16)アメリア、奔走する。
「ダメに決まっておろう! 話にもならぬ!」
王の政務室より、国王の怒号が響く。
先だっての事件で憔悴しきりの王ではあったが、この日は声を荒らげた。
しかしそれも当然である。自分の娘であり王女たるアメリアが「クロトに同行して、見聞を広める旅に出たい」と言い始めたのだから。
「お話をお聞きください、お父様」
「聞く必要はない。下がれ! 執政中である!」けんもほろろに追い出された。
「やはり一筋縄では行きませんね」
部屋の外で待っていたシーラが声をかける。下を向いて一見落ち込んでいるように見えたアメリア様は言った。
「そうですね。でも、ここまでは予定通りです」
昨日の夜、クロトと初めて夕食を共にし、通行証の話をした後のことだ。
アメリアは自身の部屋に戻ると、退出しようとするシーラを呼び止め、クロトに同行したいと話した。
できればシーラにも一緒に行ってほしいことも。
当然シーラは驚き、止めようとしたがアメリア様の意志は堅かった。
思いを聞き、嘆息しながらも理解を示すシーラ。それでも王を説得するのは無理であろうと話すが、それも対策を考えているという。
最悪逃げちゃおっか、などと茶目っ気のある顔で言い放ったので、思わず苦笑してしまった。
それからアメリア様の対策とやらを聞き、退出した。
部屋を出たシーラは深く息を吐く。幼い頃から権力に群がる有象無象を相手にし、ここ1年ほどは命を狙われながら己の主張を曲げることのなかっただけのことはある。我が姫ながら将来が楽しみだ、と。
ちなみにシーラも同行してほしいという願いであるが、そもそも、そのようなことは聞くまでもないのである。
シーラが剣を捧げたのは、可愛らしくもしたたかに、そして、心さえも強く、美しくあらんとするアメリア様ただ一人なのだから。
クロトと買い出しに行った翌朝、二人は行動を開始、次期王が確定しているゲラントを訪ねる。
アメリア様はこの件に関し、味方をしてとは言わないまでも、せめて否定側に回らないようにしてほしいと頼んだ。
元々、シーラから見ても仲の良い兄妹だったが、ここ一年は魔族領への侵攻阻止という共通の願いをもとに奔走しており、共に戦った戦友のような思いもあるため、ことさら良い関係性を築けていた。
その影響もあったのだろうか、アメリア様の願いにゲラントはあっさり肯首する。
ゲラントも若いこともあり、世界を見て回りたいという気持ちには思うところがあったのだろう。
ゲラントの答えに感謝し、返す刀で第二妃である実母の下へ。
ゲラント同様に中立を保ってほしい旨と、自身が旅立つことを許してほしいことを願う。
シーラはアメリアの説得を黙って聞きながら思う。
第二妃は良くも悪くも活発な方だ。若い頃は現王と、というか現王を引き連れて随分と無茶をしたこともあると聞いている。
アメリア様が淑女の嗜みを覚える前に、馬の乗り方を覚えたあたり、妃の性格を表していると言えよう。
多分あっさり許可が下りるのではと考えていたが、返ってきたのは意外な言葉。
「うーん、可愛い娘を送り出す動機としては弱いなぁ」
「動機、ですか。。。」
アメリア様もここは大丈夫だろうと踏んでいたようで、思わぬ返しに困惑している。
「結局、そのクロトって子に惚れちゃったのかしら?」
少しの逡巡の後、アメリア様は顔を真っ赤にしながら頷いた。
「よし! なら行ってらっしゃい! あんまり危ないことしちゃダメよ?」
ああ、なるほど。実にこの人らしい動機、である。
王に意見できる人々の外堀を埋めると、今度は王族の行事などを司る長官の下へ。
もしかすると自分は後学のために他国へ留学することになるかもしれない、その場合私がいないと困るものがあったら教えてほしいと、微妙に嘘でもないようなことを言いながら、諸々の調整を行う。
そのように自分がいなくなって困る可能性がある部署や大臣と話し、段取りを整えてから政務室へ来たが、先ほどの追い出されっぷりというわけだ。
しかしアメリア様が言った通り、ここまでは想定通りである。
「難しい話をするときはワンクッションあったほうがいいわ。怒りが収まったら、自分で考える時間ができるから」
そう言いながら、その日はクロトと夕食を共にした。クロトは騎士団の構成にも興味があるようで様々なことを聞かれた。
