10. リオのある日
乙女ゲーマーの私が、ゲームの中に転移して半年が経った。
長いようであっという間の日々。
私のいた現世はどうなっているのだろう。
異世界モノのよくある転生のように、トラックで轢死したわけでなもなく、不治の病に倒れたわけでもない。
気づいたらこの世界にいた。本当に一瞬のことだった。
家族や学校のみんなは元気だろうか。
新作ゲームや気になるアニメの続きはもう楽しめないのだろうか。
考えると怖くなる。
だから私は考えない。今この瞬間を生きる。
悪役令嬢バイオレットの未来を見たいと望んだ。
それは今も変わらない。
それでは皆さん、もし自分が同じように異世界転移したらどうしますか?
モブに徹して、ひたすらキャラを拝む?
ヒロインよろしく攻略対象と恋愛する?
それとも、別の推しイケメンを攻略する?
ノンノン、プロは(何のプロだというツッコミは無しで)「新しいルートを開拓」するのですよ!
すでにゲーム上にはないストーリーが進んでいるこの世界線。
キャラクターの行く末をストーキング……もとい、観察することが私のライフワークなのだ。
そしてご存知、ツンデレ超絶美少女のバイオレットちゃんの家に居候しているわけで、朝一からこの麗しい娘のご尊顔を拝むことができる。
「あの、リオ? あまり凝視しないでくださる? 気持ち悪いですわよ」
私を訝しげに見る。
「あ、ごめんつい」
不快を隠そうともしないこの表情。最高である。
これぞツンデレ。はいツン入りました。ありがとうございます。
バイオレットが紅茶を下ろす。
そろそろ学園へ行く時間だ。
席を立ち、私たちは館を出た。
乙女―ゲームの主人公が通っていた、あの憧れの学園で勉学を励むことになった。
こんなことってある? プレイヤーの夢じゃないか。
なんて素晴らしい異世界転移生活!
小さくガッツする。
馬車を降り、カルサイト学園校門前まで行くとセオドア様が待っている。
毎日恒例。バイオレットを迎えに来ているのだ。
「おはようございます、お嬢様方」
「毎朝お出迎え感謝いたします、セオドア王子」
ああ、セオドア様、垂涎モノの麗しいご尊顔、毎日ありがとうございます。神様に感謝ですね……合掌。
とは言わずに、二人のやり取りを横に待つ。
セオドアの目的はもちろん愛しのバイオレット。
彼らの雑談を微笑ましく見守る。
これが私のライフワーク。
婚約破棄された悪役令嬢は、隣国の王子と交流を深めている。
ゲームにはなかったルートだ。
ゲームをプレイしているときよりもずっとわくわくする。
ふと、遠くにシドとセシリーがいるのを見つけた。
講義に向かう途中だろうか。
王位継承権が剥奪され弟に渡った後だ。
彼らのその後が気になった。
セオドアとバイオレットに声をかけその場を離れる。
敵から隠れて行動しアクションを取る、ステルス系スニーキングゲームの腕前が試される機会が来たようだ。
自慢じゃないが、そこそこの実力を自負している。
シドとセシリーたちに気付かれないよう、気配を消し忍び足で近づいていく。
死角になる木陰に身を潜める。ミッションコンプリートだ。
「僕が王と成れなかったこと、情けなく思う。君をがっかりさせてしまっただろうか」
おおーっと!? いきなり核心から会話がはじまっている感じ。
これに対してどう答える? 乙女ゲームの主人公ちゃんは。
「そんなことは何も関係ありません。シド様はシド様なのですから」
「セシリー……君はなんて優しいんだ」
見つめあう二人。間違いなくシドの好感度がUPしたであろう完璧な返しであった。
本編とは話が変わっちゃってるけど、二人の愛は本物だろう。
愛し合って末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし-―と締めくくっても問題なかろう。
シドルートのエンディングムービーが頭の中を流れていく。
ふたりともハッピーエンドを迎えたみたいでよかったと安堵した。
「じゃあ、昼食にまた会おう」
そう言って、シドは校舎へ向かっていった。
佇むセシリーが去るのを待つ。
突然くるりとこちらに振り向きまっすぐに向かってきた。
ザッザッと足早に近づいてきて、逃げる暇もない。
私を隠していた木の枝をぐっと手で避け、のぞき込む。
潜んでいたことがばれてしまったようだ。
心臓がバクバクする。なんせ彼女の無表情が怖かった。
見開いた目は瞬きひとつせず、言葉を繋いだ。
「私に何か御用がありましたか?」
「えっ……あ、あの」
これは、やばい。
なんて答えればいいんだろう。
「よ、用というか、声をかけようとしたら、二人の邪魔になっちゃ悪いなーって思って隠れちゃって~」
ハハッとぎこちない笑いで誤魔化す私に被せ気味に言った。
「ええ。ですから何の御用ですか?」
「あ、あなたが元気にしてるかなって」
「私が、ですか?」
大きな紅色の瞳をぱちくりさせ、少し考えた後、にっこりと微笑んだ。
「ええ、お陰様でシド様との婚約も決まりましたし、私は元気ですよ」
その言葉に皮肉や嫌味は含んでなかった。
純粋無垢な幸せな少女の言葉だった。
「そっかぁ、安心したよ……」
セシリーの笑顔にほっとした。
「私はリオ。あなたはセシリーだよね。覚えてるかな、私たち社交界で一度会ってるんだけど」
婚約破棄系断罪イベントの夜。
あの日私は悪役令嬢バイオレットに味方した。
つまりヒロインセシリーの敵と思われても仕方ない。
「ええ、あの夜は忘れもしません」
くすりと無邪気に笑う。とても自然で可憐な仕草。
この笑顔一つで誰もが魅了されることだろう。
ヒロインの女子力半端ねぇなと、いたく感心した。
魔法のことはよくわからないが、セシリーには人を惹きつけるそれがあるように感じる。
「ちなみに、リオ様は預言者だと風の噂でお聞きしましたが、事実でしょうか?」
「でっ!? あ、ああ……まあ一応そうなるよね」
「でしたら、おこがましいですが私の未来もわかりますか?」
「ふぇ!? えーっと、えーっと」
突然預言のことを問われて混乱した。
セシリーの未来、彼女の未来は……。頭がぐるぐるする。落ち着けリオ。
一度目を閉じ。沈黙する。
パフォーマンスは大事だ。一応預言者だからね。
「シド様と永遠に愛し合う、幸せなあなたが見えます」
シドルートではこのような結末を迎える。
何周もクリアしたプレイヤーたる私が言うのだから間違いない。
目を開くと、「まあっ!」と頬を染め目を輝かせたセシリーがいた。
心底嬉しそうな表情は私まで幸せにしてくれるようだ。
「やはりそうなのですね。信じていました」
「うん! お幸せにね」
「リオ様、ありがとうございました。ではまたの機会に」
白い歯を輝かせ微笑み、背を向けるとピッカピカの美髪をなびかせる。
スキップしそうなくらいの喜びを体中で表して駆けていく。
なんて純粋でかわいらしいんだろう。
これが乙女ゲームの主人公。格が違う。
選び抜かれたイケメンたちを恋に陥落させるヒロイン。その実力は本物です。
リオが見えなくなるところまで離れると、セシリーは歩みを止めた。
先ほどの笑顔は消え、暗い影を落としている。
いつもは星々が輝くような瞳は、今や光を無くしている。
「やはり、そうなのですね……」
誰に言うでもなく低い声でポツリと呟いた。




