しいとのことだったので、その場でしばらく静かに時間が過ぎるのを待つ。
しかし参ったな。ブーストかけて全力で飛び上がっても、届くか微妙な高さだな。よしんば届いたとしても、この場所の安全性が不確かな以上、パールを置いて助けを呼びに行くのはちょっとなぁ。
クロトがうんうんと解決策を考えていると、ようやく気持ちを立て直したパールが声をかける。
「すまない。待たせたな。もう大丈夫だ」
「いや、気にするな。それで、ここはどこなんだろうな?」
光は2人が落下してきた穴のみ。とにかく状況がわからない。
「おそらくは、今皆が調べている古代遺跡の続き、と考えるのが妥当だろうが。。。クロト殿は火属性などの灯りになるような法術は使えるか?」
「いや、適性は火属性らしいんだが、いかんせんコントロールができなくてな。アメリア曰く『ちゃんと制御できる前に使うと危ない』とのことだ」
「、、、危ないって、どんな威力なんだか。まぁ、私も得意ではないが、そういうことなら私が灯り役になったほうがいいな」
と、腰に差してあったロッドらしき棒を取り出す。それをヒュンっと振ると、短い槍のようになった。
「なんだそれ、かっこいいな、槍? 杖?」
「非常用のショートランスだ。私は槍使いなのでな。石突の部分に玉を埋め込んであるので、簡単な杖としても使える」
と言うと、石突側を上にして小さな炎を灯す。ようやく周辺が少し見えるようになってきた。
だが、見渡す範囲に壁は見えない。
炎が時折揺らめくところを見ると、幸い風の通りはあるようだ。つまりどこかで地上につながっている場所があるということだな。
「まずは壁沿いを探ってみよう」
照明役のパールが先に立ち、慎重に歩みを進める。数分ほど歩いたが壁に突き当たる。
「思った以上に広いな」と、壁を探っていると、壁の凹みに皿があり、玉が置かれている部分があった。
「これは、もしや、、、」パールが炎を近づけると、皿の玉にも炎が移る。へえ、照明の代わりか。これ。
素直に感心しながら、壁を伝っていくと、壁は円を描くように丸くなっており、等間隔で照明器具が並んでいた。
ぐるっと一周し、全ての照明に明かりを灯す。また、最初は気づかなかったが、中央の方にも槍が刺さったような照明器具がいくつか立っており、それらにも炎を灯すと、ようやく落ちた場所の全容が見え始めた。
見渡せばこの空間はドーム状になっており、中心には黒い石で加工された台座。
台座の周辺にはかつての装飾の名残なのか、あるいは椅子だったのか、風化した何かの屑のようなものが溜まっている部分もあるが、原型をとどめているのは照明器具と台座だけのようだ。
ドームの対角線には2つの出入り口。正直、どちらが調査中のキャンプ地に近づく方なのか分からない。
落ちてきた高さを考えると、キャンプ地の爆発の底にあった入り口よりも、こちらの方が少し下な様に思われる。
「雰囲気からすれば、ここは祭祀の場のようにも見えるな、、、とにかく、手分けして何か脱出の手がかりがないか探してみよう」
パールは壁際を再確認。クロトは台座の部分へと近づいた。
埃こそ積もっているが、漆黒とも言える黒さの台座はよく磨かれており、手で埃を払うとクロトの顔が映るほどだった。
正確なところは見当もつかないが、古代遺跡と言うくらいだから、100年単位の時が流れているのだろう。
そんな時間を感じさせない台座。ただの石ではないのだろう。
しゃがんで台座の側面を探ってみる。
なにやら模様のようなものが刻まれているが、それが何なのかはクロトにはわからない。
台座の足元も探るが、これといって手がかりになりそうなものはなかった。
「そっち、何かあったか?」
クロトが声をかけると、「ちょっとこっちにきてくれ」との声。
照明器具よりは少し上、パールが指差す場所には両手ほどの空間がぽっかりと空いていた。
「何だと思う?」パールが聞く。
クロトの頬に少し風の流れを感じ「空気穴か?」
「かもしれんが、こちら側の壁にだけ、同じような穴がいくつも空いている。空気穴にしては不自然な気がするな」
「そしたら何かの罠、、、とか?」
クロトの考えにパールが苦い顔をする。
「その予想は外れてくれると助かるが」
結局、この部屋の中で改めて見つけられたのは謎の穴のみ。
このままでは埒があかないので、2人はどちらかの通路を進む方向で話を進める。
「ところでクロト殿は、食料は持っているか?」
クロトは頷き、腰の皮袋を叩く。アーミーアント戦でも干し肉や水を入れていた皮袋だ。
この皮袋は「腰守護」と呼ばれ、常に腰に非常食と水を常備、それから2枚の予備袋で1組となる。
旅人や騎士、商人など、この世界で長距離の移動をする人間には必須な準備で、腰守護を下げていない旅人は逃亡犯罪者を疑われるほどだ。
旅路で魔物に襲われ這々の体で逃げた、盗賊に襲われ身ぐるみ剥がされた。といった不測の事態において、命綱となる腰守護は、文字通り精霊の守護が宿っていると考えられ、他人の腰守護を奪うことは厄災を呼ぶとまことしやかに信じられている。
そのため盗賊であっても、他のものは奪っても腰守護だけは奪わないという不文律がある。
「水が少し心許ないが、食料は干し肉と乾パン、干し果物が入っている。節約すれば2日ほど、飲み水さえ確保できれば3〜4日はいけるな」
パールは満足げに頷き返す。
「私も似たようなものだ。何とか飲み水を確保するか、2日以内に脱出するかだな」
「それでなんだが、まずは向こうの通路に行ってみないか?」クロトが自分たちの右手にある通路を指す。
「理由を聞いても?」
「あくまで感覚的な話だが、反対の通路よりも湿気を感じる気がする。照明器具を見る限り、かなりしっかりした作りの遺跡のようだからな。使えるかどうかは別として、水場が作られている可能性は高いんじゃないか?」
なるほどとパールも同意し、あっさりと右手の通路の探索が決まった。
「ところで、この照明持っていけないか?」
クロトが言いながら、中央近くの照明に手をかけると、照明を支える槍のような棒は簡単に抜けた。パールも同じように照明を抜く。
そうして2人は本格的に遺跡の探索を開始するのだった。