昨日のことがあったからだろうか、私が姫の専属騎士であることを話すと、アメリアが照れていて微笑ましかった。
翌日は実際に各所を通行するために必要な諸々の許可や申請、必要なものの準備で気がついたら夜もとっぷり暮れていた。
アメリア様はクロトと夕食を共にできなかったことを残念がっていた。
3日目。アメリア様は王に「昼食を共にしましょう」と提案。
王とアメリアのほか、ゲラントと第二妃も同席。私は警護として入り口付近に居場所を定める。
先日激昂してしまったこともあり、王は少々気まずそうだ。
「あー、この間は怒鳴りつけてしまい、すまなかったな。だが、アメリアのことを思っての発言と分かってほしい」
「いえ、全く気にしておりませんわ、お父様」と姫スマイル発動。
「そうか。。。」その後はつつがなく舞台は進む。
皆が食事を終え、紅茶が配られたのがアメリア様の開戦の合図。
「それで、お父様。先日のお話は考えていただけましたか?」
「先日?。。。。。まさか、まだあの話を諦めておらんのか」
「もちろん。本日はそのためにお時間をいただきましたので」
険しくなる王の顔、しかし、王が何か言う前にアメリア様が続ける。
「先日は、私がなぜ旅に出たいかきちんと聞いていただけませんでした。せめて、それだけでも聞いていただけませんか」
言葉を飲み込む王。
「、、、、申してみよ。それで気持ちが変わるとは思えんがな」
「この度の一件で私は思い知りました。私がいかに弱く、そして何も知らないのかを。。。。クロトさん、クロト様の活躍のおかげで未然に防げたとはいえ、危うく祖国が乗っ取られるところだったのです。1年前から何かおかしいと思っていても、、、物事を疑うにも「何がおかしいか」を知ることのできる見識や力が必要なのだ、と。私はそれを磨きたい。様々な世界を見て、いずれはこの国の民のために活かしたいのです」
事前に聞いていたシーラでもグッとくる理由。2人で話した夜、アメリア様がこのような思いを抱いていると知ったときは言葉にならなかった。
「、、、しかし、、、」
思った以上にしっかりとした理由を聞かされ、返す言葉を探す王。
「私は良いと思いますよ」と横槍を入れたのはゲラント王子だ。
「ゲラント、、、」
「妹の性格を考えれば、ここで無理やり反対しても、隙を見つけて出奔すると思いますよ? それならアラクネも倒すほどの実力を持つクロトに同行した方が安全ではないですかね? 見知らぬ土地への旅は当然、兄として心配ですが、無事帰ってきたときこの国にもたらすものは決して小さくないと思います」
すると、第二妃も乗ってきた。
「ところであなた、今回の一件で私の娘が殺されそうになったと聞きましたが、父として何かありますか?」
すごい嫌味のこもった脅しに、王は渋面をつくる以外のすべを持たない。
はぁーと言う深いため息とともに、王は額に手を当てる。
「なるほど、、、すでにわし以外は説得済みというわけか、、、その調子では他にも手回ししておるのであろうな、、」
「はい、最悪の場合、独断で国を出る準備くらいまでは」
笑顔で宣う我が姫。
「確かにアクラネの仕業とはいえ、直接的ではないにしろ、わしは娘の命を奪う可能性があった。。。だが、娘を大切に想う気持ちは持っておるつもりじゃ。それに、アメリア、お前のその若さで身につけた政治力はこの国の大きな財産だと思っておる。ゆえに弟を差し置いて王位継承権の2位としたのじゃ」
「はい」
「あやつ、、、クロト殿にはもう話したのか?」
「いえ、こちらの意見を統一しないと、ご迷惑をおかけするばかりですから」
王は再び深いため息。
「わかった」
「では!?」
アメリア様は思わず立ち上がるが、王は手で制する。
「ひとつだけ条件がある」
「条件?」
「クロト殿が良いといえば、認めよう。だが、否と言えばこの話はなしだ。ゲラントが言った通り、旅立つには近くに強者がいて、の前提である。ただし、クロト殿の返事を聞く前に、この条件を明かすことは許さぬ。これが譲歩できる最大限である。良いな」
こうしてクロトが知らないうちに、アメリアの運命のサイを握ることになった。
ちなみにこの時、クロトはお昼寝の真っ最中だった。




