37)禁術
大きな天幕の外では様々な人の声や動きが感じられるが、中には俺たち4人しかいない。静かなものだ。
パールとシーラは合同訓練で度々顔を合わせており、多くはない女騎士という共通点もあり、旧知の間柄なのだとか。
合同訓練ではパールもガーヴォからしごかれたこともあるそうだ。他国の騎士に何してんだあの爺さん。
パールたちがこの地に訪れた理由は、昨日の明け方に近くの街で感じた地震と、立ち上がる黒煙によるものだった。
「そういえば、少し揺れたな」その時間に見張りをしていたシーラは感じ取ったらしいが、まだ距離もあったため、煙らしきものを確認するには至らなかったらしい。
3日前の夜、オベリアがアーミーアントに襲われた翌日には、ファウザにもアーミーアント襲来の一報が届けられ、主だった者たちが救援や今後の対策のために集められた。
翌朝には出兵できるように準備が急がれたが、現地から届いた急報は、まさかの被害軽微の知らせ。
誤報の可能性も十分に考えられたので、ドラゴンに乗れる騎士が急ぎオベリアへ向かい、状況を確認。
その日の夜にはオベリアの新聞を携えたドラゴン騎士が帰還。アメリアの奇跡の鐘が大きく取りざたされた。
そしてファウザとしてもホッと一息ついたのもつかの間、西のハナムとの国境付近で地震と黒煙が確認されたとの知らせが。
アーミーアントとの因果関係も懸念されたためパールたちの一団がこの地へと派遣された。という流れということだった。
「それで、何か分かりましたか?」話を聞きながらずっと難しい顔をしているアメリアが問う。
「蟻どもの道を逆に辿って来た君達にはご覧の通り、この場所がアリの道の始点だ。アーミーアントの出現地点はほぼここで確定だな。また、連れて来た術師たちが言うには、非常に大きな爆発があったのも間違いないようだ」
シーラがチラとクロトを見るが、俺じゃないよ。一緒にいたじゃないか。濡れ衣ですよ。
「穴の奥にあった空洞のようなものは?」
「そこはまだ分かっていない。アリの巣にしては作りがしっかりしているようだ。今のところ、埋没していた古代遺跡の可能性が高いらしいが、そのあたりはこれからの調査だな」
「え? あれ、アリの巣穴じゃないのか」
てっきりここに巣穴があって、そこからアーミーアントが這い出して来たと思ったいたクロトは驚きの声を上げる。
「上から見るだけでは分かりにくいが、中は人工的に作られた通路になっているようだ。無論、打ち捨てられた遺跡を蟻どもが住処にしていた、と言うことも考えられるが、いずれにせよ、人の手が入っている」
「中は広いのか?」シーラも続ける。
「それも分からんな。まだ安全確保の段階で、瓦礫を運んでいる最中だからな。ただ、小さな遺跡ではなさそうだと言っていた」
それからは、アーミーアントの対応や火が弱点っぽいと言った話など、パールに聞かれるがままに、アーミーアントの攻略法を説明するクロトとシーラ。
お茶が冷め、「新しいのを入れよう」とパールが立ち上がる。
「アメリア。大丈夫ですか?」ずっと黙ったままのアメリアをシーラが気遣う。
それには反応せず、一点を見つめながら握った手のひらを口元に当てている。
パールがお茶を入れなおして戻ってくると、ようやくアメリアが口を開いた。
「確認、と言うか、すり合わせをしたいのですが、術士の責任者の方とお話しさせて頂くことはできないでしょうか?」
パールは少し逡巡するが、シーラも「本人は誤報と言ったが、オベリアの奇跡は大げさではないのだ。うちの姫は切れる」と後押しをすると
「分かった。待っていろ」と天幕を出て行った。
戻って来たとき隣にいたのは、モノクル(片眼鏡)を付け、髪はぴっちりと七三分け。いかにも学者然とした体裁の男。
「それで? 話とは?」立ったまま。即、本題。超無表情。
「地下遺跡の何かを触媒にした、禁術では?」アメリアも挨拶抜きで答える。
「ほう」とモノクルをかけた方の眉を少し上げると、つかつかと近づいて来て、椅子に座る。
