9. 親愛なるお兄様へ
フロックハート家はわたくしバイオレットと、長男のエリオット、両親の4人家族だ。
父は若くして当主の座を長男に譲り、母と一緒に悠々自適な暮らしをしている。
彼らは旅行へ出かけることも多く、必然的に兄と二人だけで生活しているようなものになる。
わたくしと兄は瓜二つだ。
違いは兄が男でわたくしが女である一点のみ。
それゆえ、能力は互角。
幼い頃から学業に魔法の技術も、互いに競い合っていた。
良きライバルであると思っていた。
10歳の時に転機が訪れた。王太子シドからのプロポーズであった。
未来の王妃と、蝶よ花よと可愛がられた。
この時から兄の態度がはっきりと変わった。
向けられたのは敵意であった。
兄の目からは親の愛を横取りする邪魔者と写ったのだろう。
以前のように話しかけてこなくなった。
久しぶりに親子が揃うこととなった。
バルコニーでお茶会を開き、リオを両親に紹介する。
挨拶もそこそこに、言い辛そうに切り出す母。
「バイオレット、婚約破棄の件は残念だったわね。
あまりにも辛かったら、学園を休学しても良いのよ」
シド殿下もカルサイト学園に通う身なので、気にかけてくれてるのだろう。
「大丈夫ですわお母様。
もう悲しみは乗り越えたところです」
「ああ、愛しの娘よ。
父が不在の間にこんなことになるなんて、お前を一人ぼっちにさせたことを許しておくれ」
「もうお父様ったら、おおげさですわ。
子離れできてないってまた笑われますわよ」
ふたりは娘に甘すぎるのだ。
十分自立した娘だとわかっているが、可愛がりたくてしかたがないと。
「王位継承はシド様ではなく、フィル様に決まったようだね。勝手な裏切りが導いた、当然の報いさ」
娘の背中をポンと叩く父。
「お前はなんにでもなれる。そうとも、未来は輝いているぞ」
「お父様……」
そこへエリオットが会話に加わる。
「お父様もお母様もちょっと心配しすぎじゃないですか? ねえ、バイオレット」
そういってエリオットは大げさに肩をすくめてみせる。
確かに心配しすぎではあるが、彼らの気遣いはありがたくもある。
「これもふたりの愛情表現ですわ」
「おや、まんざらでもなさそうだ。まだまだお子様だね、バイオレットは」
はあ? 誰がお子様ですって。上っ面の笑顔がひくつく。
では、立派に成人した証拠をお見せしようでないか。
「お兄様ったら。いつまでも少女のままじゃないですわよ?
今日は大人になったわたくしを皆さんに見せてあげましょう」
パンパンと手をたたいて合図する。
執事が地図と書類を持ってきて卓上へ並べ始める。
「これは、わたくしの新たなる事業の計画書ですわ」
何事かと両親が目を丸くして書類を眺める。
感の良いエリオットが地図を凝視し呟いた。
「君は不動産業をはじめるつもりか」
「流石はお兄様。その通りですわ」
フィル王子から頂いた土地を開拓して、高所得者、つまりは貴族や成り上がりの商人向けの住宅地を建設するのだ。
発想は平凡だが、莫大な土地と金がないとできない。
今回わたくしはそれを可能にした。
エリオットが聞く。
「土地はどうやって手にしたんだい」
「それはお兄様、家族と言えども内緒です。だって、わたくしの商売ですもの」
そう言ってウインクを送って差し上げます。
「へえ……。貴族や商人向けの不動産売買ね。実に面白い」
「お兄様もそう思いますか。きっと成功させてみせますわ」
「だけど、君はこういうことの未経験だろう。心配だなぁ、こんなことは言いたくないんだが、おそらく……」
申し訳なさそうに続けるエリオット。
「失敗するんじゃあないかい」
先ほどまで和やかだった空気が変わりつつある。
エリオットが不穏なことを言い始めたからだ。
「それはやってみないとわかりませんわ。始める前から弱気なこと言ってられません」
「だが、この事業で失敗したらフロックハート家にどれだけの損害を与えると思っているんだ?
君に商売の話など理解できまい」
語気を強め、追い打ちをかけるよう続ける。
「こんなことを言いたくはないが、殿下から婚約破棄され、さらには事業まで失敗させるとなると我が一族の汚点といっても過言ではないだろうね」
酷い言い様に両親が凍り付く。
こういう男ですのよ。お兄様は。
空気のように黙っていたリオがぽつりと呟く。
「だったら、あなたは足を引っ張る雑音に過ぎない」
雑音――ああ、そうか。雑音だったのか。
リオは両親に向き直り、続ける。
「お父様とお母様は、バイオレットちゃんの活躍を応援してください。きっと成功させますから!」
「もちろんさ。かわいい娘の挑戦だ。支援は惜しまないよ」
お父様が手を差し伸べ、力強く握手を交わす。
表情をなくしたエリオットが目に映る。
貴方を出し抜くためにとっておいたカードの効果は抜群のようですわね。
確かに、彼の言うように、この商売が成功するかはわからない。
だけど成功した暁に、貴方はどんな顔をしてみせるのかしら。
今は最高にかわいい妹の笑顔をプレゼントしてあげましょう。
皮肉を込めて、お兄様へ。
「お兄様、これからも応援してくださいな!」




