12)クロトの強さの秘密(前編)
ぐるぐるに縛られ、猿轡と目隠しをされ、あまつさえアラクネの蜘蛛の糸がくっついており、砂ぼこりが付着し、こう言ってはなんだが汚い茶色い塊となっていた王様。
足元に小さな水たまりができていたのは、俺たち四人の秘密だ。
どうにかこうにか王からアラクネの蜘蛛の糸を引きはがした頃、騎士団が到着。
ぶっ倒れている巨大なアラクネと、なんとも言えない状態の王に目を剥いたが、バーンの「魔物にとり代わられていた妃を釣るために、4人で計画した」という弁で一応の納得を見た。
王がぐったりしていることを良いことに、王の許可も得ていることにしておいた。
バーンの副長らしい人は、釈然としない感じだったけど。
意識が無いとはいえ、3メートル以上あるアラクネ、紐で縛ったくらいでは気がついたときに簡単に逃げちゃうんじゃないの、と思ったが、本来は猛獣用の、ちょっと人には使っちゃいけないお薬を濃いめにお注射するとのことで、詳しくは聞かないことにした。
何が起こるかわからないので、事前にバーンが色々持ってくるように指示していたらしい。そういうとこ、デキる男だな、バーン。
そうして、東の国へ逃亡を図るはずだった俺たちは、バーンとともに王都へ戻る。
王都でもちょっとした混乱が起きていた。アラクネの意思誘導にかかっていた者たちが、アラクネが敗れると同時に一時的な放心状態に陥ったらしい。
そうなった者から状況を聞いたところ、一人はここ一年くらいの記憶がひどくぼんやりとしているという。
中には王の近衛兵に抜擢されたことも認識しておらず、なぜ自分が近衛兵に混じっていたのかわからないというケースもあった。
一方で記憶はしっかりしているが、なぜ、そんな選択をしたのか全くわからないという者もおり、意思誘導の個人差の大きさが目についた。
王も比較的記憶ははっきりしているが、なぜ、第二王子を後継にしたかったのかわからず、鉱山の襲撃なども全く意図していないとのこと。
これにより一連の鉱山侵攻騒動は、全てがアラクネが裏で糸を引いていたものとはっきりした。蜘蛛だけに。
バーンが皆に切り取ったアラクネの足を見せながら事情を説明すると驚愕したものの、結果的に王国を揺るがしかねない謀略を未然に防いだということで、俺たちの件も不問となった。
アメリアが心配していた長兄は、幸い城内で見つかった。やはり操られていた兵士たちに見張られ、あまり人が出入りしないところに軟禁されていたそうだ。よかったよかった。
で、今俺は、城内のクソ広い貴賓室でゴロゴロしている。
「王は色々あってアレなので、詳しい話は明日にしてほしいとのことです。ゆっくり身体を休めてください。城内がまだ落ち着いてないので、できれば今日はこの部屋でゆっくりしていただけると助かります。食事も持ってきますので」
と部屋に案内してくれたバーンに言われたのだ。
王がアレなのはまぁ、割と心当たりがない話ではないし、城内ウロウロしていてコロンコロン君なんかとかち合っても面倒なので、言われた通り大人しくしている。
何気に室内に専用の浴室があるあたり、さすが王城といったところ。汚れを落として、用意された着物に着替えたら、もうやることないもの。ゴロゴロするしかないもの。
それから3時間ほど、窓の外を眺めたり、ここぞとばかりに旅装を解いて専用浴場で洗ったり(といっても最低限の下着くらいしかないが)、暇すぎて部屋が一周何歩ほどあるのか歩いて調べたり、窓の外を眺めたりしていたら、夕飯の時間になった。
夕食を持ってきたのは、意外にもアメリアとシーラ。それに2人のメイドさん。アメリアは可愛らしいワンピース。シーラは白いシャツにパンツの秘書スタイル。
姫に夕食を持ってこさせて、王に怒られない? 俺?
聞けば、せっかくだから一緒に食事しませんかとのこと。全然良いですよ。
「1日でびっくりするくらい色々ありましたが、乾杯」
「「乾杯」」
アメリアの音頭で乾杯する。グラスの中身はロッセン王国自慢の蒸留酒を、酸味のある果物と炭酸水で割った酒。
この国ではスタンダードな飲み方なんだとか。ちなみにアメリアは蒸留酒なしの果汁の炭酸割り。
アルコールはそれほど感じず、心地よい酸味が鼻を抜けていく。
「もっとアルコールが強い方が良ければ、分量を変えさせますが、いかがですか?」
「いや、飯食ってる時はこれでいいよ。食後に飲みたい気分だったら貰おうかな」
さすが城の夕食。という料理を堪能し、とりとめもない会話を楽しみながら、晩餐はつつがなく終了する。
メイドさんたちは食器を片付け、退室。室内には3人だけが残った。
「あの、食事中に聞いて空気が悪くなってもと思い、我慢していましたが、もし都合が悪ければお答え頂かなくても構いませんので、私の質問、聞いていただけますか?」
急に改まって言うアメリア。何? 財布の中身? 今の夕食、有料とか?
「クロトさんは、なぜ旅を? それに、なぜそれほど強いのですか?」
キョトンとしてしまった俺に、何か誤解したのかアメリアは慌てて言葉を重ねる。
「あ、いえ、急にこんなこと聞くの失礼ですよね! 忘れてください!」
え、別に特に隠すようなことないのだけど。。。