「アーヴァントだ。宜しく」
「すまないが、我々にもわかるように説明してもらえないか?」パールが言うも、「分からんか?」と返すアーヴァント。
「分からんな」と苦笑するパール。アーヴァントは面倒そうにアメリアに話を促す。
「あ、説明する前に、もう一つ。パールさん、オベリアが襲撃されたと言う知らせは、どなたからどのように届いたのでしょうか?」
「? いや、そこまでは詳しくは聞いていないな」
「そうですか、、、それでは、そちらは後回しにしましょう」と切り替え、説明する体勢に入る。
「世界には“禁術”とされる法術が存在します。そのほとんどは、起動方法すら失われてしまっていますが、その中に『召喚術』と言うものが存在します」
アメリアは一旦、アーヴァントを見て、黙って腕を組んでいるのを確認すると、話を続ける。
「禁術の多くは、多くの生贄が必要だったり、あるいは多量のマナを必要としたり、その強大な効果に比例して必要なエネルギーは膨大なものとなります。また、術者への負担も大きく、一人で禁術を行える術者というのは、ごく僅か」
カチャリ。シーラが手に持っていたカップを置いた音が、妙に大きく響く。
「さて、そこで古代遺跡です。過去にも古代遺跡の内部から、失われた技術で作られた宝物が見つかった記録があります。宝物の中には尋常ではない力を宿した物も」
「なるほど、では、その宝物を使って禁術とやらで、蟻どもを召喚したと? だが、それと爆発がどのように関係を?」パールがしかめ面で言う。
すると黙って聞いていたアーヴァントが「禁術の痕跡を消したのだろう。どのようなものか分からんが、もしかすると”それ”を見られると、術者の素性に繋がる何かかもしれん。かつ、爆破しないとダメなものである可能性も高いな」
「もしかすると爆発は、エネルギー源の宝物の暴走爆発かもしれません。禁術を使いこなせるような術者なら、わざと暴走爆発させた可能性も」
「はー、すごいな。そんなことできるのか?」クロトが単純に感心していると、アーヴァントが初めてニヤリと笑う。
「おい、パール殿、この娘は何者だ? 人手が足りんのだ、優秀なものを遊ばせるのは無駄だ。この娘にも調査を手伝ってもらおう。準備ができたら声をかけたまへ」と、返事も聞かずにさっさと外に行ってしまった。
「無礼ですまん。あれでも将来を嘱望される有能な男なのだが、どうにも社交性に欠けるところがあってな、、、」パールはずっと苦笑いである。
「特に気にしていませんが、せっかくですのでお手伝いします、、、と、クロトさん、それで良いですか?」
「乗りかかった船だからな、構わんが、俺はなんの役にも立ちそうにないぞ」お手上げポーズのクロト。
「私も似たようなものだ。魔物が出たときの学者たちの安全を守るのも立派な仕事だぞ」
パールが言う。確かにもっともだな。
天幕を出て、アメリアはアーヴァントの元へ駆けていった。
クロトも古代遺跡を覗いてみたい気持ちはあったが、邪魔になりそうなので後にする。
「せっかくだから、魔物の警備ついでに夕食の足しになるように狩りでもしないか」と言うパールの誘いに乗って、近くの森に足をのばすことに。
シーラはアメリアのそばにいると言うので、ここで一旦別れる。
調査地点から目と鼻の先にある森は、あまり人が立ち入らないためか藪が生い茂っており、見通しが悪い。
ダガーで道を切り開きながら進むが「これでは動物も逃げてしまうかもしれんな」と言うパールのつぶやきの通り、なかなか獲物は見つからなかった。
戻ろうかとパールと相談しようとした時、その音は聞こえてきた。
カタカタ、と言うかコトコトと言うか、そういった類の音。
「なんだ?」声を潜めてパールに声をかける。「分からんが、念のため様子だけ見よう」とお互い頷くと、なるべくソロソロと音の方に進む。
結果から考えれば、これは大変不用意だったなとクロトはのちに回想するのだった。
端的に言えば、突然足元が崩れてパールもろとも落っこちたのである。




